第25話 斯くして

 荷物を積んだ車を走らせて、闇夜が満ちる路を駆けていく。

 バックミラーには、落ち着かなそうに街灯とゲームの画面を交互に見る智歩が映っている。

 どうせどこででもやるんだから、今のうちに充電を節約しろと言っても全然聞かない。


 時間も近い。俺は高速に乗って、アクセルを踏み込んで空港へと向かう。

 開けた窓から勢いよく吹き込む気持ちのいい夜風が髪をなびかせ、束の間のドライブタイムを演出する。


 もうすぐ銃撃戦になるかもしれない。

 誰かが命を落とすかもしれない。

 もはや今から、気を抜いてなんかいられない。規模のでかい任務はこれだから嫌なんだ。


 空港の駐車場へ入り、エントランスに出来るだけ近い場所に車を停める。

 二人分の荷物と、ゲームに熱中し始めた智歩を引っ張り出して中へ進む。


 既に麗とドレイクの二人は椅子に座って待っていた。


「すみません、遅くなりました。」


「大丈夫、時間通りだ。それじゃ、行くとするかねェ。」


 俺達は荷物を持って、何年ぶりだろうかというチェックインを済ませる。

 手荷物、保安検査に引っ掛からないかが気がかりだったが、無事にパス。

 何事もなく旅客機に乗り込むことができた。


 空調の効いた涼しい機内で、温かいコーヒーを飲むこのギャップが良い。逆も然りだ。

 しかし風を浴びながらの道程か、カフェインの作用が影響したのか。俺はしばらく座った後、トイレに席を立った。


 すると、曲がり角で人にぶつかってしまう。

 黒いショートヘアーをした、小柄な女性だ。

 尻餅をつき、軽く打った腰をさすりながら立ち上がろうとしている。


「あ、すみません。大丈夫ですか...?」


「あ、こちらこそごめんなさい~。全然大丈夫です。」


 俺が差し伸べた手を、おっとりとした返事を返しながら女性が取る。

 すると、やけに際立つ手の暖かさと同時に、背筋になにか悪寒のようなものが僅かに走った。

 助け起こされた女性はぺこりと頭を下げ、そそくさと自分の席へ戻っていった。


 妙な感覚に違和感を覚えながらも用を足し、俺も席に戻る。

 疲れも手伝ってのことか、俺はシートに身を沈めながらじわじわと眠くなってきた。

 目を閉じると、直に意識は闇に飲み込まれる。


 ...


