第二章「オークション」

第17話 作戦会議

 ────1日前、警視庁の廊下。


 警視庁公安部特殊事象対策課、課員。

 柴崎 宗太郎。



 揃わない歩幅の靴音を並べて、俺達は特事課の事務室へ向かう廊下をゆっくりと歩いていく。

 なぜゆっくり歩くのか。

 それはこれから待ち受ける嫌なことを先延ばしにする他にないことだ。


 隣で携帯ゲーム機の画面を食い入るように凝視しながらボタンを素早く操作しているバディの智歩を横目に、俺は溜め息と共に頭をかきむしった。


 今日召集がかかった理由は、とある作戦についてのブリーフィングがあるかららしい。

 作戦内容は、先立って調査していた刑事課の人間が得た情報を基にその時伝えるとのことだ。

 いつもの流れだ。いつも俺達は厄介すぎる後手に回らされる。


 刑事課の人間は、捜査中少しでもオカルトの臭いがしたらその時点までに得た情報をまとめて特事こちらに投げるんだ。

 これがもはやお決まりのやり方として定着してしまっている。


 怠惰な連中の黄金パターンである。

 なぜか引き抜かれちまった元鑑識の俺の心境など知ったことじゃないんだろう。

 まったく、堂々と人の休日を踏みにじれるその姿勢は称賛に値する。


 かなりの遠出をすることは事前に知らされていたので、既に数泊を想定した荷造りは完了している。

 単なる物見遊山では済まされないのはわかっているが、この手の任務の前はどうしても嫌になってしまう。


 ふと浮かんだ「過労死 なり方」の検索欲を抑えて、スマホごと希死念慮をポケットに突っ込み再び溜め息で吹き消す。


 それにしても、例の現場でぶった切られた二人の先輩は生きているんだろうか。

 水上さんはその内復活するとして、問題は冷水さんの精神状態だ。

 もしも近づくもの全てを攻撃するような、手のつけられないバーサーカーと化していれば病院が戦場に変わりかねないな。


 今回の任務は当然ながら二人とも不参加。

 冷水さんは、やはりというかなんというか、懲りもせず来たがっていたらしい。


 俺達はやがて事務室の扉の前へ到着した。

 智歩は家を出てからずっとゲームに集中しているので、俺が扉を開ける。


 既にメンツは揃っていた。

 参加メンバーは、俺と智歩、麗、ドレイク。

 ブリーフィングを執り行うのは橘課長だ。

 ホワイトボードの前に扇状に並べられたパイプ椅子に座って、思い思いの方法で俺達が来るまでの時間、暇を潰していたのだろう。


「おっ、これで全員だな。」

「二人とも座ってくれ。早いとこ始めよう。」


「...はい。」


 ブリーフィングが始まった。

 特事ウチは大抵の場合、数人の出動を要する大がかりな任務において事前に簡単なブリーフィングを行うことになっている。


 いつもはロケーション、装備の確認、事前情報の共有などを軽く済ませてすぐに解散するのだが、今回はどうも事情が違うようだ。


 少しのタメを置いて発表された行き先は、なんとイタリア。

 聞いたこともない名前の地方で開催される、セレブ御用達の怪しいオークションへの潜入もとい突入任務だった。


 旅行に訪れていた刑事が偶然発見したらしく、その刑事は郊外でなにか得体のしれないものの入ったコンテナを数人でビルへ搬入する様子を目撃、速攻で調査をこっちに流しやがった。


