第四章「笑気じゃない」
第41話 デス・フロム・ノーザン
課員、「丑三 未」の裏切りから二週間後。
俺は橘から受け取った書類を手に、いつもの喫茶店に性懲りもなくやってきていた。
宇佐見はいない。バイト中の店員としてもだ。
なぜなら奴は、かつての俺のように謹慎処分を食らっている。期間は二ヶ月。
裏切りを起こしたとはいえ、奴が伸してしまった丑三は課員。
丑三は現在、刑事課の管轄下で拘束されているらしいが、面会に行く気は起きない。
俺はといえば、"心眼"にMECによる賞金がかけられていることが本格的に問題視され、パトロールへの参加を停止されてしまった。
代わりの穴埋めを宗谷 蓮に打診しに行ったが門前払いされた。
...尊の安全に託つけた意見を盛夏が出した途端に、一転して乗り気になったが。
結局、盛夏の説得により蓮が護衛を務めてくれることになった。
そしてさらに後の調査では、あの地下エリアに巣食う化け物は、発生した戦闘により全員を壊滅させることができたそうだ。
唯一気がかりなのは、扉を押さえつける役割を担っていた一体がなにかに切り裂かれたような傷を受けた状態で息絶えていた点だ。
位置関係的にあの一体を殺ったのは宇佐見以外にあり得ないのだが、奴の戦闘スタイルは徒手格闘。手刀を放ったとて、切り裂くなんてことはとても。
だがそんな事態にも並ぶ出来事が、見えないところで同時に起こっていた。冷水の失踪だ。
看護師が病室に伺った時には、既に姿を消していたらしい。なんの痕跡も残さずに、だ。
監視カメラにも姿は映っていないし、窓は締め切られていたため飛び降りたわけでもない。
奴の課員入りは俺と同じ、「殺人を放免する代わりに戦闘員をやれ」というパターン。
故に、脱走などすれば即指名手配、俺達の殺害対象となってしまう。
考えられる失踪の原因は二つ。
本人の意思の有無を問わない、第三者の介入による脱走幇助。
または、俺が焚き付けた闘争心の暴走、それによって起こるストライキかなにかだ。
仮に後者であったなら、責任を取らなくてはならないのは俺だ。問題の逃走手段も不明瞭、奴の処分は俺がこの手で行うつもりだ。
何だかんだ引きずってしまっている。腕を失わせてしまった、その片棒を担いでいたのが事実上俺だということを。
増えるのは謎ばかりだ。
しかし、身体を失い脳だけにさせられてしまった少女、「
しかしながら俺の持つこの書類はその問題を解決する糸口になりうるものだと、俺は橘に説明を受けた。
中身は、「警視庁特殊事象対策課・北海道地方本部東方支部三係」からの調査報告書だ。
全国に複数の支部があるのは聞かされていたが、このような形で触れることになるとは。
俺は糊付けされたA4の茶封筒をやや破きながら開き、取り出した書類を読み進める。
─────────────────────
警視庁特殊事象対策課・北海道地方本部東方支部三係。
課員、
頬杖をつきながら、端っこにある丸机の席に座ってスマホをいじる。
非番明けなのに、今日は早速調査任務が入ってしまった。しかも月曜日。憂鬱だ。
何度欠伸をしたのかわからない。そろそろ顎が痛くなってきた。
それにしても僕のいる東方支部だけなぜ妙に任務が多いんだ?そんな気がしてならない。
無駄にだだっ広い土地だからこの北海道地方本部は、北海道全体をダイヤ形に区切った四つ角に支部を置いている。
便宜上地方本部と呼んでいるが本部に言わせれば支部。さらにそれを四つに分けているため、さしずめ「支部の支部」といったところだろう。
そうしないと移動やら連携やらで色々と面倒なのはわかるが、それぞれに格差が生まれちゃどうしようもないだろ。
堅苦しいスーツの首元を引っ張って少し緩め、直してない寝癖だらけのボサボサ頭を掻く。
すると、僕をここに呼んだ張本人が勢いよく出入り口の扉を開け放って現れる。
「おっはよ~う諸君!!」
「
「言ってみただけ!雰囲気よ雰囲気!」
朝っぱらからハイテンションで向かい側の椅子に座ってくるこの女性は、
腰くらいまで伸びた長い髪をバサッとかき上げて、やれ朝食がなんだった、やれ僕の寝癖がなどと捲し立てるように話す。
やたらと小柄な幼児体型と言っても差し支えない姿をしているが、これでも27歳。
僕の三つ歳上である。
「というか呼んどいて遅いっすよ?また化粧に時間かけてたんで?」
「それにしてもあんまし変わってないような気がするんすけど。」
「やっかましい!私のはナチュラルメイクなんですぅ~!」
