第109話 1.5
─────午前三時。
未だ災禍が消えない東京の街、ビルを陰にしながら飛ぶヘリコプターの中。同乗している四人の部下たちは緊張の面持ちである。
僕達はこれから、東京全体を細かなエリアに分けて配備される緊急対処チームの一つとして戦わなければならない。
チームはほぼ適当に組まれ、作戦も一時間ほどでできた簡略化されたもの。
このヘリコプターは、僕達「ラムダ」が対処する場所に指定された、渋谷のスクランブル交差点へ向かっている。
特殊繊維を編み込んだ黒いバトルスーツが身体にピッタリとフィットしている。任務中は毎度着るし便利なことは便利だがあまりこの肌触りは好きになれない。
北海道地方本部、副統括本部長、か。ずっしりと重たい肩書きにももう慣れてきた。ここ数ヶ月、自らに課した過酷な訓練や任務の数々により敬語を使う心の余裕もなくなったし、かなり自分でも冷酷になったと思う。
今現在戦っているであろう新人の不破も、ごく短い期間でかなりの身内を失ったと噂に聞いている。僕の甘ったれをどうにかするには、こう言っちゃ何だが錦さんがああなってしまうのは必要なことだったのかもしれない。
痛みや悲しみを覚えずして先には進めない。課員となったなら、避けられない道だ。
相手は、忌々しいミ=ゴの大群。そして
ここまで飛んでくる原因になったテレビ中継で既に目にしたが、あの浮かびながらレーザーを乱射する球体がこの殺戮における要らしい。
あれだけのサイズ、破壊には一体どうすればいいのか。被った黒いニット帽を撫で、蒸れて痒いイヤホンの挿さった耳を掻きながら思案する。
だがそれを考える前に僕達がやるべきことは、相手と同じ殺しだろう。単純でいい。
「
『ばッ、バッチリぃ~い...ねえちょっ、高いとこ怖いから早く降りようぜぇ!?』
僕が背負った金属の箱と会話している様を、部下は怪訝な様子で一瞥する。僕は慣れてしまっているだけでなにも感じないが、この中身が人の脳ミソであることを知っていれば当然引くよな。
あの日、調査に向かったあの地下施設で錦さんは脳をミ=ゴに摘出され機械に詰められた。だがその精神までは失われなかった。
自身が置かれている現状を知ったとて、錦さんはそれほど驚いていない。むしろ「身体が軽くなった」などと気丈に振る舞っている。
好きだった飲み食いができず、自分の足で歩くこともできず。出来ることが見ることと聞くことのみになった状態なのに。
無理をしていることはわかっていた。以前会話をした時少し席を外した隙に、流した涙を見られないのをいいことに啜り泣いている声をドア越しに聞いてしまったからだ。
本人の尊厳のために機械を破壊する案も出されたが、ことごとくを本人が拒否する。僕だってそんなことはしたくなかった。
故に、彼女は今僕の背負うこの箱に納まっている。自らがそれを望んだからだ。この身体をあえて利用し、僕の背中をカバーする第三の眼になってやると。そのための訓練も積んだ。
機械には新たに防弾耐爆仕様のプロテクターを設けて元々の脆い外装を覆い、視覚を繋げているレンズのようなパーツも格納。
外側にセットしてある広い画角、高いズーム性能を持つ二つの小型カメラの映像を内部にセットした画面から直接見ることで、仮に後付けのカメラが潰されたとしても替えがきかない本体の眼を守ることが出来る。
これはもちろん戦闘が絡む任務中での話だ。帰れば彼女をケースから出して、話をする。
画面越しでないほうがやはり視界はクリアで安心できるという。今日は少し面倒な案件のようだが、早いとこ片付けてしまいたい。
「はいはい、もう少しなんで我慢で。」
『...うわぁー、落ちたら死ぬじゃんねこれ。』
「僕だけですよ?落ちたとしても死ぬのは。」
『そういうこと簡単に言うな!』
「はいはい、ごめんなさい。」
初めて一緒になる部下、半数は南方支部の人間も混ざっているらしい。しかしリアクションがなくとも心の距離がどんどんと空いていくのが機内を包んでいる沈黙からわかってしまう。
