第49話 取り戻すため

 俺は扉を開こうとした直前であることを思い付いた。侵入者である悠を、警備員の姿をした俺が連れていれば仮に遭遇したとしても騙せるのではないか。


「悠、武器仕舞え!」


「...え、でも誰かいるかも。」


「いいから、ズボンの裏でもなんでもいいから早く隠せッ!」


 悠は疑問符を表情に浮かび上がらせながらも、拳銃をベルトの後ろに突っ込んだ。

 満を持して扉を開くと、目の前には長い廊下が続いており、奥にはさらに両開きのドアがある。窓一つない、人が二人並んで通るのがやっとの狭い廊下である。

 そこに俺達の行く手を阻むように、拳銃を所持したケヴィンと、くすんだ蛍光緑色の装甲を着込んだ「シュリンプ」が立ち塞がっていた。

 俺は両手を上げた悠に銃を突きつけながら、降伏させた風を装いながら歩く。


「フン、ネズミは捕まえたか。ご苦労さん。」

「こっちも君の部屋で見つけたよ。ネズミのため込んだ、食料をな。」


 ケヴィンは懐から除去剤の入ったガラスカートリッジを取り出すと、ニタニタと笑いながら中の液体を振ってみせる。やられた、既に見つかっていたのか。連中の実行する確保計画にバッティングでもしやがったか。