僕がここに配属されてからは二年の付き合いになるため、この感じにはもう慣れた。
錦さんはお喋り好きで、ブリーフィング前には必ずこうしてしばらく談笑する時間がある。
彼女はベテランだ。その後の打ち合わせは毎度滞りなく、非の打ち所がないものになることは支部の全員が理解している。
だから彼女を咎める人間は誰一人いない。
「じゃ、そろそろブリーフィング始めよ。」
「うっす。」
今回の任務は、人里離れた山間部にある洞穴の調査任務。
そんな洞穴なんかに何かあるのかと聞こうとすると、すぐに答えは出た。
ハイキングに訪れた登山家が、洞穴に出入りする異形の怪物を目撃したというのだ。
一部分しか見えなかったが、茹でた甲殻類のように赤とピンクが混ざった色の身体をはっきりと確認した、と。
一般人がこの話を聞いたなら、なんだ、ただの見間違いかと横へ流すだろう。
そのような話題に明るく興味を示すような人間ならわからないが、僕たちは違う。
そういう事柄の謎を解き明かすため、僕たちが存在しているのだから。
そんな場所へ迷わず踏み込むことの出来る人間は必要だ。
人間が平穏に暮らしていくためのこの世界には、その安定を妨げる種となる未曾有の謎、強大な力は存在してはならない。
「よっしゃ陽樹くん。腹ごしらえでもしてから早速行こうじゃないの。」
「了解っす。装備は持っていくんで?」
「そうねー。例の怪物、というか。今までの課の保有ファイルに残ってる奴ら。」
「友好的な方が少ないじゃん?備えあればなんとやらよ。」
「っすね。そういや、
「ありゃ聞いてないか。今日は愛機のメンテっつって有給取ってたよ~?」
「またバイクっすか...好きっすねあの人も。」
「ホントにね~。ほれ、武器庫行くよん。」
僕達は商業ビル施設の地下にある支部のオフィスを抜けて、武器庫へと入る。
そして、自分の名前が入ったアタッシュケースを取って中身を装備した。
錦さんはクリス・ヴェクターサブマシンガン、僕は金属製の三節棍。
この得物にはどこか愛着がある。なんでそんなピーキーな武器を使うのかとことあるごとに何度も同僚に突っつかれてきたけど。
非殺傷だけどコントロールすれば威力の調節はできるし、なによりいろいろ振ってみてこれが一番手に馴染んだ気がしたからだ。
錦さんにせっつかれながら外へ出て、ミニバンに乗り込む。
甘い芳香剤の匂いと吹き込む夏風に思わず深い溜め息が漏れてしまう。
そういえば、面倒だったから朝食を抜いてきたんだった。道理で頭が回らないわけだ。
錦さんは道中、なにも言わずコンビニに寄って金を下ろしていた。
どうやら僕の腹減り具合は見透かされているらしい。
「....飯、どこ寄るんですか?」
「んー、ラーメンの気分なんだけど。いい?」
「全然OKっす。というか、まだ10時なのにラーメンなんてイケるんすか?」
「なーに、私だってまだまだ若いぞ。」
そして僕達は、道すがら見つけたラーメン屋に入店する。
任務の日に食う店の下調べはしないのが、錦さんのポリシーというか、こだわりらしい。
一期一会を楽しむのがイイらしい。でも僕はやっぱり安定したものを食べたい。
注文も、冒険を厭わずに店側のオススメに従うスタイル。
それを横目に僕は炒飯と餃子を頼む。
別に
腹を満たしさえすればそれでいいのだ。
隣から漂うかぐわしい味噌ラーメンの香りに引っ張られそうになるのを我慢して、残りを全てかきこむ。
「いやぁ、美味かったっすね。」
「そーね。というか陽樹くんなんでラーメン屋で炒飯しか食べないのさ。」
「...え?そりゃあ、とりあえず炒飯頼んどけばハズレないじゃないですかー。」
「不味い炒飯なんてこの世に存在するんで?」
「.....うん。」
「......作:貴女の場合ですか。」
「.....ったく!余計なことを言うなバカタレ!もう知らん!勝手に奢っちゃるからな!」
「あははッ、さーせん。御馳走様で~す。」
最初からそのつもりだったくせによく言う。
錦さんは、任務前に食事をするときは必ず後輩に奢ってくれることで知られている。
でもそれを悪用する輩か否かは勘でわかっているらしい。その時はキッチリ割り勘させる。
僕はわかっていてもしっかり善意を真正面から受け取る気持ちを固めてあるから大丈夫。
腹八分目。これから身体を動かすことになると考えれば、これくらいで丁度よかった。
さぁ行こう。今度の溜め息は、気を引き締める意味で。
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