第37話 砂像
あたしたちは無言のまま、バンが目的地に到着するのを待った。
くくりつけられた大量の荷物と人々でごった返す車内では、何をするにも暑苦しさが伴ってしまい残った僅かな気力を著しく削ぐからだ。
とっくに空っぽになった乾パンの袋を後生大事に抱えている少年を、ただ眺める。
今はとにかく仮初めでもいいから、落ち着きを取り戻したかった。
そんなことを考えながら瞬きをして、自然と眠りに入ったかと思うと既に車はどこかに停まっていた。
荷物は半分以上が運び出されたのかだいぶ減っていて、さっきの少年も見当たらない。
現実味のない悪夢のような光景が脳内をフラッシュバックし、それを決意で上書きする。
心身共に満身創痍だ。低く呻きながらシートから立ち上がって、現在地を確認すべく背もたれを支えにしながら外に出た。
眩しい日の光が眼を焼くようだ。
手を日除けにして、ようやく晴れてきた視界に映ったのはさっきまでいた町よりもさらに小さな、山村のような集落だった。
携帯を開いても圏外。どうやら相当都会から離れた場所らしい。
車体にもたれ掛かっていた筋肉質な運転手の男が、コーヒーを飲みながらあたしに話しかけた。
「ようやくお目覚めかい、姉ちゃん。」
「.....ここは?」
「そうだな、さしずめ"隠れ家"ってとこか。」
男は、この地が既に人の去った集落の跡地であることを明かした。
かつて紛争から逃げ延びた人々が残した家屋を利用し一時的な難民キャンプとして利用する。
この団体はそんな土地を数多く知っているらしく、ここはその内のひとつに過ぎないという。
そしてあたしは、少し奥まった場所にある一軒の家へ案内された。
家はホコリっぽく、玄関のドアは軋んで今にも外れてしまいそうだ。
電球はついているが、ヒモを引いてもうんともすんとも言わない。
夜の暗がりには慣れているから不自由はしなさそうだが。
家屋内を見て回っていると、ダイニングテーブルの椅子についた見覚えのある人物と鉢合わせた。
「.....あっ....さっきの、お姉さん....」
「まさかアンタ、相部屋に...!」
「俺なりに気ィ利かせてやったんだぜ~?親切な兵隊だな、アンタ。」
「まぁ、ここに居るのは長くて一週間ぐらいだ。仲良くやっといて損はないぜ。そんじゃあな。」
男は後ろ手を振りながら去っていく。
溜め息をつきながら頭をかきむしるあたしを、まん丸な瞳で見上げる少年。
あたしは勢いのままに向かい側に座り、頬杖をついたまま目を細めて少年を見る。
まだオドオドとして、落ち着かない様子だ。
「....アンタ、名前は?」
「....ルーカス・サンチェス。」
「あっ、あの...さっきは...」
「いいって言ってるでしょー。子供が腹減らしてるなら乾パンの一つや二つあげるわよ。」
ルーカスは何も言わずに俯く。
そしてしばらくの沈黙の後椅子から立ち上がって、初めて声を上げて話した。
「お姉さん、傭兵なんだよね....!?」
「...えっ?ま、まぁ...」
「オレを訓練してくれませんか!?」
突拍子もない申し出だった。
固い志を見せるルーカスの顔は、緊張からなのかみるみるうちに紅潮していった。
訳を聞いても、どもってしまい答えない。
尚も真っ直ぐこちらを見つめながら頼むルーカスの頼みを、あたしは迷わず断った。
あたしはそんな大層な責任を負えるまでに成熟した脳ミソを持ち合わせてないし、訓練のための環境だって整っていない。
ましてや今は、新たにできた自分の目的を果たすために忙しい。
稚拙な言葉を並べ立ててなんとかこちらを説得しようとするルーカス。
試行錯誤するジグソーパズルのように、少し組み違えただけの文句で立ち向かっている。
それを聞き流しながら拳銃の弾丸を全て抜いて本体を
テーブルの上に一つずつ並べた弾丸、そのうちの一発をルーカスが突然奪い取った。
