第27話 開演
爆薬の設置は完了、だが問題はここからだ。
スタッフのみが行くことのできるキャットウォークへは、まず会場に限りなく近づかなくてはならない。
ビルのエントランスに入り、地下への螺旋階段を下りていくと、会場への入り口であると思われる大きな扉が見えてきた。
しかしその前には、スーツを着た大柄な男が二人屹立しており、近づきがたい雰囲気を全身から放っている。
会場にいる女性を口説いている麗を、俺は呼び出すことにした。
アイツに一芝居打ってもらおう。
「こちら柴崎。麗、聞こえるか。」
『あっ、えっ!?ちょ、ちょっと待って...!』
そして、口説いた相手への軽い謝罪の声と、ドタバタという足音。
しばらくしてから応答が入る。
『ちょっと今かよォ~!折角日本人の女の子いたから喋ってたのにさぁ~!』
「連絡先まで聞き出そうとしてたろうがテメェは。いいから聞け。」
「入口前の警備が邪魔なんだ。だがここで撃ったらすぐに見つかる。」
俺は麗に、咄嗟に思い付いた作戦を話す。
まだ競りが始まっていない会場では軽食や酒が振る舞われていること、脇にあるキャットウォークへ通じるスタッフルームに現在誰もいないことは"
それを利用して、麗が酔っ払いのふりをして中から飛び出し警備員に絡む。
連中はたまらず麗をつまみ出すか、別室へ移動させようとするだろう。
そうして人目につかない場所へ移動したところを尾行し、俺と智歩で警備を排除する。
そのまま麗は会場へ戻り、再び待機。
俺達はキャットウォークへ移動する、というものだ。
『なんか無理矢理じゃねえ...?まーいいや、やってみるぜ。』
麗は移動を開始、扉の裏で一呼吸置いてから扉にもたれかかるような形で飛び出す。
支離滅裂なことを回らない呂律で喚きながら、千鳥足で警備員に掴みかかる。
どこからどう見てもただの厄介な酔っ払いだ。
「酔っ払いか...これじゃオークションどころじゃねぇな。」
「おい、スタッフルームへ連れてくぞ。しばらく寝かせておこう。」
警備員の一人がもう片方に声をかけ、麗は作戦通り二人の肩を借りながらスタッフルームへ引っ張られていく。
そしてある程度の距離を保ち、俺達がその背後をつける。
存在を察知されないまま、運ばれた部屋の前に着くことができた。
俺は喉を絞った小声で、麗に通信をする。
「...麗、そっちはどうだ?」
『...今連中に背ぇ向けてソファに寝てる...チョー無防備だ、殺るなら今だぜ。』
「..了解。三つ数える。」
智歩に合図を出し、三つ数える。
そして扉を開け放ち、油断した二つの背中に弾丸を叩き込む。
殺し損ねた片割れが拳銃を抜こうとするが、さらにその背後から飛び起きた麗が口笛で注意を引く。
混乱する相手の頭に、振り下ろされたレイジングブルのグリップがめり込み、二名の排除に成功する。
「...ソイツを撃たなかったのはいい判断だな。ナイスカバー。」
「そりゃーな。こんなデッケェ弾丸ブッ放したら潜入作戦がパーだぜ。」
「じゃ、戻るわ。そろそろ始まりそうだ。」
俺達は拳を交わし、それぞれの持ち場に着く。
キャットウォークへ上がる梯子を上り、金属の足場の上を慎重に進み、ホールのステージが見える位置で待機する。
「...こちら柴崎。キャットウォークへ到着、スタンバイ完了。」
「こちら麗ァー。客席端っこんトコ、スタンバイオッケーで~す。」
『こちらマクレイン。スタンバイ了解。現在ドローンカメラには怪しい人物の出入りなどは見られない。』
『状況はこちらでも確認している。爆破タイミングの指示、通訳は平行してオレがやる。存在の露見防止に一時通信は控えよ。オーバー。』
「「了解。」」
すると客席を照らしていた照明が消え、代わりにステージのスポットライトが点灯した。
そこへ燕尾服とシルクハット、純白の仮面を身に付けマイクを手にした男が現れる。
男はオークションの司会者らしく、ショー仕立てで行われるこの催し物を盛り上げるためにあのような出で立ちをしているのだそうだ。
そして、解説等を挟みつつ商品が次々と運ばれてくる。
ドレイクの説明を聞いても出てくるものは特にこれといって異常な点は見られない骨董品、絵画、彫刻品ばかり。
それらが仮面の人々によって、目まぐるしいスピードと飛び交う高額コールで競り落とされていく。
