第29話

◆レイテア子爵領

ベナティア村と隣町の境の街道


エレノア▪フォン▪マデリア 視点


第三騎士団の総勢は1500。私達の馬車を中央にしているから、先頭部隊は750だ。

縦列の隊列、その横を副長のアルヌスの馬と、従者のアベルと共に駆け抜ける。

馬術は本来、令嬢には不必要なものだが、我がマデリア公爵家はファストマン公爵家と並び立つ皇国の双剣。武道派で知られる公爵家であり、令嬢といえど、いついかなる時でも戦の先頭に立てるようにと、馬術と帝王学を学んでいる。だから、このように騎士の後に続くなど、お手のものだ。


「まさかエレノア様が馬術とは流石です!」

「副長、前を見なさい。貴方が転げれば私が巻き添えになるわ」


「これは手厳しい。失礼致します。は!」


ドドドドッパカラッ、パカラッ、パカラッ


間もなく先頭が見え、私達はアルヌスの指示で、その手前で馬を降りた。

「お嬢、気をつけて」

「大丈夫よ、アベル」


「お前達、子供はまだ、座り込みをしているのか?」

「アルヌス副長!変わらずです」


数名の騎士と、アルヌスが話し込んでいる。

私はその先、街道の中央を確認した。

「!」


まだ、10歳くらいだろうか?

振り乱した茶髪、やや汚れた農民服を着た男の子がいる。

あれがベナティア村の子供ね。


「いっその事、矢を射かけますか。倒れたところを走り抜ければ、流行はややまいも感染しないでしょう」

「いや、分からん。危険は犯したくない。他に、迂回できる道があるのではないか?」


「いえ、辺境の村ゆえ、この一本道しかありません」

「うぬぬぬ、どうしたものか」


「結論が出ないようね。なら、私に話させて貰えないかしら?」

「「?!」」


アルヌスと部下の騎士が議論しているところ、らちが明かないので私が割り込んだ。下っ端同士では、まとまる話しもまとまらないわ。

どちらにしろ、公爵代行である私の責任の範疇はんちゅうであるので、私が話しを進めるしかないわね。

まずは、あの子と話しをしないといけないかしら。

「エ、エレノア様、なにを!?」

「私が直接話しをするわ」


「き、危険です。お止め下さい。私が公爵閣下に罰せられます!」

「あの子に声が届くところまでしか近寄らないわ。それならよいでしょう?」


「は、しかし」

「貴方が責任を取る事はないから安心しなさい。さあ、道を開けなさい」


私の言葉にアルヌスは渋々、道を開けた。

ようは自分の責任になるのが怖いだけね。これが、皇国を守る騎士団の副長とは情けない。

「まったくですね、お嬢」

「アベル?私、何か言ったかしら?」


「いえ、お顔に書いてありましたものですから」

「……貴方、私の考えを読み過ぎよ」


アベル、本当によく分かるわね。良い従者になってくれたわ。

私と従者のアベルは、アルヌスの前を通り、子供に10メートル程まで近づく。

子供はうつむいていて、コチラに気づかない様ね。かなり疲れているみたいだわ。

それとも、やまいが悪化したのか、どちらにしろ、これ以上は近づけないわね。

私がアベルを見ると、アベルは頷いて前に出る。子供に私の声を届ける為だ。


「聞け!そこの子供。マデリア公爵代行、エレノア様が直々に話しを聞いて下さる。お前の言い分を話すがいい」


アベルの声に気づいた子供は、コチラを見ながら、ふらふらと立ち上がった。


「こ、こうしゃく?領主様ではないの?」


「エレノア様は、ここの領主代行でもある。領主に話しがあるなら、エレノア様が聞いて下さる。だが、くだらない話しなら、お前の命はない。心して話すがいい」

「………!」


アベルの言葉に、子供は手を握りしめて黙っている。これは葛藤かっとう

この子供はやまいに犯され、ここに居る訳ではない!?


「ぐっ、ふう」

子供が顔を上げた?


ギンッ


「!!」

へえ、なんて強く気高けだかい目だわ。覚悟のある目、それほどの決心か。面白いわね。案外、逸材かも。


は?アベルが私を見てるわね。


「何、アベル?」

「いえ、また、お嬢の悪い癖が出たのかと」


「別に悪い癖じゃないわ。それより、今はあの子の話しを聞きましょう」

「……はい」


ぎっ、ざっ

子供、いえ、もう少年ね。

少年は歯を食いしばりながら、しっかりとした足取りでコチラを見る。


「領主、たいこう様?俺に話す時間をくれて、有難う御座います。領主様は俺の村で流行はややまいが発生していると思っていますが、そんな事はありません」

「何故、そう言いきれる?お前の村に立ち寄った商人の御者は、三人ともやまいに感染し、亡くなったのにか?」


「それは、やまいではなく、毒を飲んだからです」

「何!?」

「!!」


毒!?

どうゆう事?

この少年の発想ではないわね。

私はアベルに頷き、さらに情報を少年から取る様に指図する。


「それはどうゆう事だ?確かな証拠がなければ、信用する事は出来ない」

「証拠なら此処に有ります。この書面に詳細と根拠が書かれています」


「その書面を信じろと?書面など、どうとでも書けるぞ」

「でも、本当なんです。これは流行はややまいではないって、レブさんが!!」


レブさん!?


「レブさん?ソイツがお前に嘘の話しを信じ込ませたのか!?」

「レブさんを馬鹿にするな!レブさんは薬師で、その辺の薬師より、ずっと腕がいいんだ。いろんな事を知っていて、魔獣避け香を作ったのもレブさんだ!」


ガタッ

「お嬢!?」


私は思わず、アベルの前に出ていた。

薬師、しかも最近、このレイテア子爵領で開発された魔獣避け香の開発者!?


「少年、魔獣避け香は、確かレイテア子爵領の領民がレシピを発案し、薬剤認可は領主お抱え薬師経由での物。その認可内容にその様な名前は無かったわ」

「俺達がレブさんが発案、開発した物を譲り受け、お抱え薬師様に持ち込んだ領民です。その、レブさんは、皆が安全になるならと、レシピ公開に同意してくれました」


「あり得ない。新薬開発は莫大な利益を生む。そんな善意だけで動ける人間など、居ないわ。奪った、のではなく?」

「そ、そんな事、する訳ない!!あの人は、確かに俺達にレシピを譲ってくれたんだ。だから俺は、あの人を守る騎士になるんだ。騎士になって、あの人に剣を捧げるんだ!」


あら、可愛いいわね。

その眼差し、一途に恋をする瞳だわ。初恋かしら。叶わぬ恋を追っている様だわ。いいわね。この子、弄りたいわ。


コホンッ


「!」

アベル、分かってますよ。

貴方、なんでも私の考えを判りすぎよ、そんなに顔に出てるかしら?


でも、これでその人物の性別は判明したわね。女性で、レブ。

しかも新薬を開発できる薬師なら、かなりの知識を持つ人間でなければ不可能よ。

恐らくだけど、この少年にレシピ公開した時に、ギルドへの登録も指南したわね。

そうでなければ、領主お抱え薬師に、その開発権益の全てを奪われていた筈だわ。

それほど頭の回る薬師なら、私が知らない筈はない。

でも聞けば聴くほど、(彼)を連想させるわね。これはやはり……


「少年、そのレブという人物。他の名前はあるの?」


「ああ、レブさんは愛称みたいなもんで、あの、ちゃんとした名前はレブンさんですけど?」



「!!!」

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