CASE2 2週目の7月1日④


織原の手料理を堪能し落ち込んでいると、聖良が遅れてやってきた。


「お兄様っ! 今朝は何故お一人で家を出てしまわれたのですか!? 特別な事情がない限りご一緒するという取り決めでは!?」


部屋に入るなり物凄い剣幕の聖良が俺の両肩をがしりと掴み、がっくんがっくんと弱りきっている胃腸と脳を激しくシェイクする。


「ちょ、聖良っ、落ち付けって!」


まさに前門の虎、後門の狼。どうしろってんだ、この状況……


「離れなさい」


遠のく意識の中、凜とした声が耳朶を打つ。

姉譲りの優れた身体能力で一瞬のうちに俺と聖良の間に割って入った織原は、聖良を羽交い絞めにして無理やり引き離すと、そのまま俺を背に庇うようしてに立った。


「大丈夫ですか、会長?」

「あ、ああ……だ、大丈夫だ……うぷっ」


……本当は全然大丈夫じゃない。胃液と一緒に例のブツが逆流しかけたし。


「……副会長、これはわたくしとお兄様――いえ、家族の問題です。部外者は口を挟まないでいただけますか?」

「あら、随分な態度ではないかしら? 見ての通り、私が先に会長とお話し中だったのだけれど(せっかくのいい雰囲気をよくも台無しにしてたわね、このヤンデレブラコンのチンチクリン)」

「それは失礼しました。では、どうぞお続けになってください。15秒くらいならお待ちしますから(お兄様はあなたのような二枚舌のクーデレ腹黒女狐には全く興味がないってことにいい加減気づいたらどうですか)」


また始まったよ、この展開。

なんで二言目には切っ先を向けるかな、この2人は。


「ふふっ…………」

「ふふふ…………」


いや、だからその圧もやめろって。


……仕方がない。ここは関係修復のため、この俺が骨を折ってやろうじゃないか。


「なあ……前から聞きたかったんだが、どうしてお前たちはそこまで仲良くできないんだ? そんなんじゃこの先も一緒にやっていけないだろ」

「それはたしかに……」

「会長の仰る通りです……」

「そうそう。初めて意見が合ったところで握手でもして仲直りしようか。ちゃんとお互いの名前を呼んでさ」

「「……………………」」


お互い不貞腐れながらも右手を差し出し合う。うん、俺の真心が通じたようだな。


「こ、これからも……よろしくお願いします……あ、藍莉、先輩……ッ!」

「こ、こちらこそ……せ、聖良、さん……ッ!」


ギリギリギリ!


……ダメだこりゃ。


この二人は勇者と魔王くらい相性が悪い。


俺は頭を抱えるほかなかった。






その日の夜。

俺は家のリビングでまったりとくつろいでいた。


放課後は前回の反省を生かした脱獄計画を実行し、正門から堂々と脱出したのである。

織原の意を受けて裏門を張っていた朱音だが、いつまで経っても俺が現れないことに業を煮やし、帰宅直後には書き手の表情が透けて見える怒号のようなショートメールが飛んできた。で、当然のように無視してやった。

なんとなれば俺のSAN値は午前中で既に使い切った。したがって、俺を恨むは筋違いというもの。


そして今はこうして家族とテレビドラマを見ているわけなのだが、例によって新鮮味がなく既視感しか感じられない。

つまり、まったく面白くないのである。


「……あー、そういえば悠人。お前に渡したいものがあったんだ、ちょっと待っててくれ」


退屈なドラマが終わると、そう言って父さんは2階へ上がっていった。

もちろん、何を渡されるかなんて分かってる。同僚に誘われて買った宝くじだ。


戻ってきた父さんから、封筒を受け取る。

中を開けると、やはり知っている中身が出てきた。


「職場にギャンブラーなやつがいてな、誘われて宝くじを買ってみたんだ。少しだけどな。確か明日が抽選日だから、番号見といてくれないか?」

「へー。当たったら貰っていい?」

「ん。そうだな……1000円くらいならいいけど、ちゃんと聖良と分けるんだぞ?」

「分かってるよ」


当然、俺はひとつも当たってないという結果を既に知ってるので、『当たったら貰う』という発言に儀礼以上の意味はない。


「宝くじ? いいわねぇ、当たったら何が買えるかしら」

「家のローンを完済してもまだ余るからなぁ。いざ大金となると、難しいな……」

「色々贅沢するのに使って、残りは悠人と聖良のために貯金かしらねぇ」

「…………」


無邪気に笑う両親を見て、ふと思った。


のんきに笑ってはいるけど、それはありえないことだと分かっているからだ。

その上で『夢』として語っているに過ぎない。

なら、もし……それが現実に起こったら。二人はどんな顔をするだろうか?


この世界で、俺だけが7月31日までの記憶を継承している。

父さんは今日を境にたびたび宝くじを買うようになり、毎回のようにそれを俺に預けた。そして記憶力に自信のある俺は、すべての当選番号をいまでもはっきりと覚えている。


身寄りのいなかった俺を温かく迎え入れてくれたこの両親。いずれ恩返し――いや、親孝行をしたいとは思っていた。


巡ってきた絶好の機会。

宝くじの1等。

大半の人が夢見ながらも一生できない体験。


(ククク……)


俺はにこやかに笑う両親を横目に、まったく違う類の笑みを浮かべるのだった。

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