なんだか嫌味な言い方だが、そう態度で示すのならこちらが副統括本部長としての権威を振りかざしてやったっていい。別にそんなことしないけど。
ただ嫌うというのなら、どうか僕一人だけを嫌ってほしい。救いきれなかった罪をズルズルと背負ったままに、人と呼ぶにはとても難しい箱と親しげに話している不気味な僕を。
しかし本当にどこででも銃声か悲鳴のどちらかが聞こえてきてるな。新年一発目の任務がこんなに悲惨な現場になるとは。
実際に見たことはないが、名前と存在だけを知っているビル。こすり倒された観光名所を尻目にヘリはホバリングを始める。
「全員、降下準備。装備確認。」
真下のスクランブル交差点には衝突し煙を上げる乗用車、死体の山が転がっていた。
それらに見向きもせず警官相手に武器を振り回し大立ち回りをする一人の小柄な子供、その上を傍観するように飛び回るミ=ゴの群れ。
子供は男児のようで、背中に交差するようにかけられた二本の鞘から、細い鍔がある銀色の直剣を抜いて自在に操っている。
外国人だろうか、鮮やかな金髪は血に濡れ、着ている学ランのような白い服も同様。恍惚と快楽だけを湛えた
「
「後ろン残り二つがこっちを睨んでくるんだ、なんとかしてくれないか...正直不気味だ。」
「気のせいでしょ。アンタが余計な口を叩かない限りは、この人は敵以外を睨まない。」
「それに僕はコンタクト派だ。もしつけるならだけど。」
『そーだぞ、青二才め!こちとら副東方支部長だ!頭が高いッ!』
「.......なんでまたこんなのと...」
「脳ミソ背負って戦うなんて、俺にはできないね。まったく、気持ち悪....ぅッ!?」
バックアップガン「グロック18C」の
が、その銃口を僕は自然とそいつの顎に向けていた。短期間に集中して積んでしまった訓練のせいで僕の精神は磨り減り、同時に研ぎ澄まされている。
逆立った感情に任せ、こうして反射的に手が出てしまうようになるくらいには、痩せ細り。
帰ったらまた叱ってください。この悪癖はきっとあなたにしか止めることができない。
「お、お前ッ...!!」
「もう、一度、言ってみな。」
「始まる前から、血は見たくないだろ?」
『陽樹くん怒ったら怖いよー。命が惜しかったら気を付けなー。』
『その辺でやめ!もーすぐ着くんでしょ?仲間割れはよくないぞ!』
「はい。ごめんなさい。」
「......クソが!」
拳銃をホルスターに差す。すると張り詰めた緊張をよそに、車道の真ん中へロープ、煙幕が投下される。
そして、濃い白煙が撒き散らされた地点目掛けてハーネスのフックをロープに引っ掛け滑り降りていく。
煙に潜り込む瞬間、こちらを見上げ狂った笑いを浮かべている少年と目が合った。
「状況、開始。まずはあの暴れてる子供から僕が相手する。」
「互いを見失わないように散開、各個状況を報告しつつミ=ゴを殲滅してほしい。」
白く視界を包む目眩ましが晴れる前に、戦地に降り立った僕達は反撃を開始する。メンバーは多種多様な銃を握りダッシュで放射状に展開、辺りを飛び回るミ=ゴへ発砲する。
するとそちらの方へ気を取られたのか、ニヤニヤ笑いを崩さずに少年がメンバーの一人へ攻撃を仕掛けようとする。
僕は即座に腰の後ろにあるホルスターに差していた拳銃を抜き、少年に向けて撃つ。足下に食い込んだ弾丸に反応し、怯まずこっちの顔を見て血塗れの剣を向けてくる。
「なに?お兄さんもオレと遊んでくれるの?」
「もちろん。そのために来たんだし。ところで君、ここに来てから何人くらい殺した?」
「んっ?ん~~....数えてないや!オレそんなの数えたことないよ?」
「あっそう。奇遇。僕も今まで殺した人間、数えてないんだよね。」
「僕は新藤 陽樹。よろしく。」
「ハルキ~!よろしく!俺はヘンリー。ヘンリー・パーシヴァル!」
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