「シュリンプ」は頭の渦巻きを光らせ、この見た目をしておきながら人語を話した。報告書にあった通りだ、気味悪い。


「貴様の処分を下す。動くな、しばらく眠ってもらう。」


 シュリンプが、構えた黒い電気銃を構えてワイヤーを引く。その瞬間、阿吽の呼吸で俺達は走り始め、そこへ発射された電気の塊が真っ直ぐ飛んでくる。

 俺は壁を蹴って跳び上がり、悠は身体を寝かせ床を滑り抜けて回避する。間を通り、弾けるスパークの余波が靡いた防護服の端を焦がしてチリチリと音を立てた。

 ケヴィンも銃撃を行うが、その焦りが狙いに如実に表れている。弾道は非常にばらけていて最早かわすまでもない。次など撃たせるか。

 跳んだ勢いをそのまま利用し、俺はケヴィンの顔面めがけて靴裏を叩き込んだ。鼻から血が噴き出し、除去剤のカートリッジと銃を落として身体が吹っ飛ぶ。


 落下したカートリッジを拾い、ホルスターから拳銃を抜いて額に突きつける。醜く上擦った声で狼狽えながら命乞いをしている。

 悪いが、聞こえないな。俺は、洗脳された子供たちに尊の姿を重ね合わせていた。

 俺のこれも洗脳なのだろう。もし被害に遭ったのが尊だと考えたら、指の掛かったこの引き金は羽よりも軽いものとなるだろう。


「くたばりやがれ、クソペテン師が。」


「警備員じゃ!?きっ、貴様...!何者───」


 銃声で戯れ言を掻き消す。欺瞞の詰まった穢い脳漿を9mm弾で叩き壊していく。気づけば、シュリンプと戦う悠を無視して俺はケヴィンの頭蓋を砕くことに執心していた。

 首のキーカードには、「OMNI」と書かれていた。これならあいつらの囚われた扉を開けられるはずだ。


「おい、不破!!」

「手を貸してくれ!こいつ、銃が....」


 その声にようやく持ってかれていた意識が戻ってきた。弾を撃ち尽くした拳銃を捨て、悠にハサミによる猛攻を仕掛けているシュリンプへ歩いて近寄る。

 こんな化け物なんかに、人間の日常を侵させてたまるものか。夢中になっている背後から渦巻き状の器官を引っ掴む。

 呆気に取られた悠の顔を一瞥してから、俺はシュリンプの胴体に足を当てて踏ん張りをつけ、掴んだ部分を力の限り引き千切る。

 付属肢をバタつかせながら、訳のわからない色彩信号をチカチカと頭から点滅させて地面をのたうち回るシュリンプ。

 肋骨のような蛍光色の装甲、その一本を掴んで身体を引っ張り上げ、俺は質問した。


「"アドミニストレーター"はどこだ。お前か?だったらこの場でブッ殺す。」


「とっくに...逃げ始めているだろう。残念、だったな...人間ども...」


 過敏になった神経では、どんな言葉も緒を脆く切り裂くんだ。半分が欠損した頭の残りを踏み潰して、淡く発光する体液を振り落としながら収容室に戻るために走った。

 ついてこようとする悠を、俺は止めた。アドミニストレーターに逃げられたら面倒だ、見張り役をやってもらう。


「悠、俺が渡した名刺に携帯番号が書いてる。逃げる奴を見つけたらかけろ。」

「俺は仲間助けてから行く。勝手な行動はすんなよ。」


 返事を待たずにエレベーターに乗り込む。積もっていく苛立ちに、無意味に狭い空間の中を歩き回っては壁を殴り付ける。

 そして、扉が開ききる前に飛び出しリーダーにカードを通す。何度かエラーを起こしながらもようやく解錠できた。

 奥からこもったヘラヘラ笑いが漏れてきているヘッドギアを弾き飛ばし、細かく震える眼を虚空に向ける二人を床に寝かせて注射器にカートリッジをセットする。

 先端を腕に押し当ててトリガーを引くと、中の薬剤が注入された。それから数十秒、笑いは次第に小さくなっていき、二人はやがて完全に瞼と口を閉じ沈静した。


 よし、次は俺だ。奪い取った最後の一本を惜しまず自身の腕から注入する。すると視界にホワイトノイズのようなものが混じり始める。

 同時に平衡感覚が失われていき、立っていることすらままならなくなった。

 頭の中には割れんばかりの大音量のノイズ音が鳴り響き、激しい頭痛と吐き気が瞬く間にやって来る。

 意識が刈り取られ、身体が自然に冷たい床に倒れ込んだ、次の瞬間。目を覚ました俺は元の身体を取り戻した状態で床に倒れていた。

 そばには警備員の服装をした、先程まで自らの意思で動かしていたはずの身体が転がっており、その命は既に失われているようだ。


「うッ....あぁ...不破か...?一体、何が...ここはどこだ...!?」


 意識が回復した柴崎が頭を押さえながら俺に状況を聞くが、今は奴を追わなければならない。しかしそこで、部屋の端に置かれた長机の上で鳴る携帯電話に気がついた。

 持参した武器が持ち物と共に並べられていた。「心眼」もある。全員に装備を渡して、刀袋の肩紐を掛けながら着信に応答した。


『もしもし!?』


「おう、奴は見つかったか!?」


『いたよ!裏口から出ていくところを見た...!今から尾行するから、位置を教える...!』


「....勝手にッ.....了解!」

「柴崎、施設の調査を頼む!まだ見ていない部屋があるが、今は逃げた奴を追う!」


 俺は柴崎に、残りの部屋を開けられるであろう「OMNI」のキーカードを残して、エレベーターを動かせる「HIGH」のカードを利用し地上へ向かう。

 廊下の奥にある扉から外に出ると点滅する薄汚れた蛍光灯が照らす連絡通路があり、さらにその奥へ進むことで中庭へ行くことができたが、騒ぎを聞きつけたのか混乱し逃げ惑う人々がまず目に飛び込んでくる。施設内には避難を促すサイレンが鳴り響いていた。

 施設から出て、通話を繋ぎっぱなしにしていた悠に居場所の通知を乞う。


「もしもし、悠!まだ奴は見えるか!?」


『今追いかけてる!堂々と道のど真ん中走って駅の方に向かってる!!』


「今建物出たとこだ!駅まで案内を頼む!」


 俺は手近にあった自転車のダイヤルロックを45口径で撃ち壊し、スマホを片手に全速力でペダルを漕いだ。

 右へ左へ突き当たりへ、指示の通りに進んでいくと、やがて駅前でぜえぜえと息を切らしている悠の背中が視界に入り、同時に構内へ侵入したシュリンプの翼が目に入った。

 俺は悠を追い越して自転車から飛び降り、わずかに見えた姿を追いかける。


「悠ッ!!俺が戻るまでそこ動くんじゃねぇぞ!!」


『わ、わかった....!』


 階段を駆け上がり改札に手をついて飛び越えて、人々を薙ぎ倒しながらよたよたと走っているシュリンプの数メートル後方までようやく追い付くことができた。

 しかしタイミングの悪いことに、ホームに電車が通る。電光掲示板の示す「急行」の文字。

 シュリンプは迷うことなく翼を広げ、空気を掻いて飛翔し電車の上に着地した。そっちがそのつもりなら、俺だってやってやるさ。


 走り込んだ速度を落とさぬままにホームドアの基部に片足を掛け、バネのようにしてジャンプする。無茶なやり方だが、みすみす逃がすより何倍もマシだ。

 転がる身体を打ち付けながら、俺はなんとか飛び乗ることができた。そして、カチカチとハサミを鳴らすシュリンプと対峙する。

 報告書の記述には、銃弾が効きにくいと書かれていた。ならば近接戦闘寄りの俺に軍配が上がるはずだ。だが心眼は無闇に使えない。

 取り落としでもしたら目も当てられない上に、連中は魔術ではない、機械を用いた物理的な攻撃を行うらしい。単なる日本刀以上の効果は期待できないだろう。


 俺は坂田とのトレーニングの日々を思い出して、拳を握って腰を落とした構えを取った。

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