CASE2 2周目の世界

CASE2 2周目の7月1日②




「こら、小日向悠人。片肘つくのをやめてこっちを見なさい!」

「…………」


さて、回想が済んだところでこの始末をどうするか。

授業から意識が飛んでいた理由こそ異なるが、展開は記憶と完全に一致している。

おそらくここで同じように返事をすれば、きっと俺はまた黒田先生と織原からお怒りと不興を買うことになるのだろう。


本来なら反省の記憶を生かしてここは素直に謝罪すべきなのかもしれないが、俺は事実確認のために少しだけ過去をなぞることにした。


「なんだ、たかが教師じゃないか」

「なんですって!」


予定通り、黒田女史は目を釣り上げたあと、俺の机に両手をついて顔を近づけてきた。


「あ、すみません。ついそういう考え事をしていたので」

「考え事って、どんな?」

「くだらないものに『たかが』をつけてみようという」

「教師がくだらないものですって!?」


返ってくる言葉が一言一句違わず把握しているだけに、前回よりは冷静に現状を捉えることができた。


「まぁいいわ。教師のことをくだらないもの呼ばわりするぐらいなんだから、当然教師に教わる必要がないほど、ちゃんと予習復習してきてるのよね?」

「いや、別にそういうわけでは」

「つべこべ言ってないで私の質問に答えなさい。そうね……世界初の人工衛星――」

「1957年10月4日、スプートニク1号の打ち上げ。世界、特にライバルだった米国に、スプートニクショックと呼ばれたプレッシャーを与えた出来事です」


俺は黒田先生の言葉を遮り、先回りする形で淡々と回答する。


「……………………」


一瞬の沈黙のあと。


「な、なんだ。ちゃんと聞いてたのね」


それなら良いのよ、と作り笑いを浮かべて逃げようとした黒田先生。

前回、虫の居所が悪かった俺は、ここでさらに余計な知識をひけらかしてさらに先生の怒りを買ってしまっていたな……。


「……今朝、少し不運な出来事があって、心にも無いことを言って八つ当たりをしてしまいました。敬愛する黒田先生の授業を妨げてしまうとは不徳の致すところであり、以後、言動には気をつけます」


俺は席から立ち上がり、深々と頭を下げた。

確認が取れた以上は、あえて同じ轍を踏み続ける必要はない。


「えっ、ま、まあいいのよ、小日向くん。あなたは学年首席の生徒会長だし、色々と悩みも多い立場でもあるから、たまにはそういうことだってあるわよね……」

「いえ。本当に申し訳ありませんでした」

「気にしないで大丈夫よ。でも一人で思い詰めないで、悩みがあったらなんでも私に相談してちょうだいね?」


先生は急に優しい声になって、気遣うようにして俺の肩を軽く叩いた。


そうして授業は何事もなかったかのように再開されたのだが、俺は視線だけを黒板と先生に向けつつ、自分を取り巻く状況について再び思考を巡らせる。


俺が辿ったはずの時間、7月1日から31日までの記憶。

そして、2度目を迎えることになった7月1日。

どちらも夢や幻ではない、はっきりとした実感がある。


ならば何が起こっているのか。

現実性を一切無視した上でなら、明快な結論はすぐ見えてくる。



――時間が巻き戻っている。



7月31日の夜、俺は普通に寝たはず。そして目覚めたら7月1日の朝だった。

つまりその間の時間が巻き戻り、過去に戻ってしまった。分かりやすい答えだ。


だがそれは同時に決して納得できない事実でもある。

言うなれば、タイムスリップ……時間遡行ってやつだろうか。空想のなかでは陳腐といえるくらいにありふれた、誰でも知っているSF用語。

しかしそれは所詮妄想の産物……いや、真面目に研究してる人は少なくないのかもしれないが、現代において実現の可能性は限りなく薄いはず。


そもそも俺はそんなSF世界とは関係なく、普通に暮らしていただけの一般庶民。

タイムトラベルの実験に偶然巻き込まれたとか、ありえないだろう。


いや待てよ、考えてみたらタイムスリップとも少し違うんじゃないだろうか。

マシンに乗って過去に飛んだり、魔法的な何かを行使した・された、なんてことは俺の身に起こっていない。

7月31日の俺が7月1日へ飛んできたとして、ここに7月1日を生きているもう1人の俺がいた、なんてこともなかった。


いまという時間を基準に考えれば、俺が持っているのはこれから先の記憶だけだ。

何かの弾みで未来を知った、というだけのことかもしれない。

理由は分からないが、知り得ないはずの未来を見て、それを過去に起こったことと錯覚しているとか?


……違う。短時間の認識や記憶の混乱、そんなはずもないだろう。俺は確かにあの日々を生きてきた。この1ヶ月分のリアルな空想記録を脳が造り上げたなんて、あるわけがない。







「……………………」


チャイムが鳴り、気がつけば昼休み。


2度目の授業を受けながら、俺は必死に現状について考えていた。だが答えが出るものでもない。


結局精神的な疲れだけが溜まり、いい加減ゆっくりと気を休める場所が欲しい。だから俺は、早々に生徒会室に引き籠もることにした。

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