第39話 高波

 その直後、全ての窓からライフルを構えたたくさんの顔が現れる。

 それらは容赦なく引き金を引いた。無数の弾丸がガラス窓を叩き割り、破片を飛び散らせる。

 暗闇の中で明滅する発射炎マズルフラッシュが、惨たる景色にコマ送りの様相を呈した。


 あたしは振り返らずに走って、もう一台のバンの裏に滑り込んだ。

 真ん前に立っていたダンも、スティーブも既に殺されているだろう。あたしたち以外、全員。

 常にウェポンバッグを持ち歩いておいて正解だった。音を立てないようにファスナーを開けてライフルを取り出し、スリングを肩にかける。

 そして、ホルスターの拳銃を抜いて、セーフティを解除しルーカスに握らせた。


「ミヅキ...!ダン、みんなが...!」


「...静かに。これ持って隠れてなさい。」

「あたしがいいって言うまで出てきたらダメ。わかった?」


 ルーカスは唇を噛み締めて、首を縦に振った。

 その頭を軽く撫でて、ライフルの発射方式セレクターをフルオートに設定する。

 連中の服装、装備。忘れもしない。あの時の盗賊団だ。心臓が高鳴った。

 どうやって追ってきたのか知らないけど、ここで会ったが百年目というやつだ。

 全員ここでくたばってもらおうじゃないか。


 呼吸を整えてバンの陰から飛び出し、ぞろぞろと下りてきた奴等に弾丸を撃ち込む。

 所詮はアマチュアの集まり。細かく移動、切り返しを織り混ぜながら撃てば、かえってこの暗闇は武器になる。

 こちとら傭兵なんだ。暗闇の中でなんていくらでも戦ってきてるんだよ。


 折角掴んだ希望のチケットを、こんな下卑た連中に奪われてたまるか。

 意志を引き金に乗せて、暗闇の中で敵に向け放ち続ける。

 やがてすぐに抵抗の叫びは銃声により掻き消えていき、その場には静寂だけが残った。

 そして、弾倉マガジンを入れ替えようとした、その時。


 足下の地面に弾丸が突き刺さった。

 流石にこの状況下じゃ発砲した人間を特定することはできない。

 車の裏に隠れて様子を窺っていると、こちらに歩いてくる足音があった。

 広場の真ん中あたりまで来たところで止まると、視界に赤い光が差し込んだ。

 誰かがこの裏で、発炎筒を焚いてやがる。

 すると、足音の主が口を利いた。


「美月~。居るんだろ?出てきてくれ~!」


 間違いない。長男の佑典の声だ。

 あたしは隠れたままで答える。


「...いるよ!佑典なの!?」


「あぁ、早く顔見せてくれ。」


 安堵が胸を撫で下ろすが、あたしは物陰から出る足を止めた。

 あれが佑典ならば、なぜあたしとわかって弾を撃ち込んだ?

