モテ期かと思ったらただのデスゲームだったなんて

カマキリトンボ

こんなのモテ期じゃない!

「はぁはぁ……はぁ……。ここまで来れば撒けたか?」



 俺、『茂木もてきジャン』は逃げている。人に追われているんだ。どこまで逃げればいいのか、今どのくらい経ったのか……。

 足が重い。日々の運動不足なのは否めない。走り過ぎたせいで足りない酸素を肺が欲しがっている。呼吸が荒い。



 取り敢えず、それでも今は走るしかないんだ。



 人生でこんなに人に追われることはあるだろうか……。まあ、普通はないだろうな。悪い事をしたら追われる? いや、俺は品行方正な方だ。これまで真面目に生きてきたからな。じゃあモテ期? バカ言え。自慢じゃないが、俺は産まれてこのかた17年、一度もモテたことがないんだ。──って言わせるなよ。それに女子に追われるならまだしも、男にも追われるなんてそんなのがあるか?



 じゃあ何でそんなに追われてるのかって?



 ──これがデスゲームだからだよ!



 全ては今朝の、あのメールから始まったんだ──。



 ◆◇◆◇



 ──数時間前。



「ジャン、起きなさい! 学校遅れるわよ!」



「んー。もう少し寝かせて欲しい……」



 階段の下からの母さんの声をかき消す様に、俺はごろんとベッドの上で寝返りを打つ。それと同時に2回目のアラームが鳴った。ほんの数秒だとしても、なんだか睡眠時間を邪魔された様な、そんな気分だ。



「……流石に起きるか」



 アラームを止めながらゆっくりと身体を起こす。そして、まだ開ききっていない目を擦りながらベッドから降りてリビングへ向かった。



 リビングのテーブルには俺の朝食が並んでいた。目玉焼きにトースト、昨日の残りの肉じゃがもある。……トーストと肉じゃがって。

 つけっぱなしのテレビから朝のニュース番組が流れている。父さんは……、どうやら先に出かけたらしい。



「おはよう。全く、母さんの声掛けるタイミングはいつも良すぎるね」



 リビングから見えるキッチンの、母さんの背中に話しかける。洗い物をしているのか、こっちを見ずに背中で返してきた。



「おはよう。完璧なタイミングだったのね。ナイスタイミング!」



「……皮肉のつもりだよ、ハハハ……」



 母さんは相変わらずだな。ボソっと呟きながら椅子に座って朝食を食べ始める。



 ニュースを聞きながらボーッとトーストをかじっていると、コーナーの一部である朝の占いが流れた。

 もうそんな時間か、そろそろ学校の準備をしないと。っとその前に、占いでも見ていくか。

 俺は特別占いを信じている訳じゃないが、結果が良ければ気分も良いってもんだ。



「えーっと、俺の順位は──。げっ、最下位かよ……」



 ──こんな結果なら見なきゃよかった。



 ◆◇◆◇



 学校への通学路。変わらない同じ道のり。周りにも朝の通勤通学だろう人が歩いている。いつもの光景だが、いつもと違うとするなら俺の足取りだけか。いささか重い気がする。



 ──最下位のあなたはモテ度ダウン〜。でもあきらめないで! いつかモテる日が来るよ!──。



 随分適当な占いの結果だった。いつかっていつだよ。



「朝から憂鬱だな。まあ、モテ期なんて来たことのない俺には関係ないし、1人が気楽でいいよな」



 ……自分で言ってて悲しくなってきたな。強がりを言っているあたり、惨めに思えてくる。人生で一度くらいモテてみたいな……。

 はぁ、と短いため息がこぼれた。



 ──ピロン。



 ため息と同時にスマホが鳴った。メールか? 制服のポッケからスマホを取り出して確認してみる。



『おめでとうございます! このメールを受け取ったあなたにをプレゼント! モテモテになったあなたは沢山の人に求められちゃう〜! 今までの可哀想な人生をバラ色に☆』



「……なんだこれ、迷惑メールか。朝の占いといいタイムリーなメールだな。てか可哀想なって大きなお世話だ」



 いつもなら読まずに消去しているところだが、なぜか今日は続きを読んでみた。馬鹿にされたことに腹を立てたのか、モテたいと思ったからなのか。理由は分からないが気になったのだ。



『あなたにはゲームに挑戦してもらいます。ルールは簡単、追いかけてくる人(ゾッコンチュウ)から逃げて下さい! 世界中から君を求めてやってくるよ! モテるってのもツラいね☆』



 ゲーム? 意味が分からん。アプリか何かの広告か?

