第2話 魔森の賢者2

◆数週間前


ボクがこの、魔物の居る隣国国境沿いの森に滞在してすでに二か月。もう、すっかり此処での生活にも慣れ、このにも慣れた、慣れてしまったよ。(はぁ)


実は、このマイリちゃんと出会ったのは、数日前にさかのぼるんだけど、ある日、何時ものように森で薬草採取をしていたら、何処かで悲鳴が聞こえたんだ。

それで急ぎ駆けつけると、兄妹で薬草採取に来ていたマイリちゃん達が、この辺りではめったに居ない鬼熊おにぐまに襲われていた。鬼熊おにぐまは、魔獣という通常の獣より獰猛どうもうな種類で、大層な肉食。その巨体は三メートル以上あり到底、一般人に倒せるものではない。通常はボクのように、【魔獣避け】と言われるポノポ草を炊いたお香を持ち歩いていれば、出会う事は無いんだけど、マイリちゃん兄妹は、それを知らなかったらしい。

ボクは二人の危機に、獣撃退用のカラカラ(物凄く辛い薬草、薬味と温湿布用薬草)を粉にしたカラカラ爆弾を、鬼熊おにぐまに投げつけて見事、撃退に成功。すぐさま二人を救出して、狩猟小屋に連れて来て、手を尽くしたんだけど、お兄ちゃんのランス君が足を食いちぎられていて、もうどうにも成らなかった。

けど、泣き叫ぶマイリちゃんの姿に、一つ試してない治療法を施術。始めての事だから、どうなるか判らなかったけど、結果は、信じられないくらい効果が絶大だった。改めて、自分のデタラメさに呆れたけどね。

結局、全快したランス君とマイリちゃんに口止めをして、二度と会わない事を約束させて帰したんだけど、どういう事か時々、マイリちゃんが来るようになっちゃった。まあ、いろいろと食材やら、身の回りの物を頼めるから、有難いんだけど。

それと、先ほどの話の通り、ランス君を施術した時、返り血で汚れた身体を川で洗ったていたところを、マイリちゃんに見られたらしくて、それまで【森の隠れ薬師】で、男として通していたんだけど、マイリちゃんにはバレてしまったんだ。勿論、口止めはしてるけどね。

「ところでは聖女さま?」

ぶふーっ「!?」

うわっ、思わずお茶を吹き出しちゃったよ。な、なんだ、聖女って?!


「はあ?聖女様?!マイリちゃん、何を言ってるのかな?」

「お母さんが言ってたの。無くなった手足を元通りにする事が出来るのは、でんせつの聖女さまだけだって」


「…………」

その伝説は知っている。隣国の隣国、大陸の神殿を統括している宗教国家、ルーマ皇国。その伝承に出てくる聖女伝説には、こう記されている。


『その者、類い希な癒しの力を持ち、その微笑ほほえみは、全ての見る者を魅了する。そしてその心は全ての人々を愛し、何処までも清らかなり』


冗談じゃない!聖女なんて神殿に監禁されて、いいようにこき使われるだけだ。それにそんな聖人君子せいじんくんし、この世の中にいる訳ないじゃん。ボクなんか、ずっと薬師になって、金を稼ぐ事しか考えてないんだからね!

「マイリちゃん、ボクはおとこだからね。ぜーったい、聖女じゃないから!」

「お姉さんは女の子だよ?男じゃないよ?」


はあ、もうこの子、変に頑固ちゃんなんだから。

「ええっと、ボクは、そう、賢者。魔森の賢者さ」

「けんじゃ?聖女さまより凄い?」


「そう、賢者の方が凄いんだよ」

「だからそんなにボインなの?けんじゃは皆、ボイン?お乳いっぱい出る?」


「……マイリちゃん、ボインから離れよう」

「なんで?」


なんで?って、こっちが何でって聞きたいわ!何でこの子、ボインにこだるかな?

「だって、お兄ちゃんが言ってたよ?ボインは男のロマンだって」


おい、ランス君。君、随分とマセてませんかね?十歳だったよね?いや、ある意味、健全か。けど、七歳の妹に何を教えてんだよ!いや、分かる、分かるよ、男のロマン!確かにボクにとっても男のロマンだったさ!けど、自分でそれを持つことになると、大変だって解っちゃったんだよ。

胸から下が視界不良で足元がヤバい。めちゃくちゃ胸が重くて肩が凝る。着れる服が少ない。先端が擦れて痛い。駆け足すると胸が揺れて足を取られて走り辛い。ろくな事がないのさ!

「マイリちゃん、賢者はボインがあるとカッコ悪いんだ」

「カッコ悪いの?」


「そう、だからボインはもう、忘れようね」

「分かった。マイリ、ボインは忘れるね!」


ふぅ、何とか言いくるめられて良かったよ。



「今度からボインじゃなくて、『お乳』って言うから!『けんじゃのお乳』は凄いって!」



「…………………」

ボクは牛か何かかい?もう、勘弁して下さい。

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