 しかし会場になっている地下ホールつきの高層ビルについては間取りを調べたそう。

 本格的な調査だけをこっちに投げるのもそれはそれで腹が立つが。

 違法なやり取りが行われている可能性も捨てきれない、放っておいても現地警察が踏み切るとは思う。


 話によると、大まかな作戦は決まっていた。

 まず俺と智歩が地下へ繋がる業務用の点検口から侵入、配電盤に爆薬をセット。

 会場上部のキャットウォークにて待機。


 同時に麗がオークション客のフリをして会場へ潜入、なにか目ぼしいものがないか取引現場を調査。

 そして回収が必要なオブジェクトを発見次第爆薬を発破、照明を全てダウンさせその暗闇に乗じてオブジェクトを奪取、という内容だった。

 もっとも、上手いこといけばの話だが。


 ドレイクは会場近くのホテルから、ドローンと音声通信を使用した指揮および偵察役。

 かねてから制作、改修を重ねてきた偵察用ドローン「蜂鳥コルブリス」の出番が来たとドレイクはニヤけていた。


 しかし、ハリウッド映画かのような華やかな作戦はまったく現実的ではなかった。

 警備の有無とその人数、言語の壁、装備の調達、エトセトラエトセトラ。

 見つかる度穴を挙げればキリがなかった。それを次々と指摘していくと、この作戦を徹夜してまで考えたという橘課長の顔が、みるみるうちに曇っていった。

 だが、ドレイクがそこへ挙手して割り込む。


「まぁ落ち着けよBoy。警備についてはオレが偵察すりゃいい。イタリア語も喋れる。」

「そして、オレのコネクションを侮ることなかれ、だぜ。」


 ドレイクは、取り出した携帯電話に表示された一枚の写真を見せる。

 夕日の沈む海をバックに肩を組んで、ドレイクと見知らぬ男が写っていた。


「コイツは俺の知り合いでな。銃をはじめとした兵器を専門に扱う仲買人ブローカーをやってる人間だ。」

「現在の拠点はイタリアだって聞いてるぜ。コイツに頼みゃ装備はなんとでもなるさ。」


「...そんな危なそうな人間、大丈夫なんですか。」


「大丈夫、昔からの仲さ。チョイと金に汚ェ奴だが、金さえ払えばロケットだろーが一晩でポンッと持ってくるって豪語してたもんだぜ。」


 橘はこれを喜んで受理、ドレイクはその男に連絡を取り始めた。

 すると、すぐに電話が繋がる。

 久しぶりの会話なのか話が弾むこと弾むこと。


 しばらく昔の日々を偲ぶ会話が続いたのち、よくやく本題に入ったようだ。

 友人なだけあり流石に話が早く、拠点として利用する予定のホテルにて落ち合い、そこで装備の受け渡しを行うことになった。


 話し終わったドレイクは電話を切り、メモ帳とペンを取り出しながらこちらに向き直る。


「銃の要望を受け付けるってよ。どうする?ある程度なら装備品もあると言ってる。」

「余程ムチャなカスタムを注文したり、骨董品みてぇな銃でない限りは問題ないらしい。」


 とりあえず、プラスチック爆薬、暗転後に使用するナイトビジョンゴーグル、無線機及びインカムを前提として、避けられないであろう交戦への備えは必要だ。

 どうせ使うなら慣れたモデルがいい。


「...俺はベレッタ 90-Twoを。智歩には同社、Px4を頼む。集光材入りの照準器サイトも両方につけておいてほしい。」


「了解だ。必要なモンと一緒にメール送っとくぜ。」


 しかし、ここまで珍しく至極真面目に話を聞いてきた麗の様子がおかしい。

 身体をあちこちに捻りながら、眉間にシワを寄せてうんうんと唸っている。


「どうしたよ。別に今すぐじゃなくても構わないんだぜ?」


「いやぁ~ちょっと名前が出てこないんだよねぇ...えーと、とりあえずデカイリボルバーあれば欲しい!銀色で、ゴッツイヤツ!」


「....お前潜入役だろ。んな取り回し悪そうなもん持って...」


「大丈夫大丈夫!どーせドンパチやることになるんだから、火力は必要っしょ?」


 自由に注文できるとはいえ、そんなものを持ち歩いては目立って仕方がないだろう。

 よりにもよって単騎の、しかも潜入役が。

 要望を聞いたドレイクは、隠匿に特化したホルスターをメモに書き加えていた。


「よし、ではブリーフィングを終了する。」

「出発は今夜の便だ。準備しておくように。では、解散!」


 普通の人間なら「もっと余裕を持って日程を決めればいい」と思うだろうが、残念ながら"特殊事象"は予想ができないもの。

 次回オークションの開催日が明日であることが判明したのもごく最近なのだろう、もはや慣れたもんだ。


 俺は一礼し、終始プレイ中のゲーム機を手放さなかった智歩を連れて事務室を出る。

 まだ身体が疲れているが、仮眠を取るのはやめておこう。

 どうせ移動の飛行機でたらふく寝られる。こんな些細なことを儲けものだと考えなきゃ、やってられないんだ。

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