第94話 弔報

 中から、丁寧な字と文体で書かれた手紙を取り出す。見るからに、外面を取り繕うのが巧かった木知屋アイツが書いたと思わせる雰囲気。

 手紙の趣旨は、招待状のようだった。送られてきた日そのものが数日前で、記載されている日時はちょうど今夜の午後12時。

 場所は、自警団がパトロールを行う商店街のメインとなる通り。俺が一人だけで向かわなくてはならない条件付きだ。


 少々腹に据えかねるところがあるが、条件、場所共に文句はない。可能性が低くても、アイツに一矢報いる機会があるのならば。

 しかしなんでまた俺を?魔術を問答無用で破る心眼すら自分には通じないとわかって、おちょくるためにでも呼んだのか。

 舌打ちをして、手紙を橘に渡す。そしてもう一つの箱に手をかけリボンをほどいた。


 蓋をゆっくりと開くと、そこには金属で作られたバングルが一つ入っていた。表面にうっすらと枝分かれするような細い模様が彫られているシンプルなデザイン。

 そして、添えられているカードには尊の字で、「誕生日おめでとう」と書かれていた。もう、プレゼントなんて用意してたんだな。


 俺はバングルをすぐに左手首に通した。まったく、また汚したくないものが増えたよ。残念だったろう、生きているうちにこれを渡せないだなんて。

 必ず大切にする。いつか折れてしまうその時まで、肌身離さず着けていよう。俺のために選んでくれていたのだと思うと、また目頭が熱くなってしまう。


 すると、手紙を読み終わった橘が焦った様子で俺に向き直った。やれ援護をつけるだの、そもそも行かない方がいいだのと、俺をどうにか説得しようと必死になっている。


「もう俺は...家族を失いたくないんだ...」


「そりゃお互い様だ。だが責任を取るのはアイツを何度も殺し損ねてきた俺だろ。」

「それに、尊がどうなったかを聞き出す必要がある。夜、着いてくるなよ。」


「....ならせめて、これを。」


 橘がロッカーから取り出したのは、イヤホン型のインカム。確かにこれなら一人で行くことに変わりないが、そこまでして俺の安否が知りたいのか。

 ただでさえ警官を六人、それからも大勢殺してきた。任務はもちろん、私利のために殺したことだってあった。

 そんな人間をまだ家族と認め心配するなんて、とんだお人好しだよ。


「...着けてもいい。だが邪魔になるようならすぐにその場で外してブッ壊す。」


「...ああ、それで構わない。」

「睦月、木知屋は時間を止める魔術を使うんだろ...?何か対策は...」


「一つだけある。ずっと練ってた作戦が。」

「だが確定要素じゃない。そもそも実行が可能なことであるかすら怪しい。」

饗庭アイバ 舟矢シュウヤのところまで案内してくれ。実行するには、アイツの協力が要る。」


「饗庭...MECのサブリーダーか。わかった、すぐに車を出す。」


 心眼を背に帯び、俺達は事務所を出る。舟矢は金属を融かし他者の体内へ浸透させ「心臓」を形成、そこを起点として液体金属を操る魔術を与えることのできる力を持っていた。

 そして奴は現在拘留され、さらにはこちらに協力的な姿勢を見せている。上手くが噛み合えば、俺は木知屋の時間停止魔術を完封することが可能になるだろう。


 相変わらず煙草臭い車内、橘は妙に紙箱の中身を消費するペースが速いように感じられた。

 車が拘置所に着くと、まだ着火したてにも関わらず咥えた一本を灰皿へねじ込んだ。いそいそと動いていて、焦りが滲み出ている。

 正直な話焦っているのは俺の方だ。今のところの見通しでは、このが上手くいかなければ木知屋への対抗策は現状、全くないと言えてしまう。


 降車し、つかつかと特事課の管轄エリアへと足を進める。呼び出した、魔術師等の脱走時に備え配属された課員を伴い、舟矢が拘留されている単独室の前へ到着する。

 課員が拳銃を抜き、安全装置セーフティを解除してから扉の鍵を開ける。これはいかに相手が協力的だろうと行われる必要事項らしい。


「饗庭 舟矢。出ろ、特別な客だ。」


 扉が開かれ、グレーのスウェット上下を着用した舟矢が、背中を曲げて歩み出てくる。すぐに課員に手錠をかけられ、場所を移す。

