CASE1 生徒会執行部②




ややあって。


俺は購買で買ってきた菓子パンを咥えながら未承認の書類に目を通しつつ、黙々と判を押す。


「……会長、行儀が悪いです。せめて食べ終えてから仕事してください」

「だってこれ、さっさと終わらせておかないと放課後にまたやらなきゃいけなくなるじゃない?」

「ですから、放課後にやればいいでしょう」

「俺は帰りたいんや」

「…………(ピキピキ)」


どこかの闘将の彷彿させるフレーズを口にした瞬間、うっすらと笑みを浮かべる織原の額に青筋が走ったように見えたのはきっと気のせいだろう。


「ふぅ…………半分くらい終わったかな」


作業に一息入れ視線を転じると、織原の長机の前には重箱が二つ並んでいた。


「……それにしても相変わらず豪勢だな。伊勢エビが入ってる学生弁当なんて、日本中探しても織原だけだろ」

「シェ……あ、いえ、作った方が言うには、今朝は伊勢エビが安かったと……」

「ふぅん…………」


たまたま安くなるような食材ではない。売り場すら限定されるレベルだ。しかも今朝、ってことは築地やら市場で仕入れた物に違いない。


シェフと言いかけた件にしてもそうだが、なぜ織原はちょいちょい自分の裕福さをごまかそうとするのだろうか。


それなりに長い付き合いなのに、家業や親の話題は特に避けたがってる節がある。


「か、カップラーメンだって食べたことありますし……」

「そのワケのわからない主張はもういいって……」

「そういうわけでは……」

「まあいいや。……それにしても美味そうだよな」


織原の家と比べるまでもないのだが、俺の家は決して裕福ってわけではない。むしろ大企業の子息令嬢が集うこの学園からしてみれば、俺など貧乏人という扱いになるのかもしれん。


したがって、この手の高級食材には庶民代表として一定の興味を惹かれるのは無理もない話なのである。


「あ、あの……よろしければ……」

「いいのかっ!?」

「……まだ何も言ってませんが」

「えっ、いまの流れだとお裾分けって感じじゃなかった?」

「はあ……仕方がありませんね」


前のめりになる俺に呆れたのか、織原はため息をつきそう言うと重箱を持って席を立ち、そして俺のデスクの前にそれを置いた。


「……どうぞ」

「ありがとう。で、結局のところ、どれがオススメなの?」

「……………………」

「…………織原?」


てっきり俺は伊勢エビをすすめてくると思ったのだが、なぜか織原は重箱を見つめながら思案顔。

そして何かを決意したように小さくうなづき、言った。


「こ、この卵焼きなんて、いかがでしょうか……?」

「えっ……?」


卵焼きなら俺でも作れるけど。

しかしこうも思った。織原家お抱えのシェフが作った卵焼きなら、そこらの店や素人の俺が作るモノより遥かに美味いのではないだろうか、と。


「ま、とりあえずいただきます……」


そんなわけで俺は備品の割り箸で卵焼きに手を伸ばし、そして一口で頬張った。


「……………………」

「い、いかがでしょうか……?」

「…………正直にいっていい?」

「は、はいっ」

「ぶっちゃけ、不味い。うん、すぐ不味かった。パク不味って脳にきたもん」


具体的にいうと、だし巻きなのか卵焼きなのか、どっちつかずのヘンな味。


分量さえ間違えなければ両方混ぜてもいいとは思うのだがいかんせん、砂糖もだし汁もとにかく入れすぎだ。期待値が高かっただけに裏切られた失望も大きい。

織原家お抱えのシェフもこの程度か、などと鼻で笑っていたのだが、はたと気づく。


「……………………」


脇に視線を転じると、織原がこの世の終わりみたいな表情を浮かべており、そこで俺はようやく自身の犯した、とてつもない失敗を悟ったのだ。


「あ、いや。よくよく味わったら深みが出てきてこれはこれで美味いな。さすが織原家お抱えの料理人だ、ははははは……」

「……………………」


俺の乾いた笑いが虚しく響き渡る。


織原は何もいわずただ呆然とその場に立ち尽くしていた。


……どうして俺は気がつかなかったのだろうか。重箱のなかで、この卵焼きだけひときわ場違い感を醸し出していたことに。

所々焦げ付いていて、形もいびつ。どう見ても素人が作ったような物だった。


「織原、今回は俺が全面的に悪い。本当に、すまない」

「…………あ、い、いえ。私に謝られても……料理人には改善するように伝えておきますので……」


織原はすでに俺がすべてを悟ったことに気づいているだろう。

だから、これは彼女なりの落としどころなのだ。


「…………すまない」


俺はもう一言詫びを入れ、そっと箸を置いた。







「……………………」

「……………………」


((き、気まずい…………))


生徒会室には俺が書類に判を押す音だけが響いている。

ちらりと横目で見ると、織原と目が合った。

だが、すぐに慌ててそらされてしまう。

彼女が読んでいる文庫本は俺が以前に貸したやつなのだが、上下逆さまである。


「……………………」

「……………………」


あかんあかん。このままでは埒があかん。

俺は両手で頬を叩き、気持ちを切り替えて目の前の書類に集中した。


「……………………むむ」


流れの途中で、俺の判を押す手がぴたりと止まる。


「織原、悪いんだが、前年度三学期の予算資料を出してくれないか?」

「分かりました。電卓も持ってきましょうか?」

「いや、必要ない」


織原は本を閉じて立ち上がると、淀みのない動作で素早く棚から資料を取り出した。

こうした切り替えの早さもまた彼女の長所の一つだろう。


俺は目の前の書類と資料を見比べながら頭のなかで暗算した。


「やっぱりな。繰越金の額が合ってない」

「会長……よく気がつきましたね……」

「たまたま覚えてただけだよ」

「それを言われると去年まで会計だった私の立つ瀬がありません……」

「……………………」


余計な仕事増やしやがって野球部め。

しかもまた織原が落ち込んでしまったではないか。


「……俺を相手に過大請求とは度し難いやつらだ。本来支給すべき額から過大分をカットしてやる」


本来なら再提出を促すべきなのかもしれないが、間違いましたすみませんで済むレベルの額ではない。


俺は引き出しから赤ペンを取り出し、鬼のような顔で棒線を引きながら添削する。


念のためいっておくが決して腹いせではない。

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