第15話 切札

 しかし、俺の声が届くことはなかった。

 二人はそんなことも構わずに、俺にのしかかったままの液体金属にダメージを与えようと攻撃を続けている。


「おい...!?なにやってんだ逃げろって!!」


「イヤだッ!!」


 即座に否定される、命を賭した逃走勧告。

 そっちを逃がすことができなきゃ、俺は何のためにここにいるんだ。

 俺はただ戦うためじゃなく、誰かを守れて自分を知って、五体満足に人として生まれ変わるために力を得ようとしてきたのに。


「アタシはふわっちに助けられたんだから、今度はこっちが助ける番!!」


 なのになんで俺は不甲斐なく床にぶっ倒れたままで、こんなに自分を想ってくれる女の子一人助けることができないんだ?

 情けない。自分に、なによりそれを痛みで実感させてくる魔術師どもに腹が立つ。


 こんな鉄屑の寄せ集めの分際で、魔術だ異常存在だなんだって、ふざけるな。

 俺は、俺は。


「俺は...ッ、だァァアアア!!」


 自分の身体を包み込もうとする鉄の処女を掴み、無理矢理引き剥がそうと力を込める。

 例えコイツが動かなくてもいい。

 最悪俺が犠牲になっても、二人をここに留まらせる口実が消えるわけだ。


 もしも心が傷ついたなら、いくらでもあの世で頭を擦り付けて詫びてやる。

 もしも涙を流すなら、そのことごとくが枯れるまで拭い去ってやる。

 祟ってでも、後なんか追わせてやるものか。


「離し....やがれ...!!クソッタレがぁあ!!」


 形を変えた液体金属が新たなトゲを生み出し、掴みかかる俺の手を穿つ。

 だがこの激痛も、今の俺にはガソリンだ。

 喪うもののないクズの身勝手だ、命を奪われるまで、止まるつもりなんかない。


『コイツ、バカか!?人の力でこの檻を破れるワケねーだろ、串刺しにされたいのか!?』


「おぉぉァァアアアア!!」


 叫び、腕に全身の力を込める。

 やがて金属がひしゃげ始め、それに怯んだのか再び捕縛し直すために金属は一瞬、液体化を行った。


 その隙へ猛然と迫る二人の雄叫び。

 二人によって抱えられたテーブルの天板が、真正面から液体化した金属の塊にぶつかった。


 部屋中に液体金属が無数の粒となり飛び散り、それらが再集合する内に俺は拘束から逃れることができた。


「ふわっち!早く逃げようっ!!」


「...あぁ!」


 一階へ転がり落ちるように降り、玄関の扉から外へ飛び出そうとするが、異変に気づく。

 先程までは開けっぱなしになっていたはずの窓や扉が全て塞がれていた。


 不明瞭な視界の中目を凝らして見てみると、そこにはこちらに襲いかかっていたものと同じ、暗い銀色をした金属の板がびっしりと張られていた。

 それは隙間という隙間に入り込んで固まっており、外すことは叶わない。


『甘いんじゃないの...!?僕の"リキッド"は、とっくにこの家全体を覆ってる!!』

『硬化と軟化が自由自在の金属...僕の力を誰にも止めることはできないんだ!!』


『マジムカつく真似してくれるよねぇ...!決めた、オマエら全員家ごと押し潰すことにしたよ!!』


 その宣言の直後、家屋全体がミシミシと歪み始める音が響き始める。

 埃がパラパラと降り、天井や柱が徐々に叩き折られていく。

 もうどこにも逃げ場はない。


 照明が落下し無残に砕け散る。

 階層の垣根がみるみる取り払われていく。

 破壊の様相を顕し始めた家屋が崩れ去ろうとした、その時。


『うぎぃッ!?あっががっが....』


 電流が流れるようなバチバチという音と共に、もがき苦しむ声が聞こえた。

 同時に液体金属は動きを止め、扉や窓を塞いでいたものもドロドロに溶けて流れ落ちる。


 そこから、遮られていた光が射し込む。

 俺達は思わず目を細めるが、盛夏だけはどこか安堵した表情を浮かべていた。

 盛夏はウエストポーチから携帯電話を取り出し、こちらに見せる。


 表示されたその画面は、「お兄ちゃん」との通話中だった。


「間に合ったっぽいね...よかった。」


 しかしそれが誰なのかを確かめる暇などない。依然、力を加えられたこの家屋が崩れかけていることには変わりないのだから。

 俺達は脳の詰められた装置を回収して走り、速やかに外へ出る。


 すると、すぐに家屋は倒壊を始めた。

 あちこちに亀裂が走った屋根はバラバラに崩れていき、二度と立ち入ることのできない単なる残骸と化した。

 間一髪、危うく本当に潰されるところだった。


 そこへ、一人の男が現れる。


 半袖のシャツから露出する両腕に包帯をぐるぐる巻きにした細身の男で、長く伸びた後ろ髪を軽く括っている。