 機内に鳴り響くアナウンスと、智歩が俺を揺り起こす感覚で目が覚めた。

 他の乗客は手荷物を棚から出したりして、降りる準備を始めている。


「...着いた?」


「うん。早く行こ。」


 軋む身体をシートからゆっくりと起こし、唸りながら上体を反らす。

 関節が鳴るパキパキという軽やかな音を聞き、自分がどれだけこうしていたかを痛感する。

 時刻は午前四時。

 俺達はようやく明朝のイタリア、ミラノに降り立った。


 荷物を受け取り空港を出ると、普段とは明らかに違う空気を全身で感じ取ることができた。

 鮮やかな緑と風が、凝り固まった心身にリフレッシュをもたらす。


「腹ごしらえでもしよう。知り合いのピッツェリアを開けさせてある、ここからなら丁度予定の5時位に着くだろ。」


 俺達は空港の端で寝こけていた運転手のタクシーを拾って、早めの朝食を取るべくドレイクの案内で店へ向かった。

 イタリア語で運転手となにやら話して、ドレイクはチップを支払う。

 朝早くに叩き起こしてしまった詫びと、運転を引き受けてくれた感謝の意味合いを込めたものらしい。


 そして道中、スリの危険性やギャングの存在についてもドレイクは俺達に教授する。

 麗は機内でずっと映画を見漁っていたらしく、着くまでの間は後部座席でぐっすり寝ていた。


「着いたぜ、ここだ。Ti ringrazioどうもありがとう!」


 イタリア語で運転手に挨拶を済ませ、荷物を持ったまま店へ入る。

 ドレイクに指し示されるまではその場所が全くわからなかったほど、周りの民家に溶け込んだ隠れ家的な佇まいを持つ店だった。


 分厚い木のドアを潜ると、やはり店は消灯されていた。

 ドレイクが奥に声をかけると照明が灯り、ブロンドの髪を後ろで結った女性が顔を出す。

 女性は意外にも、流暢な日本語で喋る。


「おはよう、よく来たね!適当に座ってて~、すぐ持っていくから。」


 俺達は厨房に最も近いテーブル席につき、キャリーバッグを横に滑らせた。

 そこへグラスに入った水が差し出され、再び女性は駆け足で厨房へ。


「アレなんスね、日本語イケる人なんスね?」


「まァ、ハーフだしな。顔立ちが外国の方に寄るパターンあるじゃん?」

「カルラはそーゆータイプなんだよね。なぁ、彼女美人だと思わないか?ウララ。」


「思う!思うに決まってるっしょ!」


 厨房、真剣な眼差しでピザ生地に具材を乗せている彼女の名は、カルラ・チェレスティーニ。

 ドレイクの大学の同期で、かつて不法なメカニックとして裏社会で荒稼ぎしていた頃にこの店の開業資金を、本人には内緒でこっそりと援助したことがあると語った。


 帰省した時は必ずここのシンプルなマルゲリータピザを食べに来るそうだ。

 やがて、香ばしい匂いと共に皿を二枚持ったカルラが戻ってくる。


 出てきたのはマルゲリータピザと、ペパロニがたっぷりと乗ったボリューミーなピザだ。


Grazieありがとう、カルラ。相変わらず美味そうだ。」

「いただこう。味は間違いないぜ。」


 勧められるままに一切れを持ち上げて口に運ぶと、溶けたチーズがCMなんかでよく見るような広告のように伸びた。

 フレッシュなトマトソースの酸味とバジルの爽やかな風味がさらに食欲をそそってくる。

 程よく焦げ目のついた耳もカリカリしていて、構成するあらゆる点がカルラの持つ腕をこちらに認めさせる。


 カルラは側の座席に座り、俺達がピザを食べる様子を、コーヒーを飲みながらただ微笑んで眺めていた。

 するとカルラが、ドレイクに深刻そうな面持ちで問いかける。


「その三人...ってワケではなさそうね...?」


「...ああ、同僚だよ。」

「今夜にはが始まる。」


「....危険な仕事なんでしょう?心配だわ...」


「そうだな。お前にも被害がいくかもしれん、戸締まりはしておけよ。」


 そうカルラに忠告するドレイクの声色はとても穏やかで、いつものざっくばらんとした調子は薄まっていた。

 心配そうな視線を投げ掛けるカルラの目を、ドレイクは見ないようにしているようだ。


 俺達も任務の危険性は理解している。

 だからわざと、思い残すことがないように。

 ピザを食べ終わり、ドレイクはテーブルにユーロ札の束を置くと、なにも言わずに俺達を連れて店をすぐに出ようとする。


 それを追いかけてきたカルラが声をかけようとした時、ドレイクが遮るように言う。


「...釣りはとっとけ、カルラ。」


