第50話 エビが鯱を釣る
晴天の下、吹き抜ける風を浴びながら俺とシュリンプは向かい合う。こいつがアドミニストレーターなのかは知らないが、追ったからには情報を聞き出して撃滅する。
「おい、シュリンプ。テメェが"アドミニストレーター"か?」
「いかにも。しかし人間は私達を"海老"と呼び交わしているのだな。愚かだ。」
「我々はミ=ゴだ。せいぜいこの名を墓場まで持っていくんだな。」
「あ?ミゴだァ!?」
「違う。"ミ=ゴ"だ。」
「はァ?ミゴでいいだろが。」
「違う、ミ=ゴだ。ミとゴの間にイコールが入る、一拍置いて発音しろ。」
「ゴチャゴチャうるッせェなァアア!!」
不安定な揺れる車両の上を走り、ぐらつきながらも何発か拳を叩き込む。しかし上位の立場であるからなのか、動きが妙に良く後ろに飛び退いてかわされた。
やはりこの場所では戦いづらいか。再び一歩下がって距離を置くと、ミ=ゴはまたもや謎の機械を取り出す。
それは捻じ曲がった金属管の塊で、歪んだトランペットのような形状をしている。ミ=ゴはその先端をこちらに向けたかと思うと、そこから白い濃霧のような霞が噴き出した。
発生した霞は直径三メートルほどの厚い雲状をした円錐形に発射され、狭い足場では横に回避することもできない。
俺は吹き荒れる冷気をもろに受け、あおられた身体を立て直そうと左手を下についた。睫毛に霜が降り、目を開けられなくなる中、支えについた左手が凍りついて皮膚がくっついていることに気がついてしまった。
俺は右手で拳銃を抜き、曇る視界で霞の向こうに弾丸をでたらめに撃ち込む。
霞を噴霧させながら、ミ=ゴが悠々と近づいてくる。こんな時に限って、弾は当たらない。足音が接近するにつれて冷気はつぶてを伴い激しい痛みを与え始め、体温を迅速に奪っていく。
霞が晴れた時には片方の瞼はすっかり凍ってしまって開かず、左手は皮膚と一部の肉を犠牲にしなければ剥がせない状態。
追い詰めたミ=ゴは目のない頭で俺を見下ろし、止めを刺そうとハサミをこちらに向ける。
「ここで朽ち果てろ、人間。」
犠牲なくして、平和は訪れない。痛みなくして、望むものは得られない。ゆっくり引き剥がすのはやめようか。
どうせなら痛みは、一瞬の方がいい。それで得られるものがほんの少しの細やかなものだったとしても、あの子の平和が、この化け物にとってその程度のものだったとしても。
「俺は...ッ、あの子のため、ならッ...!痛み、だって...何度でも乗り越える...!!」
足に全霊の力を込めて、踏み切る勢いをつけ左手を無理矢理凍てつく車体から外す。ベリベリという生々しい感触と激痛が全身を駆け巡り、叫ばずにはいられなかった。
氷の粒子を飛び散らせ俺はミ=ゴへ突進する。形だけ生き残った悴む両手に鞭を打って、刀袋を掴みながら。
刀の両端を袋越しに握り、刺股のように湾曲した胴目掛けて押し付ける。刃は抜かない。とにかく今はここを脱さないと。
こいつは機械の技術に関する頭はキレるようだが、パワーは人並みだ。俺の力だったら押し負けはありえない。そしてこの至近距離、噴霧器の長いノズルはコイツの不格好な手じゃ俺に届かせられないはずだ。
「馬鹿な...!貴様、正気か!?」
「酔っぱらってるように、見えるかァッ!!」
そのまま斜めに身体を押し、俺とミ=ゴは高速で走行する車体から勢いよく飛び降りる。絶対に離さねぇ。アスファルトのベッドに身体を投げるのは、お前だけだ。
高架下の地面に、俺の重量の乗った衝撃を伴ってミ=ゴは落下する。海老のように詰まった肉が幸いしたのか、俺は無傷だった。
下敷きになったミ=ゴは脇腹が破裂し、いかにも瀕死といった様子で付属肢をビクつかせている。俺は馬乗りになったまま、コイツに最も聞きたかったことを話した。
「お前...誰かの指示を受けて"
「言え....るか...」
「どうせお前は俺に殺されるぜ。仲間もな。だったら少しは人間に貢献してみろよ!」
「......一理あるかもな。」
「我々は半ば、虐げられていた...お前たちに真実を明かして一矢報いてくれるというなら、教えてやろう...」
「我々の主は、"矢嶋"という男だ。」
心当たりのある名前に、思わず目を見開いた。ミ=ゴは続けて、矢嶋はとある組織を率いていることを話した。表向きは孤児院だがその実態は殺人を主体とした戦争屋で、メンバーはほとんどが男女を問わない子供ばかり。
ミ=ゴは自分達の種族が計画する大がかりな計画のついでとして、矢嶋の組織に精神を書き換え戦闘のみに能力を傾倒させた子供たち、"
そこへ俺達、特事課による調査という追い討ちを受けたことにより「晴笑の家」という名の被った皮を捨てざるを得なくなってしまった。
「乙部 桜」についても矢嶋の息がかかった計画の被害者だ。脳は外科的技術により取り出されたものだが、既に身体はどこかに売り払われたらしく戻すことはできないと、ミ=ゴはその抑揚の少ない淡々とした音声で告げる。
矢嶋が絡んでいるのはわかったが、俺がいくら問い詰めても自分達の抱えた計画については頑なに話そうとしない。やはり種族としての譲れないプライドがあるのだろうか。
というか、また敵対勢力が増えた。MECに加え、矢嶋の率いる戦争屋。果たして本部の人員だけで対処できるのか?