 その後もメールをスクロールしていくと、制限時間は1時間。フィールドはスタートした時の俺の場所を中心に半径1キロの円形。そのフィールドに居た人からゾッコンチュウがランダムで選ばれる。ゲーム開始時間はその日にメールが届くと書いてあった。そして、一番下までスクロールすると──。



『尚、捕まったらゲームオーバー。つまり死んじゃうので気を付けてね☆ タダでモテようなんてそうはいかないよ♪』



 ……理不尽すぎる。こんなのクソゲー以外の何物でもない。



「はぁ、時間の無駄だったか。消そ」



 メールを消去してスマホをポッケに突っ込もうとした時、またスマホが鳴った。



「またメールか。今度は何だ?」



『モテ期開始時間のお知らせ。本日のモテ期は8:00からです。それでは良いモテモテライフを☆』



「おいおい、8時ってあと1分も無いんじゃ──」



 ──カチッ。



 8時になった瞬間、世界が歪む様な気に襲われた。目眩なのかフラつく足を押さえて顔を上げた時、そこには奇妙な光景があった。



「──時が、止まってる!?」



 空を飛んでいる鳥も風に吹かれた木の葉も、何もかも止まっている。さらにおかしなことに、俺以外にも人は居たが、さっきまでそこに居た人たちが消えている。



「何なんだよ……、これ。何がどうなっているんだ……」



 この状況が飲み込めず、ただ呆然と立ちすくんでいた。人が消えるなんてことがあるか? 考えれば考える程理解できなくなる。

 ふと握っていたスマホに目をやると、終了まで59分と25、24、23とカウントダウンが始まっていた。



「広告なんかじゃなかったのかよ。……誰か、誰か居ないのか!?」



 俺はおぼつかない足取りで歩き出した。もしかしたら誰か居るかもしれない。一人で居るのがこんなにも不安になるなんて思ってもみなかった……。



 大通りまで歩いて来たが、やはり人は居なかった。静寂な、人が行き交い賑わう大通りとは無縁の世界がそこにはあった。風の音も鳥のさえずりも車の音さえ無い、まるで『無』そのものだ。車も道路にそのまま残っており、やはり中に人は乗っていなかった。



「本当に誰も居ないのかよ……」



 ぽろっと口から出た言葉が余計にこの現実を突きつける。絶望とはこういうことを言うのだろうか……。手を膝につきガクリと項垂うなだれた。



 くそっ……。俺はどうすればいいんだ……。



 スマホには残り56分と数秒の表示。

……諦めるにはまだ早いか。そう思い顔を上げて歩き出そうとした時、道路を挟んで反対側に人が立っているのを見つけた。



 「人だ……。人が居る! おーい!」



 俺はその人の所へ走り出した。横断歩道を無視して道路を突っ切る。どうせ車は止まってるんだ。左右も信号も確認もせずに飛び出した。

 少し近付いて分かった。女性だ。スーツを着ているから社会人だろうか。面識のない知らない人だった。それでも誰かに会えた事が嬉しかったのだ。俺は走りながらその人に声をかけた。