「お金なんて...嬉しくない!取っておくから!また来てくれた時の為に...!」


 答えず背中を向けたまま、ドレイクはただ片手を挙げてその場を去る。

 あの振舞い、互いになにか思うところがあるのだろう。

 しかし俺も、普段からデリカシーを持ち合わせていない麗ですらなにも聞くことはなかった。

 それが野暮に他ならなかったことは嫌でもわかったからだ。


 俺達は無言のまま、宿泊地点兼拠点として利用する安宿に到着し、チェックイン。

 部屋に荷物を置き、ドレイクが例の仲買人ブローカーがいるという部屋に案内する。

 ドアを一定のリズムで5回ノックすると、男が出迎えてくれた。


 長い前髪を顔の右側に垂らした痩せた男で、顔立ちから日本人であるようだ。


「やあ、久しぶりだな、友よ。」

「入ってくれ。楽しい楽しいプレゼントのお披露目だ。」

「私は甲斐カイという。お連れの皆さんにも、お望みの品を用意したよ。」


 甲斐はニタニタと笑いながら、ベッドの上に置かれたいくつかのスーツケースとキャリーバッグのロックを次々と解除、蓋を開いていく。

 爆薬、暗視ゴーグル、通信装置など、中身は注文通り。


 問題は銃火器だ。

 一際厳重そうな施錠がされたケースを開いて、甲斐が詳細を説明しながら順に見せていく。


「まずはイタリア製のお二つ。いやぁ、仕入れが楽で助かったよ。」

「もし気を遣わせてしまったなら謝ろう。」


 ベレッタ 90-Two、そして同じくベレッタのPx4が指パッチンを交えながら俺と智歩に手渡される。

 集光材の照準器サイトはよかったが、銃身バレルが延長され銃口マズルにネジ切り加工がされている。


「....?おい、これは注文に...」


「いやなに、粋な計らいというやつさ。君達、潜入任務に向かうんだろう?」

「なら消音器サプレッサーはあって損はしない。装着できるようにカスタムしてあるよ。」


 そして甲斐は、黒く細長い筒のような形状をした消音器サプレッサーを渡した。

 まるで洋画に出てくる武器商人のようにニヒルで、飄々としたテンションで話している。


「先端に当てて時計回りにクルクルと。外す時は反対回り。それで簡単脱着だ。」


「勝手なことを...」


「心配には及ばない。我が友がその分はキッチリと支払ってくれるさ。ハハハ。」

「て、こっちは君のグロック。いつものナンバー17だよ。」


 噂通りの金の汚さ。もはや詐欺とも呼べる典型的な抱き合わせ商法に、自身の拳銃を受け取りながら肩をすくめるドレイク。

 そして、興奮気味の甲斐によって、麗の注文した大型リボルバーが取り出される。


 角張った銀色のステンレス製、黒字に赤いラインのコントラストが目に鮮やかなシボ加工のラバーグリップ。

 そして大きく「RAGING BULL」と刻まれた大型の銃身バレル


「"トーラス・レイジングブル"!.454カスール弾仕様。」

「圧倒的な威力だ。人間の頭に撃ったなら最後、ピンク色の霧しか残らないだろうさ!」

「白髪の君、ひょっとして象でも撃ち殺しに行くのかな?ほら、持ってみなよ。」


 手渡された麗は、感動のあまり口を大きく開けたままそのマッシブなボディを電灯にかざしたり、表面を指の腹で撫でたりしている。

 先程までの眠気にやられた怠そうな態度はどこへやら、奴は興奮の極地に達しているようだ。


「うぉお...!!コレだよコレ!こういうのが欲しかったんだ~ッ!」


「お気に召したようで何よりだ。」

「それじゃ、注文されたものは以上になるね。友よ、代金はいつもの口座に頼んだよ。」


「わかった。突然の依頼だったからな...多少上乗せしておくぜ。」


「いやいや、友達なんだからそんな...と言いたいところだが。」

「友の善意を無下にするわけにもいかないからね~。有り難く受け取らせてもらおう!」


 空になったケースを手早く畳み、すっかりご機嫌になった甲斐は紳士を気取ったように深々とお辞儀をして部屋を後にする俺達を見送った。


 装備は万全、拠点も確保した。

 後は、"オークション"が開催される夜を待つのみだ。

 上着に隠したホルスターに銃をセットし、俺は少し格好つけてその裾をはためかせる。


 映画のようだ。現実味がまるでない。

 未だ定まらぬ気分、斯くして、俺達の"任務"が本格的に動き始めた。

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