 感動ものの兄妹同士の再会、もう少しまともなムードを用意してほしいものだが。

 再装填リロードを済ませ、銃口を向けながらあたしはゆっくりと姿を見せた。


「よう、久しぶりだな美月。」


 その姿は、最後に見た時とは異なっていた。

 傭兵の誇りたる野戦服は脱ぎ捨てられて派手な柄シャツに変わっており、左目には眼帯がつけられていた。

 口を歪めて見せる笑みには、確かに感じ取れる狂気が宿っている。


「....どうしたの、その目。」


「これか?あの後な、俺だけ盗賊団に捕まっちまってよ。」

「目ン玉に熱した鉄筋やらヘンな薬やらをネジ込まれたぜ。超~アツかったなァ~~!!」


 そう言って、壊れたような高笑いを赤光に映して闇夜に響かせる佑典。

 依然としてあたしは、銃口を彼に向けたまま下ろさずに居られなかった。

 家族だからこそわかることだ。この兄は、今まで慕ってきた兄は、とっくにイカれている。

 佑典は、鞘から抜き放ったナイフの刃を撫でながら淡々と話し始めた。


 まずあたしたち「プシフロ・ネロ」傭兵団は、司令官である父に捨てられたこと。

 戦況がひっくり返されことをいち早く察し、真っ先にハンヴィーで一人逃げ出したという。

 次に、投下されたフレシェット弾は盗賊団が雇った大手企業の傭兵が撃ち込んだもので、町の人々を守るという任務そのものが盗賊団による真っ赤な嘘であったということ。

 そして佑典は盗賊団に拾われ、拷問の末組織に加入する道を選んだということ。


「ごめんな、俺はお前ら弟たちのことなんて、家族だなんて思っちゃいなかったんだぜ。」


「.....えっ?」


 いつもの優しい口調で、この心を真っ二つに引き裂くようなことを話す。

 彼はあたしたちのことなんて、ただの駒としてしか見ていなかった。

 そして、いつも「天才」と持て囃され、訓練で毎度自分を完膚なきまでに叩きのめしてきたあたしが心底疎ましかったと。


「そう、だったんだ.....」


「だからさァ、俺と殺し合いしてくれない?家族水入らずでさァ。」


「いいよ。」


 即答し、あたしは胸の鞘に差していたナイフを抜いた。

 切り裂かれて、塞がりかけた傷口にまた刃をねじ込まれて、頭の中はめちゃくちゃだ。

 これからは仲間のためでもなく、金のためでもなく、自分のために殺す。

 殺しはこれで最後、いや。

 あたしたち全員見捨てて逃げやがったクソ野郎で最後だ。


 ナイフを構えて地面を蹴り、距離を詰めて得意の至近距離に持ち込み身体に刃を這わせるように何度も振るう。

 しかしそれにも構わず、佑典は握ったナイフも使わずあたしの顔面に肘鉄を食い込ませる。


「ぐブッ....!!」


「ホラホラ、いつもの威勢はどこやった?」


 佑典、訓練の時とは動きの勢いがまるで違う。

 合理性を突き詰めたものではなく、孕んだ狂気が乗りに乗った連続攻撃。

 今までに見たことがないほどに速すぎて回避がままならない。

 防戦一方。受け流すので精一杯だった。


 ふとあたしは、佑典が背負っているハンデに気がついた。

 左目だ。佑典は今左側に死角が生じている。

 あたしは鼻から流れる血を息で押し出し、ステップで踏み込んで佑典の左側へひたすら回り込むように攻撃を仕掛けた。


「左、ってか?甘ェんだよなァア!!」


 浅はかな狙いは、完全にバレていた。

 それに合わせるように佑典が反対回りに回し蹴りを繰り出したのだ。

 とっさに足でブレーキをかけ防御しようとするが遅かった。

 こめかみに横薙ぎに踵が食い込み、脳が揺れて痺れるような鈍痛が頭に走る。

 意思に反して体は、その身を目の前の男に委ねることを選択してしまった。


 身体に力が入らないまま、地面に大の字に倒れその上に佑典が跨がる。

 鈍色の刃が、心臓めがけてゆっくりと下りてくる様を、あたしはただ見ていることしかできない。

 こいつの目的はあたしを殺すこと。このままやり過ごせれば、ルーカスだけはきっと逃げられるはずだ。

 そう考えれば、死なんてこんなものだ。

 目を閉じ、それを受け入れる。


「うっ、動くな.....ッ!!」


 その声に意識が引き戻される。

 ルーカスが、渡した拳銃を佑典に向けていた。

 銃把グリップを握る手は恐怖に細かく震えている。おそらく彼も銃を手にするのは初めてなのだろう。

 佑典はあたしを置いて立ち上がり、ルーカスの方へゆっくりと歩いていく。


「ダメって....言っ、たでしょ...ッ!!」


「ごっ、ごめん!!でもミヅキが...!!」


「おいおい、連中殺し損ねたか?まぁいいや、まずあれから殺ろうかな。」


 逃げてと叫ぼうとしても、頭をカチ割られそうな激痛に邪魔されて上手く声が出せない。

 一歩、また一歩と、距離は縮まっていく。

 結局ルーカスはまだ子供。撃とうと思っても精神がついてこない。

 もうだめだ。と思った、その時だった。


「あ...?」


 乾いた銃声が響き渡った。

 腹を押さえる佑典。硝煙が立ち上る銃口。

 やってしまった。あたしが銃なんか持たせたばっかりに、彼を人殺しにさせた。

 罪悪感が一挙に心を押し潰そうとする。


「痛...ッ、痛エ!!痛ッてェぞォオ!!」


 そんな馬鹿な。怯みもせず血反吐を吐きながら佑典はルーカスへ突進する。

 次弾を発射する間もなく、ルーカスはその細い腕を掴まれて押し倒されてしまった。

 這って動こうとしても、力が入れられない。

 それでもあの悪魔は、猶予なんか与えてくれなかった。


 佑典がナイフを彼の身体に突き立てる。

 か細い悲鳴が喉から絞り出されて、身体が痛みに痙攣して跳ねる。構わずに刃はその肉を惨たらしく切り開いていく。

 何度も。何度も。何度も。何度も。

 出来上がっていく血の海に膝を濡らしながら、佑典はゲラゲラと笑っていた。


 あたしの中で、なにかが壊れていく。

 人として、心を持つ者として、決して欠けてはならないとても大切ななにか、それごと。

 そんなものを理不尽に壊されたんなら、こっちも壊し返したっていいよな。


「───グッッァアアアア!!!」


 獣のように吼え、いつの間にか動くようになっていた身体を跳ね飛ばし迫った。

 向こうが振り返る間もなく、反撃の暇も与えず喉元に歯を刺して肉を千切る。

 人を殺すのは道具じゃない。人を殺すのは人の殺意。つくづく良い言葉だと思う。

 あたしは今、自らの肉体に備え付けられた殺意を形にして、目の前の仇敵を食い尽くさんとする獰猛な獣だ。


 死ね。死ね。死ね。

 とうに息耐えた身体が動かなくなっても、自らの私腹を満たすために食らっては鉄の味しかしない不味い肉を吐き散らす。

 本能のままにそうしていると、ついに歯にガチンと硬い感触が伝わった。

 もう終わりか。つまらない。


 邪魔になった骨を曲げ折って、赤光の中掲げた頭を地面に叩きつける。そして光を失い、消えつつある体温のわずかに残った少年の身体を抱いて声の限り叫ぶ。

 虚しさから、涙が止まらなかった。復讐なんてものは何も生まないんだ。


 運命は、人殺しの道にあたしを連れ戻した。

 だったらもういっか。いいよね?ルーカス。


 全員皆殺しにしてあげるから。

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