第110話 アイ・コンタクト
「よろしく、ヘンリー。」
『ちょっ、陽樹くん...!?そんな悠長に自己紹介してる場合かよ...!?』
「.......静かに。」
大丈夫です。この会話は時間稼ぎ、内容については僕だってくだらないと思ってる。
あなたの存在に気づかれて手の内を明かすのもよろしくない。話さない方がいい。
メンバーが牽制してくれているミ=ゴ、話しながら様子を確認したが。隙があれば僕の方に割り込んで攻撃しようとしている。
「ハルキみたいに挨拶してくれる人、初めてかも!オレが遊ぼうとするとみんな怖い顔して酷いこと言うんだよ?」
「なのに全然弱いしー、つまんない。ハルキはあの人たちより強いの?」
銃を握り締めたまま、四肢を削ぎ落とされ絶命している警官隊の残骸を指差す。まるで玩具を壊してしまったような振る舞い、まさに子供である。
「どうかな。でも僕がきっちり相手してあげるから安心していいよ。」
純真無垢な笑顔でぱたぱたとヘンリーは手を振っている。しかしその頬は飛び散った血に汚されている。
僕は拳銃をホルスターに緩く戻し、両大腿部に着けた鞘に手を掛け、柄を握って引き抜く。そして装備した二本のククリナイフを顔の前で構える。
三節棍はもう使わない。あれは僕が広く浅い範囲の武器を得意とするという器用貧乏さのせいで、あのトリッキーな武器を扱えることを自身の才能と勘違いしていたからだ。
結局のところ、シンプルな刃物や銃器の方がよっぽど有用だと気づいた。それぞれを軽く使える程度では、成るまでに時間のかかるオールラウンダーになどなれはしない。
「早速、
「オッケー!本気で行くよぉおッ!!」
まずは小手調べ。片手のククリを口に咥え、ホールドを弱め抜きやすくしておいた拳銃を手に取り発射方式を切り替える。
このグロック18Cは機関拳銃であるため、
凄まじい発射レートにより
ただ走っているだけでもこの僕の射撃など余裕で凌げてしまうだろうに、回避の合間にバク宙までしてみせた。
あっという間に33発装填の
労を排したいという願い虚しく、
刃同士がぶつかる。華奢な体格から繰り出されるやたらと重い一撃を受け止め、衝撃に手首がたわみ踏み締める足が地に食い込むようだ。
ヘンリーの持つ剣は案外分厚く、腕力がなくとも振り回し続ければ遠心力によって十分威力は出る。
だが、振り回していれば振り回されもする。こちらの攻撃をぶつけて軌道をずらしさえすれば脅威にはならない。
「ハルキィイ~!強いッ!強いなあぁ~!」
「ありがとう。」
ヘンリーは間違いなく今まで戦った中ではトップクラスの実力を持っている。しかしその今までが弱すぎた。やはり張り合いなどはない。
殺しに躊躇しない姿勢。覚悟なき、常勝を確信した上での命知らずな戦い方、心意気。そこは評価してあげよう。
これも課長補佐だった木知屋による教育の賜物なのだろうか。しかし自らが劣勢に追い込まれていることすら忘れてしまうとは、些か経験不足だな。
一対一なら僕の方が、上だ。
「うわあ!?」
互いに両手それぞれの刃をぶつけ押し合いの状態へ持ち込み、かかった力を利用してそのまま左右へ開く。
さらにがら空きになった胴へ蹴りを入れる。鳩尾に深々とブーツの爪先を刺され、骨の軋む音と共に腹を押さえ後退りしている。
だがその時、ヘンリーは態勢を立て直すでもなく、ただこっちを見つめていた。
いや待て、違う。ズレている。瞳が僕に合っていない。その違和感に気づいた時、ヘンリーが妙な動きをした。
カチカチと、二度歯を打ち合わせて音を出す。それは周囲を取り囲む騒乱の中でもかなり目立つものだった。
何かの合図か。その意味を暴く暇もなく、背中から錦さんの叫び声がした。
『陽樹くん後ろぉおーーッ!!』
直ぐ様肩越しに振り向く。そこには、覆い被さった死体を退かしながらゆっくりと立ち上がる少女がいた。
頬を裂くような笑み、碧眼、白い服。両手に携えた
しまった、今の今まで死体の山に隠れてカモフラージュしていたのか。夥しい血糊にまみれた二人目が現れてしまった。
拳銃は使えない。銃口はじきにこちらを向くし、それほど身軽でもない僕にはヘンリーのような射撃をかわす身体能力もない。
だが僕には背負った後ろ盾がある。使うにはあまりにも気の進まない防弾仕様の盾が。
もはや盾と呼ぶのも憚られる。あの防壁は僕のためにつけたモノじゃない。
だがやるしかない。後で頭ならいくらでも下げますから、どうか今だけ。
「錦さんッ....!」
『いぃから行け!!』
感謝してもしきれない。消えかけた命の灯火を継いで、僕へ献身してくれる。