 向かう先は、物の一切置かれていない一つの空き個室。部屋に入ると、俺は背負っていた心眼を袋から出した。

 そして、心眼の分解を始める。だが急いでいるので刀の構造そのものを把握していなかった。見回しながら外せそうなところを探す。


 するとダイヤ型になった柄紐の間、柄本体に、円い木のようなものが差し込まれているのを見つけた。裏側にも同じ位置に出ている。

 適当でも構わない、手当たり次第に外してしまおう。


喜多キタさん、なにか細くて尖ったもの...それと、ハンマーをお願いします。」


「...りょ、了解。」


 数分後、喜多がアイスピックと木槌を手に戻ってくる。受け取り、尖った先を円いところにあてがって上から持ち手を木槌で叩く。

 力任せに何度か叩くと反対側へ突き出ていき、スポッと抜けた。竹で出来た小さな釘状のパーツだった。

 どうやらこれが柄に刀身を固定していたらしく、引っ張れば鍔やハバキまて、簡単に引き抜いてしまうことが出来た。


「睦月...いいのか、心眼バラしちまって...」

「というか、解決の糸口になりそうなモンをなんで急に...!」


「...ダメならダメで、また考える。」

「俺がやるのは、この心眼を俺の身体に取り込むことだ。」


 以前舟矢から説明を受けたとき、与えられる「心臓」はあくまで起点。心臓と呼んでいる理由は、そこから液体金属を全身に循環させている核として機能しているためと言っていた。

 ならもしこの心眼を液体化し取り込んでしまえば、俺の身体には心眼が浸透、手で触れるだけでも魔術を問答無用で跳ね除けるようになるはずだ。

 ...成功すればの話だが。


「穿傀、来い。」


 だがまずは、これを呼び出しておこう。もし取り込むことが出来たとしたならば、俺にかけられている魔術も全て消える。

 俺の舌に刻まれたこの桜の模様は、おそらく穿傀を呼び出すために必要不可欠なものだ。それも失くなるのか、調べておかなくては武器を失う恐れがあった。


「お、おい!お前その刀...!」


「話は後だ。今は時間がねェ。」


 俺は穿傀を脇に置いてから舟矢の手錠を外させ、刀身に対し液体化を試みるように言った。まずは刃先の方から。

 舟矢が呪文を唱える。しかし手から滲む液体金属が彫られた紋様に触れた瞬間、突然破裂音が聞こえ辺りに七色の火花が散った。まだ液体化はしていない。

 やはり刀身だけになっても魔術を消滅させる力は残るらしい。だがまだ想定内だ。


「...まずい。なにか金属はないか。体内に貯蔵していた分が、今ので消し飛んだ。」

「もう一度融かして取り込むだけでいい。金属だったらなんでも使える。」


「...クソッ。喜多さん、なにか金属で出来てるものを!早く!」


「へいへい...了解。」


 空き缶、ワイヤーハンガー、その他諸々。金属製の製品をかき集め、次々と与えていく。

 それは舟矢の掌に触れるだけでドロドロと形を失い、染み込むように取り込まれる。そして今度は、柄に固定され隠れていた根元部分。


「...よし、ここなら問題ない。」


 舟矢が触れても、火花が発生しない。紋様が彫られていないからなのか、この部分は魔術の干渉を普通に受けるようだ。

 ここまではよし。問題は、このまま刀身全体を融かせるかどうかだ。


「舟矢、いけるか。」


「...わからない。普通ならさっきみたいに簡単に融かせるが...この刀、手応えが尋常じゃないくらいに重い。」

「例えるなら、ロープくくりつけたトラックを小指だけで引っ張ってる感じだ。」

「かなり力押しになるな...だが、やるだけやってみよう。」


 舟矢が歯を食い縛り、触れている指先に力を込める。踏ん張る声が漏れ出て、こめかみに血管が浮かび上がりそこを脂汗が伝う。

 さらに腕には、皮膚の下に透けるほどの銀色の糸が無数に現れ始める。力を疑う訳じゃないが、そんなに厄介なものなのか。


 そして、わずかに融けた刀身が数滴分ほど、指先から舟矢の体内へ入り込んだ瞬間。舟矢はいきなり大きな悶える声を上げ、そこから手を離してしまった。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る