「はぁはぁ……。あの! すみません、あなたもゲームのメールが届いたんですか?」



 面識が無かろうが関係無い。取り敢えず何かこの状況の手掛かりが欲しかった。俺は肩で息をしながら話しかけた。

 その女性はボーッとくうを見つめていた。俺が声を掛けるとゆっくりとこちらへ顔を回した。



 そして俺を見るなり──。



「ジャンくん! 会いたかったわー!」



 満面の笑みで抱きつこうとしてきた。



「うおっ!? っと!」



 俺は脊髄反射で後ろへ飛び退いた。女性の腕は、そのまま俺の目の前で交差することになった。

 てか今、俺の名前言ったよな……? 俺は知らないけど、この人は俺のことを知っているのか?。



 そんなことを考えていると、女性がくうを抱きしめた腕をダランと下ろし俺の方を向いた。そしてゆっくりと近付いて来た。まるでゾンビのそれだ。俺は怖くなり後ずさる。



「……なんで、逃げるの? やっと会えたのに……」



 ──捕まったらゲームオーバー。つまり死んじゃうので気を付けてね☆──。



 思い出した。……まさか、これのことか。

 俺は後ずさるのを止めて一気に走り出した。



「待って〜! 愛しのジャンくーん♡」



 案の定追いかけて来た。だが相手は女性だ。その上走り辛そうなヒールのある靴を履いている。



「流石に相手が女性なら逃げ切れるか」



 これなら簡単にけそうだ。大通りを抜けて路地に出よう。

 走りながらチラッと後ろを見ると、割と差をつけた様で追いつくには時間が掛かるだろう。俺は大通りをれて路地へ逃げ込んだ。



「はぁ……、はぁ。ここまで来ればどうにか撒けたか……」



 壁にもたれる様にその場に座り込んだ。一気に走ったせいで横っ腹が痛い。

 遠くから「ジャンくーん! どこー?」と、俺を探す声が聞こえる。



「ずっとここに居るのも危ないな」



 俺は軽く呼吸を整えてから立ち上がった。取り敢えずこの路地を出よう。



 路地を歩いてきたが、やはり誰にも会わなかった。スマホを覗くと、残り47分になっていた。



「50分切っていたのか。時間が経つのが早いのか遅いのか……。そもそも逃げきっても元に戻る保証はないし……」



 そんなことを考えていると路地の終わりが見えてきた。

 路地を抜けると商店街に出てきた。いつも母さんが買い物している所だ。そして目の前の八百屋にはよく見知った背中があった。



「おっちゃん!」



 八百屋のおっちゃんだ。俺はようやく知ってる人に会えたのが嬉しくてそのまま駆け寄った。おっちゃんならかくまってくれるし、何よりその体格だ。がたいの良いおっちゃんだからこそ安心もできる。



「なぁ、おっちゃん。俺追われてるんだけど少し隠れさせてくれないか?」



 俺が声かけると、おっちゃんはゆっくり振り返り俺を見つけると目を輝かせながら、

「おぉジャン! 俺のジャンだ! 愛しているぞー!」

と俺を捕まえようとしてきた。



「おっちゃんもかよ!」



 おっちゃんは太い腕で俺を抱きしめようとしてきた。だが、おっちゃんの動きはそんなに早くない。避けるのは簡単だ。

 てか、おっちゃんに愛してるなんて言われるのはキツいな……。その上、あの腕で抱きしめられたらあばらが軽く2、3本逝くぞ?

 俺はそのまま逃げて商店街の奥へと隠れこんだ。



 ──そして。



「後、3秒……。2、1……。0!」



 タイムアップとなった。俺は逃げ切った。と言うより隠れ切ったが正しいけど。隠れる場所が多い商店街だから出来たことだ。

 すると、目の前が光に包まれた。俺は眩しくて目を瞑った。そして今度は人の声が聞こえてきた。ゆっくり目を開けると、そこにはいつもの商店街があった。



「戻った……、のか?」



 朝の売り出しやそれを買いにくる人、開店準備をしている人などいつもの光景だ。

 俺は隠れていた所から出てきて、ぼんやりと行き交う人たちを見ていた。



 ──ピロン。



『モテ期終了ー! 今回のモテ期はどうだったかな? また次回のモテ期まで待っててね☆』



「また次回って、今日だけじゃないのかよ……」



 届いたメールを見ながらため息をついた。

 すると、横からよく聞き慣れた声が聞こえてきた。



「おージャン! こんな所で何突っ立ってるんだ? そろそろ学校の時間だろ?」



 おっちゃんの声だ。俺はその声に身構えてしまったが、振り返るといつものおっちゃんだった。

 学校……? そうだ、学校に行く途中だった!

