第11話 仕事熱中症 ~その4~

 不登校対策委員会の部屋に入るとクーラーがガンガンに効いていた。長居すると身体を悪くしないかと思うくらいだった。外は気温もあがってもう夏という感じだ。季節が変わっても奥田は相変わらずだった。もう夏だというのに衣替えもせず冬の制服を着ていること、よくわからないボケをかましてくること、不登校のままであることは依然変わらなかった。

「そういえば後藤桃香さんはどうなっただろう」

 ふと思い出して奥田に聞く。

「便りがないのは良い便りって言うじゃないですか。きっとうまくやっていると思いますよ」

「だったらいいだけどさ」

 これまで後藤桃香のその後についてこちらから特に聞くことはしなかった。彼女にしてみれば余計なおせっかいかもしれないと思ったからだった。とはいっても、あの後どうなったのか知らないまま数週間過ぎてしまうと結末が気になってしまうものだ。桃香はちゃんと学校に通っているのかということ。陸上部のタバコ騒動は良い方向へと解決できたのかということ。桃香はけんかしたチームメイトとうまくやれているかということ。あの時は見届ける必要はないと格好をつけはしたものの、後になって気になった。

「桃香ちゃんのこと気になりますか?」

「まあ、最終的にどうなったのかは気になるかな」

「そうなんだー。桃香ちゃんのこと気になるんだー」

「言葉に悪意があるのは気のせい?」

 奥田はにやにやしながらこちらを見ている。

「桃香ちゃんの中学校に関する良いニュースと悪いニュースどっちが先に聞きたい?」

「じゃあ悪いニュースで」

 そもそも悪いニュースがある時点で不本意だった。気持ちとしては悪いニュースを先に聞いておき、案外たいしたことなかったなと安心したい。

 奥田は机の引き出しから新聞を取り出し、しばらくパラパラと紙面をめくる。ニュースとは本当に新聞に載るようなしっかりとしたニュースのことのようだ。

「ここを読んでもらえば少なくともタバコ騒動の結末はわかりますよ」

 奥田が指さしているのは地域面だった。見てみれば『中学校教員、学校敷地内で喫煙』という見出しで記事が書かれていた。


 市立中学校の四十代の男性教員が、学校敷地内全面禁煙の規則を破って、喫煙を繰り返していたことが、市教委への取材で分かった。人影の少ない部室裏の敷地で喫煙していたという。校長が今年四月に赴任してすぐに気づき、やめるよう何度か注意したが、全く聞き入れなかったという。


 つまりタバコ騒動の犯人は生徒ですらなくまさかの教員だった。学校側が事を大きくしたくないと言ってあまり取り合ってくれなかったのは、こうした事情を知っていたからだろう。こんなことで陸上部が疑われるというのは風評被害も甚だしい。

「ちなみにそのタバコを吸っていた教員というのは皮肉にも陸上部の顧問だったらしいですよ」

「えっ」

 ひどい話だ。自身の担当する部活の生徒に疑いを押し付けたままにするなんて。

「まあ、こんな感じで色々あったみたいですけど、桃香ちゃんは今も元気に学校に通っていますし、部活にも出ています。もちろん顧問の先生は変更してもらったようですよ。そしてチームメイトとも仲直りしてうまくやっているようです」

「そっか……」

 なるほどそれなら安心だ。ほっとして胸をなでおろす。悪いニュースなんて言うから身構えたけれども結果として良いニュースではないか。

「今度は良いニュースです。桃香ちゃんの中学校、地区大会で優勝したそうです。今、全国大会を目指しているようですよ」

「えっ、そうなの? それってかなりすごいんじゃ……」

 奥田から新聞を受け取ると確かに優勝と書いてあった。大会の出場自体が危ぶまれていたチームで地区大会優勝まで導けたのは、やはり桃香の力があってのことだろう。もしかするとこのタバコ騒動の一件があってよりチームの団結力が強まったのかもしれない。そう思うと色々ごたごたした問題があったけれども、むしろそれが陸上部にとっての原動力となっているのではないだろうか。まさに桃香自身が言っていた『七転八起』という言葉にふさわしいくらいに。

 ここでふと思う。桃香の不登校カルテを修正しなければ、と。

 もう既に不登校ではないのでカルテ自体意味をなさないけれども、今の彼女を指すふさわしい表現に変えたいと思った。

 そう、仕事熱中症ではなく部活熱中症に。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る