第28話 ショーストッパー
俺の声が届いたのか、麗は頭上から振り下ろされる斧を横に飛び退いてかわした。
そのまま懐から抜いたレイジングブルの大口径弾を撃ち込む。
だが奴も鋭い、ギリギリのところで回避されてしまう。
そして、響いた銃声に客たちはどよめき、パニック状態になる。
騒乱の中、棚田のようになった階段を無数の人が駆け上がっていき、ステージに取り残された出品者はショーケースを叩き割ると鉄剣を手に反対方向の舞台袖へ走り去っていった。
麗と斧を持った女は客席の中心で膠着状態になっており、睨み合いが続く。
俺達は
再び戻った会場には、麗と女だけが残った。
「麗ッ!!俺達は奴を追う!その女の足止めを頼む!!」
「フッ、任せとけよ!」
二人とすれ違い袖へ走りながら横目でベールに覆われた顔を見ると、飛行機内でぶつかったあの女と同じ顔をしていた。
躊躇なく人の頭を叩き割ろうとするあの動き。
あの時感じた悪寒は、どうやら確かなものだったようだ。
ステージへ上がり、舞台袖へ踏み込む。
積まれていたのだろう段ボールや備品は軒並み押し倒され、それらを飛び越えながら裏側の廊下を走っていく。
出品者の男の気配はどこにもない。
中程まで進んだところで拳銃を構え、ここまでで存在を見落としている可能性を考える。
精神が研ぎ澄まされる。
ふと、右の方で段ボールが揺れる音がした。
銃口をそちらに向けて、ゆっくりと近づいていく。
音源であるとおぼしき箱を退けようとした、その瞬間だった。
なにかがその裏側を通り抜けたかと思うと、俺の後ろをついてきていた智歩が小さな悲鳴を上げた。
智歩の身体に伸びた金属の触手のようなものが絡み付き、今にもその小枝のような首を締め上げようとしていた。
拘束され動けない智歩の後ろにある楽器ケースから、出品者の男が現れた。
犬のリードのようになった刀身、その根元にある柄を握って息を切らし、ニタニタと勝ち誇ったような笑みを浮かべている。
「おいッ、動くんじゃないぞ警官どもが!!妙な真似をしたら、コ、コイツの首をネジ切ってやる!!」
「まずは...武器を置いてこっちに渡せ!!」
俺は両手を挙げながら拳銃を地面にゆっくりと置き、向こうに蹴って寄越す。
気持ちの悪い笑いを口の端から漏らしながらそれを拾う男。
「お前、何が目的だ。その剣は一体...」
「それはこっちの台詞だ!!コソコソ嗅ぎ回りやがって、俺はただ金目的でこれを売り払いたかっただけなんだよ!!」
「あんなテロ組織、もうウンザリだ...!!」
「...テロ組織?」
「お前には関係ないことだ!!お前らを殺して金手に入れて、俺は遊んで暮らすんだよ!」
まるで聞く耳を持とうとしない。
男は智歩の眉間にカタカタと震える銃口を突きつけ、慣れない手付きで引き金に指をかけた。
「おい、待てよ。」
「なんだよぉおッ!!もう何を言っても無駄だ!殺す、殺してやる!!」
「
もちろん、真っ赤な嘘だ。
時間を稼げればそれでいい。
「嘘をつくな!!さっきしこたま撃ってただろうが!!」
「あれは俺の銃じゃない。」
「はぁ...?」
"仲間"がこっちに到着するまでの、わずかな時間さえ稼げれば、それでいい。
重い銃声が廊下の奥から抜け、真っ直ぐ翔んできた弾丸が男の足を粉々に砕いた。
男は苦痛に顔を歪め、絶叫しのたうち回る。
柄を取り落としたためか智歩の拘束は解け、身体が床に下ろされた。
そして、銃口から立ち上る硝煙を吹き消しながら、銀色の銃身を肩に担いだ麗が現れる。
「遅くなっちまったかなァ。」
「いや、だいぶ早かったな。あの女は?」
「あぁ、無力化した後ウチに招き入れようとしたら拒否されちまってさ。もう殺したよ。」
「顔がタイプだっただけに残念だわ~。バディにしたかったんだけど。」
「...そうか。」
再び、呻きながら床に這いずっている出品者の男を見遣る。
視線を合わせると、ヒッと小さく息を吸い込み恐怖に震えていた。
麗はそれにも構わず、乱暴に銃を向ける。
「オォイテメェ!一体全体こりゃあどういう了見なんだァ!?」
「や、やめてくれ...!俺はただ金が欲しくて、それで...!」
「そいつは強盗とおんなじ言い分だぜ出品者さんよォ~~!」
「その剣をこっちに寄越せば、命までは取らないでやるぜ。どうすんだ?あぁ?」
「わ、わかった!渡す!渡すから!!」
単なる鉄剣の形に戻っていた柄を拾い上げ、麗はその刀身を引きずりながら逆手に握る。
放って置いても奴は警察に処理されるだろう。
俺達は目的のものを回収した。
それだけで十分だ、無益な殺生は避けて通るべきなんだ。
すると、剣を持っていた麗ががくんと体勢を崩してよろめいた。
「...おい、どうした。」
「アレ、急に剣が軽く...ッ!?」
麗は、刀身だけが忽然とどこかへ消えた剣の柄を持ったまま呆然としていた。
驚き辺りを見回すも、どこに行ったのか検討もつかない。
「マジかよ!?おい、刃ァどこやった!!」
「知らねーよ!!俺触ったばっかで、動かし方もわかんねェんだぜ!?」