そう考えているうちに、ミ=ゴは喋ることができなくなり、不規則にチカチカと頭を光らせることしかしなくなっていった。もうじき死ぬ。死体も溶解されていずれ消えるだろう。
わざわざ止めを刺すまでもない。柴崎たちと合流するべく場を立ち去ろうとしたその時、俺はようやく左手がズキズキと熱を持った痛みを脈打たせていることに気がついた。
アドレナリンでも出ていたのか。掌、指の腹の皮が丸ごと剥がれたというのに。
命が無事ならどうとでもなる。そんな甘い考えは、歩き出そうとした高架下の影になった道に立つ人影によってヒビを入れられた。
黒い漆黒の影に塗り潰されたその姿は非対称。肥大化した右腕が液体のように波打っては、鉤爪、長大な刃、のたうつ触手など様々な形状に次々と七変化する。
その人影は、ヒールが地面を打つ音を高らかに鳴らしながら影の中から出でる。
「ひっさしぶり~ぃ!!なにぃ、随分垢抜けたんじゃな~い?マジキッショいなア!!」
半狂乱で滅茶苦茶な罵詈雑言を吐きかけながら現れたのは、変わり果てた姿の冷水だった。
切り落とされたはずの右腕は形を変えながらうねる液体金属に置き換えられ、肩を伝って顔面の半分までもが侵食されていた。間違いない。あの力はMECの持つそれだ。
冷水は歯を食い縛り俺の顔を鬼の形相で睨むと、絶叫しながら刃を伸ばし周りにあるものを手当たり次第に切り裂いた。
電柱を、樹木を、地面を。まるでバターのようにあっさりとズタズタにする冷水。
「こっち見んなよぉおお気持ち悪いなァア!死ねッ、死ねよ...早く死ねよォォオァアッ!!」
ついに清算する時が来てしまった。俺は刀袋を噛んで中から「心眼」を取り出し、柄を振って鞘を抜き飛ばす。左手は使えない。
MECの力の根幹は魔術だ。攻撃そのものが物理的だろうが、操作する原動力が魔術であることはわかっている。落ち着いて心眼を使えば対処できるはずだ。
冷水は獣のように叫び、金属の鉤爪を振り回す。その風切り音が何度も耳を掠めていく。
そして、鉤爪は完全に固まりきっていないのか、振るわれる度に液体の金属を辺りに撒き散らした。
こいつ、当てる気がないのか勢いだけで攻撃がまるで掠りもしない。力を得たばかりで間合いを掴めていないと見た。
ならばこちらが距離を詰めればいい。俺は切っ先を真っ直ぐ向ける形で水平に構えて突きを繰り出す。しかし、持ち前の機動力。俊敏なバックステップで回避されてしまう。
「お前...どこでその力を...!!」
「フッ、フフフ...ッ.....アンタもあたしのこと、お前って呼ぶんだァ...」
「だったらこっちも、本当の名前で呼んであげるわよ...!」
作り出された膠着状態、こんな時に名前の話なんてしてる場合じゃないだろ。しかし冷水は、依然として歪んだ不敵な笑みを見せている。
今更気の利かない冗談めいたアダ名なんて。
「橘 睦月くぅ~ん?ウッフフフ...ハハハッ、アハハハハ!!!」
え?
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