 覇気の感じられないくすんだ眼、黒々とした目の下の濃い隈。

 共通点を挙げればキリがなかった。

 一目見ただけで理解できる。

 この男が盛夏の「」であることが。


 そして最も目立つ点は、白目を剥いたまま気を失った小学生くらいの少年を肩に担いでいることだった。

 少年はその年齢に見合わない痛々しいパンクファッションをしており、髪には銀色のメッシュまで入っている。


「良かった、無事か。」


「...ダメ元で電話かけてみたんだけど、お兄ちゃんよくココ分かったね...?」


「そっちのスマホの位置情報を追ってきただけだ。2台持ちはこういう時に使えるな。」


 男はよれたTシャツと毛玉だらけのスウェットという格好で、靴も山に入るには向かないスカスカのサンダルだった。

 息切れはしていないようだがかなりの汗をかいており、グレーのシャツに染み込んでかなり目立っている。


「というか、ソイツは誰だ...?」


「あぁ、コレか。」


 男は、この少年が俺達に攻撃を仕掛けていた本体だと説明した。

 盛夏のいるこの家屋を発見したところで、木陰で液体金属の遠隔操作に夢中になっていたところを見つけ、背後から忍び寄り簡単に仕留められたらしい。


「首元にコイツを二、三発ブチ込んだ。しばらくは起きねぇだろうな。」


 取り出したスタンガンをバチバチと動かしながら、ぐいっと少年を担ぎ直した。


「あ。アンタは確か坂田さんとこの娘さん?」


「う、うん...久々に会ったね...」


「あぁ。」

「早くコイツを連れていこう。そっちに身柄を引き渡さないといけないんだ。」


 男は眉一つ動かさないままそう告げると、灼け始めた日が落ちる道を歩いていく。

 どちらにせよ、一度戻る必要があった。

 俺達は大人しく男についていく。


 その道中、男が俺に話しかける。


「お前、不破 睦月だろ?来て早々謹慎食らったっつー...噂はかねがね聞いてる。」


「....特事課ウチの関係者なのか?なんで俺のことを...」


「それは後で話す。」


 家に到着すると、既に坂田が待っていた。

 どうやらあの家屋に向かう途中で男が異変について既に伝えていたらしく、早々に話がまとまった。


 男と坂田は手早く少年を縛り上げ、課へ連絡を入れ脳入りの装置と共に本部へと護送する手筈を整える。

 見たところ、少年は一向に起きる様子がない。


「それにしても...妹思いね、レンは。そんなカッコのままで迎えに行くなんて。」


「家族の危機なんだぞ。駆けつけねぇでどうするんだ?」


「私、コールしただけなんだけどな...」


「かかってきたのに"もしもし"も無しに向こうからドタドタ聞こえたら行くだろ普通。」


 出された茶をすすりながら、当然のように蓮は答えた。

 事情を知らない人間がこの光景を見たなら間違いなく110番を呼ぶだろう。


 座布団の上に寝かされた雁字搦めの少年、誰のものかも知れない脳が収納された謎装置。

 それを取り囲んでなにやら物々しい内容を喋る人たち。

 俺はやっと慣れてきたところだが、やはり異様すぎる状況である。


「で、教えてもらおうか...蓮っていったか?アンタは特事課ウチとどういう関係があるんだ?」


「んあー...簡単に言うと、バイトみたいなもんだな。」


 俺はそのまま詳細な説明を浮ける。

 またもや初耳の情報だが、特殊事象対策課は日本国内にいくつかの支部を持つらしく、この宗谷 蓮は警視庁の抱える特事課の総本部HQ、その直属の非正規課員N-Rであるとのこと。


 俺を含めた正規課員そのものの数は支部全てを引っくるめても然程多くはないが、契約という形で所属する非正規課員N-Rは全国に五百人あまりの数が散らばっており、近隣地域で召集がかかった場合は課員によって人員確保のために同時に呼び出される場合がある。


 逆に非正規課員N-Rが異常物品などを発見した場合は担当の課員に連絡しなくてはならず、許可を得られない限りは絶対に個人で対処してはならないという暗黙のルールがあるが、今回の場合は特例として見逃されたようだ。


 なんでも蓮は非正規課員N-Rの中でもトップクラスの能力と実績を持っていて、正規雇用の話が何度か来ているが、何故か理由もなくそれらを全て断っているそう。


 本業は探偵で、元精神科医見習いという肩書きが災いしたのか自宅兼事務所はもはや町の相談所となっている、と盛夏は少し笑いながら話した。


 すると、部屋のチャイムが鳴らされる。

 どうやらウチの迎えがやってきたらしい。

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