「おいっ、何して....」
「───オレはあッ!!」
「......両親の、顔を知らない。良くしてくれたのはお姉さんと、運転手のダンだけ。」
「ホントの両親はどこかで殺されたかもしれないし、まだ生きてるかもしれない!だからオレには道を切り拓く力が.....!」
あたしは弾丸を一発だけ込めた拳銃に外した
戦うための力は、人を殺す覚悟は、生半可な気持ちで身に付けてはいけないものだ。
両親云々に関する意志と目的が伴う。
それならそれでいいが、今のあたしにはそいつはとんだド級の地雷だ。
こちとら母親目の前でブッ殺されてんだから。
「あたしは....あたしはなぁッ!!」
「お前なんかと....違って....ッ!!」
獣のように肩で息をしながら人殺しのための凶器をちらつかせて、幼気な少年を睨み威嚇する哀れな殺人者。
自ら作り出したこの状況を、ふと俯瞰的に見てしまった。
食料ならいくらでも分けてやる。でも、まだ子供のコイツに戦う手段を与えてしまうのは、あたしの中にある本能が拒絶する。
嫌だと。自分のようにはなってほしくないと。
柔らかな頬をつままれたままの彼は、まだあたしの睨みの目を正面から、その濁りや淀みの一切が存在しない瞳で見据えることをやめない。
すっかり馬鹿らしくなった。拳銃をテーブルの上へ投げ出して、背もたれに体を預けて顔を両手で覆う。
別にこっちが折れた訳じゃない。なにがなんでもルーカスには真っ当な生き方をしてほしいだけだ。
「....勝手にすれば。ただし、あたしからは絶っっ対に教えることはないから。」
「それで大丈夫。見て覚えるから!」
望んだ答えからは逸れてるだろうに、屈託のない笑顔でルーカスは応えた。
あたしは席を立ち外に出る。動かしておかないと身体が固まってしまう。
決して動きを見せてやる訳じゃない。ただの自己管理、それだけのこと。
どうせ見たって、真似できやしない。
家屋の脇にある、点々と芝が生えた庭のようなスペースに出る。
障害物もなく、ここなら心置きなく手足を振り回せそうだ。
胸の鞘に差していたナイフを抜き、握って緩く構え、目の前に人間を想像する。
そして動脈や腱など、急所を徹底的に狙って切り裂く想定でナイフを振り回す。
動きを読まれやすい大振りは避けて、最小限の範囲、リーチで致命傷を短時間の間に出来る限り多く作る効率的な攻撃。
横目で隣を見ると案の定、ルーカスは見よう見まねで落ちていた木の枝をナイフに見立てて振り回していた。
必死さは伝わるが、プロに言わせればまるで話にならないレベル。
思わず口出ししそうになるがグッとこらえる。
こんなに早く自分の言葉を覆してしまうのはあまりにも格好がつかない。
雑念を振り切って、ただ体のエンジンに火をつけていく作業を繰り返す。
標的を集落を取り囲む林の木々へと切り替えて一対多の戦闘をイメージ、首程の高さにある樹皮を刃で剥ぎ取る。
押さえつけられた精神の反動なのだろう。普段ならここまで時間をかけることはない。
道を戻って庭に出ると、ルーカスはまだやっていた。
振り回しすぎて折れたのか、枝が違うものに変わっている。
もう昼時になる。まだ缶詰かなにか残っていただろうか。
すると、どこからか美味そうな匂いが漂ってくる。
ルーカスもすぐに反応し、戻ってきたあたしに嬉しそうな顔をして声をかけた。
「お姉さん、やっと戻ってきた!ダンがあっちで炊き出しやってるんだ。」
「ずっと待ってたんだよ!早く行こう!」
さっきまで見せていた毅然とした態度はどこへやら、はしゃぐその様は子供そのものだ。
本当にいちいち調子を狂わされる。
「はいはい...なんでわざわざ待ってんのよ...」
「だって、一緒に食べたいから!」
本当に、気に食わない子供だ。
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