第3話 蟹。
とにもかくにも、空腹だ。
頭痛、倦怠感、それに不確かな記憶すらも
空腹に起因しているようにさえ感じるほどだ。
全身がこの空腹に対して
危険信号を発している。
まるで、自分以外の何かが
訴えかけているような
空腹に対する緊迫した強迫観念が
アキラの身体を支配していた。
そうだというのに
この街の様子はどうだろうか。
祭りか何か、楽しげな騒ぎがあるかと思い
中心を目指してみたが
出店はおろか人ひとりいやしない。
乗り捨てられた車や
散乱する荷物、瓦礫を見るに
何かが起こっていたには違いないが
先ほど遠くから感じた爆音や喧騒は
ほんの少し前からピタリと止まり身を潜めた。
いやに静かだ。
この街の、この様子は
楽しい祭りにしては
違和感を感じざるをえない。
「嫌な予感がする……」
何気なくそう呟いた瞬間
何かの視線を感じた
感じた、というよりかは
感じさせられたと言うべきだろうか。
誰かに大声で危険を知らされたような感覚。
もちろん、実際には何も、誰の声も
アキラには聞こえていない。
いま感じている空腹に似たような
強迫じみた危機感を一方向から感じる。
左前方、ビルの隙間、赤い光が見える。
何かが自分を見ている。
理由は分からないが、強く惹かれた。
正体を確かめるために走る。
途中で何かしら無数の残骸を乗り越え、
老若男女多数の死体を脇目に、
制止する警官隊の声を無視し走った。
本人には自覚がなかったが
いつの間にか
バイクや車ほどのスピードを出して走っていた。
視線の正体の全容をその目に留め
足が止まる。
赤い球体状の胴体に六つの脚が生え、
触覚のような柱が二本伸びた先には、
丸い目のようなものがついている。
怪物のような何かが、そこには居た。
怪物か、どこかの国の兵器か
はたまた宇宙からの侵略者か
正常な思考を持っていれば
この何かの正体について
そんな選択肢が浮かぶハズだが、
あいにく、酷い空腹状態のアキラはこう解釈した。
「……蟹だ!」
柿葉らいふごーずおん! @KAKINOHA-S-AKIRA
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