君が云うには

イチカワ スイ

第1話 気が滅入る

 駅から徒歩15分。

 静まり返った夜道をひたすら歩く。まだこの道は慣れない。

 今日は上司の機嫌が悪かった。俺の気分も悪いのに。

 コンビニで買えた弁当は好みじゃないカツ丼。

 補充前の店内はガラガラと不気味で、ガリガリの金髪パサパサはずっと俺をガン見。

 スーパー開いてる時間なら良かったのに。

 行ったことないけど。


 昭和のドラマにありがちなアパート。

 隣は常ランニングシャツのおっさん。たまに盛大なくしゃみが聞こえる。

 馬鹿みたいに安いのだから仕方ない。もう俺にはお金がないんだ。

 ガチャリと音を立てて自宅に入る。ここからが俺の気が最も滅入る瞬間。


「ただいま」


 なんの音もしない。部屋は真っ暗。


 ズズ……


 鼻をすするような音。またか。

 パチンと電気をつけたら、当然のように照らし出される彼女の姿。

 勘弁してくれよ。


 体育座りで首をもたげたまま微動だにしない。窓の近くに陣取って時折鼻をすする音を発するだけ。

 ホラーだ。どう見ても。


 はあ、とため息をこぼして風呂に入る。この状態が半年。あれから半年。

 話しかけるべきなんだろうか。


 ラジオ代わりにテレビをつける。もちろん怒られないように音は限りなく小さく。

 あたため直したカツ丼はニオイからして美味くない。

 時間のたった米と油のニオイは味も不味いって主張してる。

 あぁ、そういえば彼女が作ったカツ丼は美味しかったな。

 料理上手で、何でも美味かった。ピーマンが食べ物になるなんて思わなかった。プラスチックだったのに。


 彼女を盗み見る。

 うん、ホラーだ。ホラーなんだ。

 俺の最愛の人。

 こんなになっちまった。


 なぁ、はじめて手をつないで歩いたあの公園な、改装して遊具新しくなるんだってさ。

 なぁ、あの遊園地の観覧車、スケルトン仕様になるんだってよ。

 なぁ、ついにお前の好きだった漫画完結するらしいぞ。

 なぁ、しょうがないなっていつもやってくれてた洗濯、もう失敗しなくなったんだよ。

 俺は、笑う顔を見るのが好きだった。怒る顔が見るのが好きだった。

 どんな顔だって見ていたかったんだ。


「なぁ、あや。愛してる」


 初めて声をかけた。そんなつもりじゃなかった。でも。

 ピクリと反応する彼女に驚きながら、俺は覚悟を決めた。

 二度遠くに引っ越した。

 仕事も変えた。

 信じたくなかったし、逃げたかった。


「あや、君はもう死んでるんだ」

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