CASE1 1周目の7月1日
CASE1 生徒会執行部①
7月1日。
今の世の中、どうでもいいことが多すぎると常々思っていたのだが、最近になってどうでもいいこととそうでもないことの見分け方を思いついた。
いっぺん、ものすごくくだらないことであるとレッテルを貼ってみればいいのだ。そしてそのことに違和感がなかったら、自分にとってはどうでも良いことなのである。
たとえば――たかが日本の首相が替わるかどうかのニュースで……。
たとえば――たかが遠い国で竜巻が起きたくらいのニュースで……。
たとえば――たかが大人気RPGゲームの発売が延期されたぐらいで……。
どうでもいいわけあるかとまなじりをつり上げる奴もいるだろうが、判断基準は人によって違うと理解して貰うしかない。
「(会長)」
たとえば世界経済がどうのこうのというニュースは大層な問題に思えるが、途上国で死にかかっている子供にコメントを求めたら『どうでもいい』と答えるだろう。
結論をいうと、俺の中ではこのレッテル貼りによって世の中の八割のニュースはどうでも良くなってしまった。
これはこの国と世界が悪いというだけの話ではなく、個人的な問題なのかもしれないが――。
どうやら俺は、自分自身の生き死にに関わる問題以外はどうでも良いと考えてしまう、無気力かつ無関心な欠陥人間らしい。
「(か、会長……!)」
隣の席から俺を呼ばわる声。
「…………ん?」
「(会長……先生が睨んでます……)」
「こら、
教室の窓から視線を転じると、目の前には怖い顔で仁王立ちになっている、今年の春に赴任してきたばかりの社会科教師、
「なんだ、たかが教師じゃないか」
「なんですって!」
黒田女史は目を釣り上げたあと、俺の机に両手をついて顔を近づけてきた。
「あ、すみません。ついそういう考え事をしていたので……」
「考え事って、どんな?」
「くだらないものに『たかが』をつけてみようという……」
「教師がくだらないものですって!?」
駄目だ。説明する度にどんどんドツボに嵌っていく。というか、馬鹿正直に答えてることが最大の問題なんだろうけど。
「まぁいいわ。教師のことをくだらないもの呼ばわりするぐらいなんだから、当然教師に教わる必要がないほど、ちゃんと予習復習してきてるのよね?」
「いや、別にそういうわけでは……」
「つべこべ言ってないで、私の質問に答えなさい。そうね……世界初の人工衛星が打ち上げられたのはいつ? 今日の授業で教えたばかりなんだから、ちゃんと聞いてたのなら答えられるはずよ」
「…………………」
「ふん…………」
勝ち誇った表情で俺のことを睨め付ける黒田女史。基本的にこういう仕打ちをさることも『どうでもいいこと』の範疇なのでいつもだったら無視してやるのだが、今日の俺は虫の居所が悪かった。
「1957年10月4日、スプートニク1号の打ち上げ。世界、特にライバルだった米国に、スプートニクショックと呼ばれたプレッシャーを与えた出来事です」
「……………………」
一瞬の沈黙のあと。
「な、なんだ。ちゃんと聞いてたのね」
それなら良いのよ、と作り笑いを浮かべて逃げようとした黒田女史だが、
「ちなみに世界初の生物を乗せた人工衛星、スプートニク2号が打ち上げられたのは、その僅か一ヶ月後の1957年11月4日。スプートニク1号が世界に与えた衝撃に気をよくした当時の最高指導者であるフルシチョフ書記長が、革命40周年記念日である11月7日に合わせて打ち上げるように指示したと言われています」
「………………」
「生き物を宇宙に打ち上げることだけを目的としたこの人工衛星は完全な片道切符。生きて回収することは想定されておらず、世界初の栄誉を冠せられた犬を乗せたまま、大気圏に突入して燃え尽きました」
「………………………………」
鳩が豆鉄砲を食ったような顔での沈黙。
「(そんなこと、授業では教えてなかったのに……)」
「(燃え尽きたってことは……打ち上げられた犬、死んじゃったの?)」
「(当たり前だろ。ガ○○ムじゃないんだから、準備もなく大気圏突入できるかよ)」
「(さすが、学年首席で生徒会長…………)」
「(…………チッ、編入組のくせに)」
「静かにしなさい! そんなことまで答える必要無いわよ。授業で教えてない知識を得意気にひけらかすんじゃないわ」