あちこちを探し回ろうとしたその瞬間、床の上を這って逃げようとしていた男の叫びが耳に飛び込んでくる。
見ると、ゴボゴボと音を立てながら流動する金属が男の口の中へ侵入していた。
そしてその身体は風船のように膨らみ始める。
「撃て!!二人とも、コイツを撃て!!」
俺達は同時に、変容を遂げ始めた男へありったけの弾丸を撃ち込んだ。
しかし男の身体は膨張を続け、皮膚を突き破って飛び出す無数の針が顔を出し始めている。
「ヤバい、コイツは───」
男の身体が爆発を起こした。
内側から飛散した無数の針が周囲のありとあらゆるものを串刺しにする。
俺は寸前で楽器ケースを引っ張り、全員の盾にすることができたが、流動する金属は全て消え去り、肝心の
なぜ刀身だけが独りでに動き、持ち主であるはずの男を殺したのだろうか。
思考が完結しないまま、再びインカムにノイズが走った。
「こちら柴崎!未知の敵対勢力が乱入、電波妨害を受けた!」
「目標物品、関係者共にロスト!繰り返す!目標物品、関係者共にロスト!応答せよ!」
「.......ドレイク?」
必死に呼び掛けるが、応答がない。
代わりに遠くから聞こえるのは、ぜえぜえというドレイクの荒い息遣いだけだ。
『ほら、話してもいいよ。』
向こう側から、インカムを通した若い女の声が聞こえた。
どこか聞き覚えがある、人間味が薄く感情の籠っていないような淡々とした声だ。
ガサガサとマイクの擦れる音が聞こえ、苦しそうに呻きながら話すドレイクの声が流れる。
『....あぁ、クソ...こちら...マクレイン...』
『電波妨害か....道理で...こっちは、しくじったらしい...襲撃を、受けた...』
『斬られちまった....オレは、ここまでだ...』
俺達は走り始めた。
インカムに指を添えたまま、一言も聞き逃さないように注意しながらビルを飛び出す。
一刻も早く宿に戻らなくては。
『はーい。それじゃ、最後になにかどーぞ。』
『...最期に...食えてよかった...』
『......
『
『私イタリア語わかんないんだけど...ま、いっか。ご苦労様~。』
空気を切り裂くような音と、水っぽいものが滴り落ちる音がインカム越しに響く。
ようやく到着した宿の階段を二段飛ばしで駆け上がり、ドレイクのいる部屋のドアを突き破るように開く。
だがもう手遅れだった。
聞いた通りだったのに、この目で見るまで信じられなかった。信じたくなかった。
ドレイクが、鮮やかに広がった血の片翼を背にうなだれるようにして倒れていた。
首はほとんど切断され、皮一枚のみでギリギリ繋がっている。
その口には、黒く四角いなにかの装置が押し込まれていた。
亡骸となったドレイクの腕の中に抱かれていたのは、切断されたカルラの頭部。
そして、そんな最期の逢瀬を嘲笑うように窓枠に立ったまま俺達を待ち受けているポンチョコートの女。
女はドレイクの髪を掴み、もう片方の手で刀を握っていた。
鮮血で穢れた、透き通るような薄桃色の刀身の刀を。
それを見て、嫌悪や怒りなどの感情を差し置いて俺の身に訪れたのは割れんばかりの激しい、頭痛だった。
拳銃を無意識に向けるが、過去と現在の記憶が交錯するあまりにも気持ちの悪い感覚に手が震え、上手く狙いをつけられない。
女が、髪を掴む手を離す。
すると、だらりと垂れたドレイクの頭、その口に押し込められている側面を向いていた物の正体がわかった。
残り数秒のカウントを刻むタイマーと、繋がった複雑な配線。
「───時限爆弾だァァアッ!!」
智歩と身動きのできなくなった俺を広げた両腕で突き飛ばしながら、麗が地面に倒れ込んだ。
瞬間、鼓膜を叩く爆発音、吹き込む爆風。
あの威力では死体も、肉片すら残らない。
俺は廊下に敷かれたカーペットの上に倒れ込んだまま、ただ天井を見つめることしかできなかった。
時が止まったかのように、身体が動かない。
ほとんど確定したようなその生死を未だに危ぶむ二人の声と、立ち上がるその姿がスローモーションに映る。
俺は、また何もできなかった。
俺は、また目の前で仲間を失った。
それでも頭だけは必死に働く、この冷血動物。
自分のせいで得てしまった、形の無いなにかに苛まれる日々がまた始まると思うと、全身がむず痒くてどうしようもなくなる。
俺は、また死にたくなった。
人のために泣くなんて、俺にはもうできないのかもしれない。
智歩が着けた腕時計が、残酷に時を刻む。
叶うなら、今すぐ石にでもなってしまいたい。
この人生がなにかの悪夢であると、誰か俺に言ってくれ。
俺は、とんだエゴイストのクソ野郎だ。
頭の中は有休を取ることで一杯になっていた。
どうせだ、一週間丸々取ってしまおう。
また自責と後悔のサイクルを経験すれば、また誰かが慰めてくれるはずだ。
逃げ道を確保するために、俺は身を起こし、再び仕事に戻った。
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