報いなければならない。生還という名の最大の報酬を抱えて、必ず帰らなければ。
僕は少女に背を向けたまま、ダメージから回復しきれていないヘンリーの方へ走る。そして全力で地面を蹴って跳ぶ。
背中を曲げ四肢を曲げ、畳み、被弾面積を出来る限り減らした状態で。
無様に逃げ惑うとでも思ったか。攻撃こそが最大の防御なんだよ。
こいつが小柄で助かった。剣を交差させ防がれる前に、飛び乗る形で脚を両肩に乗せ上体をツイスト。そのまま片脚の膝裏を首に引っ掛けながら速度をつけ倒し衝撃を与える。
当然少女は銃を撃ったが、複数発の弾丸は錦さんが止めてくれた。ヘンリーのペースは決して取り戻させない。
『やっべ、カメラが撃たれた!もう後ろは見れそーにないぞ!?』
「大丈夫。もう終わります。」
すぐに脚の拘束を解き、身を起こすより早く襟を引っ張り上げ肉盾にしながら再び腕で首を押さえ喉にククリの刃を突きつけた。
態々脅し文句を吐きかける必要はない。殺しのエリートならこの状況が指し示す意味は嫌でも理解できるだろう。
少女は震える目でこちらを睨んでいる。心のない殺人集団とて、仲間を殺めるのは嫌か。笑わせてくれるな。
「紹介するよ、ハルキ......エリー。オレの妹。勝ったと思ったんだけどなぁ...強すぎるよ。」
「双子?息が合ってる。」
「そうだよ...エリー、撃っていいよ。この人、オレたちだけじゃ勝てない。」
「だめだよぉ...撃てないぃい...!」
「早く撃って。じゃないと二人とも殺されちゃうから...」
「大丈夫...怒ったりしないから...」
「ごめんっ、ごめんヘンリー...!」
「ごめっ」
いきなり泣きじゃくる声が途切れる。エリーは口をあんぐりと開け訳のわからない様子で数歩後退りしたかと思うと、硬直した指に
見ると、側頭部にナイフが一本突き刺さっている。一体誰が投げた、僕のメンバーには投げナイフなんか使う人間はいないはず。
叫び暴れるヘンリーを離さないように気を付けながら、燃え上がる車両の黒煙の中をまっすぐ突っ切ってきた二つの人影に目を向ける。
鉄パイプを担ぎ身体の至るところに包帯を巻いた長身の男と、投げナイフを両手に持ったウルフカットの女。両者がくすんだ瞳という共通点を持っていた。
僕は呑気にも、また双子の増援かと辟易の溜め息をつく。だが男が挙げる手には特殊事象対策課の一員であることを示す証拠、警察手帳があった。
「待て、俺は味方だぞ。」
「特事課員、
「ど、どうも~...」
「........うわ目怖いな...っ。」
「宗谷...本部の人間?」
「ああ。危ないトコだったな。」
「新藤 陽樹。北海道地方本部、副統括本部長を務めてる。」
「...へぇ。まあ名前はいいんだ、俺達にそいつを引き渡してくれ。」
「あの球体についての情報が必要だ。そいつから聞き出したいから、殺すな。」
僕は言う通りに、ヘンリーを引きずり倒してうつ伏せにさせる。その両手両足に蓮はスムーズに手錠をかけた。
そして、逃れようともがく肩に容赦なく手にした鉄パイプを振り下ろす。鈍く骨を粉砕する嫌な音が響き、激痛に呻いている。
「言え。あの球体はどう動いていて、どうすれば破壊できるんだ?」
「答えないと次は頭を砕く。」
「ひっ、ヒィッ...ッ!?いやっ、イヤだ!ハルキぃい助けてえぇ!!」
残念ながら、僕も君達と同じだ。敵に対する慈悲の心なんて持ち合わせていない。
蓮がどんな性格で、どんな手段を用いるのか初対面の僕にはわからない。だから君の嘆願に応えることはできないし、そもそもそうする理由がない。
木霊する、怨嗟と痛み、悲しみが複雑に混ざった絶叫。死に瀕して、今は亡き妹への愛をうわ言のように口にしている。
『.....陽樹くん。』
「...わかってる。チームの援護に回ります。」
敵のくせに、人殺しのくせに、大勢の命をいたずらに奪ってきたくせに。
どの面を下げて悲しんでいる。戦いに身を置くのなら、死ぬ時は死ぬと割り切れよ。
でも、いざ僕が錦さんを失ったら。交差点を駆ける僕の背後で叫ぶヘンリーのようになってしまうんだろう。
そう考えるともうどうしようもなくなって、吹き溜まった感情の行き先を失くす。
僕はただ任務に殉ずるだけ。もう二度と自分達のような、人として持つべきモノを何処かに置いてきてしまった悲しきモンスターを生まぬよう、影に留まり戦うだけ。
ただ、それだけ。ただ、それだけだ。
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