 スマホを見るとあの時の、時間が止まる瞬間の8時を指していた。



「おはよう、おっちゃん! ちょっと寄り道してただけ。じゃあ行ってきます!」



「おう! 車には気を付けろよー!」



 いつもの笑顔で俺を見送ってくれた。おっちゃん、何も覚えていないのか……?

 それに割と逃げてきたせいで、元居た場所より学校から離れてしまった。これは急がないとまずいな……。



 ◆◇◆◇



 なんとか遅刻せずに間に合い、何だかんだでその日一日が終わった。

 そしてこの『モテ期』について少し分かったことがある。


 1、ゾッコンチュウになった人は、自分の意志と関係なく俺を好きになるらしい。これに男女の差は無い。そしてその時の記憶は無くなるみたいだ。

 2、ゾッコンチュウはその人の身体能力やその時の格好が反映される。ヒールの靴を履いた女性や走るのが得意じゃないおっちゃんがその証拠だ。

 3、ゾッコンチュウには見つからなければ大丈夫であり、逃げずに隠れ切ることも可能。

 4、モテ期終了時は、最後に居た場所から元の時間に戻る。


 ──っと。自分なりにまとめてみたがこんなところか。あと分かってないのは、捕まった時と誰が仕組んだゲームかってことだな……。捕まった時に関しては調べようが無いし、誰が仕組んだかは手掛かりが無さ過ぎて分からないな。

 しかし、今回は運が良かったのかもしれない。もしかしたら、周りに人が居てスタートした時に、既にゾッコンチュウに囲まれていた可能性もあるのだから……。考えたくもないな、他のことを考えることにしよう。

 そう言えば……。スマホに入れたことの無いアプリが追加されていたのを思い出して、スマホを開いてみた。



「こんなアプリ入れてないよな? ハーレムストア……。これも何か関係があるのか?」



 そのアプリを起動してみた。そこには、よくあるソーシャルゲームの課金ページの様なデザインでアイテムと値段が書かれていた。だが、値段は現金ではなく専用のコインが必要らしく、コインは現金でのチャージもなかった。



『モテ期を円滑に過ごすための便利アイテム取り揃えております。是非ご活用下さいませ!』



「やっぱりこれも関係あるみたいだな。でもどうやって買うんだ? 俺、コインなんて……」



 よく見ると画面上の方に『所持コイン:130』と表示されていた。



「こんなのいつ手に入れたんだ? 全く記憶にないな」



 だが使える物は使わせてもらおう。そう思い売っているアイテムを見てみる。



「透明化薬、天使のアロー、魅了のコロン……。わけが分からん」



 その上、今持っている130コインで買える物ではなかった。買えるものはないかと探してみると、一つだけあった。



「愛のメガホン……。これは、130コインだ!」



『そのメガホンで愛を叫ぶと、聞いた者はメロメロになっちゃう〜! 使用回数、3回』



 うーん、説明を読んでも分からん……。でもこれしか買えないし……、買っとくか。

 俺はそのアイテムを選択して購入ボタンを押した。特に変わったことは起こらなかった。ただ、ご購入ありがとうございました、と出てるからどうやら買えたらしい。



「さて、これが吉と出るか凶と出るか……」



 それは実際に使ってみないと分からないな。ただ、今日はよく眠れそうだってことは分かる。何だかんだ疲れた様だ……。



 ◆◇◆◇



 ──3日後。



 思ったより早くアイテムを試すことになりそうだ。朝、モテ期開始のメールが届いたのだ。



「今回の開始時間は、16時半か。学校が終わって帰る時間だな」



 俺は帰宅部だから授業さえ終われば帰るだけだが、部活がある人はそのまま残るだろう。そうなると、わざわざ外に出るより人の少なくなった学校の校舎の方が逃げるにも隠れるにも良さそうだ。ゾッコンチュウに会う確率も少しは下がるだろうし、いざとなれば学校から出ればいい。