そのようなオークションが続き、こんなものか、と思ったその時。
司会者の背後に垂らされた真っ赤なカーテンが開き、奥の雛壇に待機していた楽団が大音量で演奏を始めた。
ホール中に壮大に響き渡る管弦楽。
客席の盛り上がりは最高潮だ。
『"ここからが本番!"だとよ...くれぐれも注意深く観察しろよ。』
そこへ運ばれてきたのは、布に覆われたキャスター付きの正方形をしたなにか。
司会者がハイテンションでなにやら喋りながら、その布を勢いよく取り払う。
客席から大きな歓声が上がった。
正方形の正体は、猛獣を閉じ込めておくような金属の檻。
その中で震えているのは十代にも満たないような、目隠しをされた小さな少女だった。
番号札が矢継ぎ早に掲げられ、その度に考えられない額のコールが放たれた。
『"ペット、食用、鑑賞用に"...か。てんでふざけてやがる。』
熾烈な競り合いの末、少女は日本円に換算すると8億640万円もの額で、番号札「12」番の老紳士に競り落とされた。
俺達は、任務が終わったらここのことを警察に全てたれ込んでやることを決意した。
少女の入れられた檻が奥へ戻され、続いて運ばれてきたのは、ショーケースに入った金属製の剣のようなものだった。
『"所有者の意思に応じて流動する鉄剣"...!?間違いない、奴等の話が本当ならあれが例のブツだ。絶対に目を離すな!』
ようやく尻尾を出したな、オークション。
俺達の探していた目標がついにここに来てお出ましって訳だ。
すると、奥から仮面をつけた一人の男がやってくる。
ドレイクによれば、この剣の出品者であるとのことで、実演のためにステージまで出てきたらしい。
爆破タイミングはまだだ。奴の確保はあの剣が本物なのかどうかを確かめてからだろう。
ショーケースから剣が取り出され、出品者がそれを手に取る。
すると、刃がうねうねと波打ち始めて、レイピア、槍、はたまた手鎌など、出品者が宣言した様々な形状に七変化していく。
目の前で繰り広げられる、まるで手品のような光景に客たちは拍手喝采。
麗に指示を出して競り落とすのもいいが、先程の檻が一旦奥へ引っ込んだところを見ると、おそらく代金と現物は後に裏で引き換える形式なのだろう。
『チホ、奴が剣をケースに納めた瞬間に爆破だ。いいな?』
「りょーかい。」
見たこともない珍品に、またもや高額コールが止まない。
やがて競り落とした人間が決まった時、剣はショーケースに納められ、鍵がかけられる。
『今だ、やれ!』
智歩が爆弾のリモコンを入れようとしたその時、楽団の脇からせり出した筒から、爆音と共に大量の紙吹雪が発射される。
それにも構わずスイッチを一度、二度と起動。
が、一向に爆発が起こらない。
「あれ...っ、ソータロー、爆発しない。」
「なぁ...っ!?押したよな、リモコン押したよな!?」
「押したよ!」
同時に、インカムに激しいノイズが走った。
叫ぶドレイクの声が途切れ途切れになり、聞こえなくなっていく。
俺はふと、空中を舞っているカラフルな紙吹雪に目がいった。
やたら銀色が占める量が多い。まさかあれは。
「チャフだと...!?そんな馬鹿な...!!」
おそらく、舞い落ちるあの銀色はアルミかなにかの金属箔だ。
空中に散布することで電波を反射、レーダーなどの妨害・撹乱を目的とした使い捨てのデコイアイテム。
まずい、鉄剣が奥へ持っていかれてしまう。
俺は、ハッとして眼下の麗へ目をやる。
本日最高の盛り上がりを見せる会場、麗だけがインカムの不調に焦りを見せていた。
そして、その背後からゆっくりと近づく女。
身に纏った喪服のような衣装、顔を覆っている真っ黒いベール。
手前に下げたボストンバッグ。揺れるベールの隙間から見えた不敵な笑み。
取り出される、柄に血脂の染み付いた木斧。
叩き割るのは薪なんかじゃない。
奴が淀みなく接近する先にいる麗の頭蓋だ。
ここまで来たならバレても構わない、俺は足場の柵から身を乗り出し、喉を裂かんばかりの声で叫んだ。
「麗ァァアア!!その女から今すぐ、離れろォォオーーーッ!!!」
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