「そうですね、たかが犬一匹が死んだ話ですら授業で教える必要はありませんし、保健所で一年にどれくらいの犬が死んでるのかと比べたら、くだらないことこの上ないですよね」
「ま、待ちなさい。別にくだらないとは――」
「まぁ、このやりとり自体がくだらないですけど。人工衛星が打ち上がった日がいつだろうと、その事実と、だいたいの打ち上げ年さえ知っていればいいような気もしますし」
「……なんですって?」
「テストに出るという理由以外で、1957年の10月4日を記憶しておく理由なんてありますか? 調べれば一瞬でわかることなのに」
「くっ……」
凶悪な目で睨んでくる黒田女史。しばらく肩を怒らせていたが、どこ吹く風の俺を見て時間の無駄だと悟ったらしい。
「ふん……あなたを相手にしていること自体が、くだらないわね」
そういって教卓のある場所まで戻っていった。
(やれやれ、無意味なことで争ってしまった。俺らしくもない……)
「会長…………あなたって人は…………はぁ…………」
隣の席から呆れたような声とため息が送られてくるのだが、俺はあえて聞こえない振りをしてこの退屈な時間をやり過ごした。
◇
昼休み。
歴史と伝統のある国内屈指の進学校である
つまり、会長と副会長。
この学園の伝統で、その年の学年首席と次席が、生徒会長・副会長をそれぞれ務める習わしとなっている。そんな時代錯誤も甚だしい因習のせいで、俺は本来やりたくもない生徒会長を半ば無理やり押しつけられた形と相なったわけである。
「すまん、遅くなったか?」
「いえ、そんなことは」
生徒会室には副会長が待ち構えていた。
彼女の名は
腰まで伸びた艶やかな長い黒髪。
日の光を知らないように透き通る白い肌。
どの角度から見ても様になる、ちいさな顔。
とくに顔立ちの中で印象的なのは鮮やかなライトブラウンに耀く切れ長のアーモンドアイ。
女性としては長身で手足も長く、顔のちいささと相まってスタイルも抜群。
大してデザインがいいわけでもない制服も、彼女が着ているだけでファッション誌の一ページを思わせる素敵な衣装に早変わり。
ちなみにこの学園の理事長である織原洋一氏は彼女の父親である。
そんな出自と容貌に非の打ちどころのない美少女――それが、俺を含め一般生徒諸君の感想だろう。
「……………………」
ジト目で俺の顔を見つめる織原の目は口ほどに物を言う類のもので、機嫌の良し悪しという一点だけに絞れば非常にわかりやすい。
だが俺と同じく人付き合いが得意ではなく、口数もそう多くない。ゆえに彼女が普段なにを考えているのかは会長である俺としても読みづらい、ということも特徴のひとつとして付け加えておこう。
俺が中高一貫校であるこの学園唯一の特待生として高校編入してからだから、彼女とは2年ちょっとの付き合いというところだ。
「どうした、織原? 話があるなら聞いてやるぞ?」
部屋を縦断する長机の端、窓際に唯一設けられた生徒会長専用のデスクへと向かいながら織原に問い掛ける。
そして革張りの社長椅子へ俺が腰かけたところで、彼女は口を開いた。
「……会長はもっと人を思いやるべきです。黒田先生……彼女は、この前15回目のお見合いに失敗して傷心中だったんですよ?」
「うーん……俺は女性社会の恐るべき情報網について感心すればいいのか、あるいは先生の悲しすぎる婚活事情を聞いてしまったことに対し罪悪感を抱けばいいのか、判断に困るところだな……」
「茶化さないでください。とにかく、そんな会長のデリカシーのなさのせいで私はいつも余計な心労を背負う羽目になって―――」
……また始まった。
容貌だけなら、それこそため息が出るような美しさなのだが、口を開けば会長を会長とも思わぬ言動によって、違う意味のため息を余儀なくされる、そんな超カタブツの副会長。
しかしまあ今回に限らずだいたいは俺の方が悪いので、俺は下手に出ることにした。
「織原の言いたいことはよくわかった。確かにそれは俺が悪い。午後にでも先生に「そのうち良縁がありますよ」ってフォローしておくよ」
「それはフォローになりません!」
下手に出たつもりが余計に相手を怒らせるという、これが俺の常なのである。
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