「……よし。授業が終わったら隠れられる場所でも探しておくか」



 そんなことを考えながら一日を過ごした。その日、授業に身が入らなかったのは言うまでもないだろう。



 ◆◇◆◇



「そろそろか……」



 俺はスマホで時間を見ながら特別棟の廊下でその時を待っていた。こっちは教室がある棟と違って理科室や音楽室がある棟だ。放課後になればほとんど人は来なくなるから逃げるには丁度いい。



「3、2、1……」



 ──カチッ。



 時間になった時、また目の前が歪むような感覚に襲われる。──来るって分かっていてもこれは慣れないな。

 辺りがまともに見えた時には、スマホに表示された制限時間はスタートしていた。それと画面端の方に四角い枠が三つあり、その一つの枠にメガホンの様なマークがついていた。



「これは今朝買ったアイテムなのか? この前は無かったし」



 俺はそのマークをタップしてみた。すると目の前の空間が揺らいでメガホンが出てきた。ハートが散りばめられたピンク色のメガホンだ。俺はそのメガホンを手に取ってみた。



「これが、ってやつなのか?」



 形は普通のメガホンだが、効果はあるのだろうか? 使い方もいまいち分かっていないのに……。

 すると、廊下端の階段からゆっくりと足音が聞こえてきた。足音はだんだんと近くなってくる、誰かが上がって来ている様だ。俺は直ぐに逃げられるように足音と反対方向へ身体を向けて、上がって来る人を待ち構えた。



「開始して早速逃げることになるとは……。でも特別棟に居る人と言えば、文化部か?」



 だったら足もそんなに早くないだろうし、逃げるのは簡単だな。

 足音は大分近くなりついに階段を上りきったらしい。廊下の端から人の姿が見えた。



「あれは……。か、可愛かわいさん!?」



 『可愛かわいイナ』同学年にして、学校一のマドンナだ。そうか、彼女は美術部だ。美術室は特別棟にあるからここに居るのだろう。しかし、ゾッコンチュウに選ばれるとは……。

 俺は逃げることも忘れてボーッとこの状況をただ見ていた。すると、俺を見つけたらしく俺の方に走って来た。



「ジャンくーん! 大好きなジャンくーん♡」



「やべっ! 早く逃げないと!」



 でも、あの可愛さんに大好きと言われる日がくるなんて……。あぁ、生きてて良かった……。

 逃げながらそんなことを思っていた。後ろでは「待ってよ〜、ジャンくーん♡」と俺のことを呼びながら追いかけて来ている。

 ……これが現実だったら良いのになぁ。いや、これも現実か。くそっ……。



 廊下は遮蔽物しゃへいぶつの無い一本道、撒くには相手の視界から外れる必要がある。俺は近くの外階段へ続く扉を開けて一気に下まで駆け下り、そのまま校舎裏へ隠れた。



「……いくら足が遅いからとはいえ、流石に階段の一気降りは辛いな……。でも上手く撒けたか」



 少し身体を鍛える必要がありそうだな。これくらいで息が上がるのは、少し情けなさ過ぎるか……。

 校舎の影に隠れながらグラウンドを見ると、運動部であろう数人がフラフラと彷徨さまよっていた。



「ゾッコンチュウか……。まだ気付いてないみたいだな。反対側の、正門の方へ行ってみるか」



 グラウンドとは違い、この時間に正門に人は居ない筈だ。俺は影に隠れながら移動を始めた。

 正門側に着くとやっぱり人は居なかった。少し一息つきながらスマホを見ると、残り53分になっていた。



「あと53分か……。まだ気が抜け──」



「茂木! 見つけたぞ、さぁ先生の胸においで!」



「だ、大門だいもん先生!?」



 スマホに気を取られて気付くのが遅れた!

 走って来たのは『大門だいもんトウコ』先生だ。教科は国語だが、とてもパワフルな人で陸上部の顧問をしているくらいだ。顔立ちも良く、フレンドリーで生徒から人気がある先生だ。



「あの先生にだけは会いたくなかった!」



 本気で追われたら捕まる! 俺は今来た道を逆戻りして走り出した。



「先生から逃げるのか!? よーし、捕まえちゃうぞ〜♡」



 ──先生、そんなキャラじゃないでしょ! でもまあ、これもアリだな……。

 全力でグラウンドへ出てきたが、先生との差は開くどころか縮まっていた。それに、足音に気付いたのかグラウンドのゾッコンチュウも俺めがけて走って来た!



「ヤバい! 挟まれたら詰む!」



 それにグラウンドに居たゾッコンチュウの中に一際足が速いやつが居る。あれは……、幼馴染の『足速あしはやソウ』だ! その足の速さでサッカー部のエースになった俊足しゅんそくの持ち主だ。一緒に居たゾッコンチュウを抜かして一番に俺の元へ走ってくる。



「ジャン! お前が好きだ!」



 ──お前に言われても嬉しくねぇよ!

 しかしこの状況、どう考えてもマズいな。後ろには先生。前からは複数人の、しかも俊足のソウまでいる。



「……これは絶望的だな」



 心が折れかけて拳をギュっと握った時、その手にはメガホンをずっと持っていたのを思い出した。



「効果もいまいち分からないけど、これに頼るしかない──!」



 メガホンを口元にあて、ソウが居るゾッコンチュウの群れに狙いを定めた。

 これで愛を叫べば……。愛って何だ? 何を叫べばいいんだ!? ヤバい、どんどん近付いて来る!

 もう後がない俺は、取り敢えずの『愛』を叫んでみた。



「あ……、愛してるーっ!!!」



 ──ズッキュゥゥゥーーーン!!!──



 俺の叫んだ愛が塊となってメガホンから打ち出された。それは一直線に飛んで行き、ゾッコンチュウの群れを直撃して進んだ後、空気と混ざるように消えていった。

 愛で撃ち抜かれたゾッコンチュウはヘロヘロと力なく崩れ、その場にへたり込んでしまった。



「動きが止まったが、やったのか……?」



 ちゃんと確認したかったがそんな余裕は無かった。後ろの先生がもうそこまで来ている。俺は、今度は先生の方を向いて愛を叫んだ。



「愛してるっ!!!」



 すると、メガホンから打ち出された愛を受けて先生もその場にへたり込んでしまった。

 大丈夫なのだろうか? 俺は恐る恐る先生に近付いてみた。先生はピクピクしながら「……茂木に愛してると言われるなんて、夢みたいだ……♡」と骨抜きにされた様だった。



「取り敢えず……、大丈夫みたいだな。それにしても、これ凄いな。3回の回数付きでもお釣りがくるレベルだ」



 おそらく向こうのやつらも同じ感じになっているのだろう。助かったのも、このメガホンのおかげだな。俺は先生たちをほっといて校舎の中へ逃げ込んだ。



 その後も散々だった。清掃員の人に追いかけられ、体育教師の『五里山ごりやまアツオ』先生に追いかけられ。中には、俺を殺して自分も死ぬって言っていたやつも居た。──メンヘラかよ! それと隠れていたら、外から入ってきた犬に見つかり追いかけられた。犬は鼻が良いから隠れても無駄なのか……。──てか犬もゾッコンチュウになるのかよ!



 俺のモテ期はまだまだ続きそうだ。今度はいつメールが来るのか。このゲームはいつまで続くのか。そして誰が仕組んだものなのか。分からないことだらけだ。もう俺のモテ期は一体どうなるんだぁー!?



 あぁ……、モテ期かと思ったらただのデスゲームだったなんて──!

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