第14話 探索者

 俺は、尊の後ろをただついていく。

 今のところはパトロールとは名ばかり。

 晴天の下、ただ商店街の中をゆっくりと歩いているだけだ。


 この辺りは非常にのどかな場所で、犯罪や異常存在の気配などはまったく感じられない。

 光が届かず薄暗い路地裏に時折目が行くものの、辺鄙へんぴな場所で健気に咲くタンポポや、雨風にさらされ錆びてしまった自転車などが見えるだけだ。


 ふと、前を歩いていた尊が立ち止まり、悩ましげな声を出しながら自身の腹をさする。


「んー....さっきのごたごたでお昼食べそびれちゃったんだよな~。ふわっちもう食べた?」


「昼は仲間と食ったな...どこか寄るならついてくぞ。」


「ほんと?じゃーアタシのお気に入り教えたげるよ!ふわっちも絶対好きになるからさ!」


 尊はすぐに笑顔になり、小走りで商店街の真ん中を進んでいく。

 それについていくと、たどり着いたのは昔ながらの肉屋だ。

 様々な惣菜も店頭で販売しているようで、揚げたての香ばしい香りが辺りに立ちこめている。


「ここのコロッケがおいしいんだ~...あっ!」


 しかしそれよりも先に尊は、店の前にあるベンチに座りながら紙に包まれたコロッケを食べている一人の少女に近づいていった。


 肩にかかるくらいのウルフカットが特徴的な小柄で華奢な体格をした少女で、目深に被ったキャップの陰から黒縁眼鏡越しのくすんだ瞳がこちらを見ている。

 その下には、黒々とこびりつくような隈が見て取れた。


「セイカちゃ~ん!待たせたでしょ?ごめんね、いろいろ立て込んじゃってー。」


「いいや、大丈夫...ところでそっちの人は?」


「あっ、ふわっちだよふわっち!」


 おい、あだ名だけ言ってもわからないだろう。

 コロッケをかじったまま目を細めて首を傾げているじゃないか。


「あー、俺は不破 睦月。尊の母さんの仕事仲間?で、訳あって今後パトロール手伝うことになった。」


「へー...宗谷盛夏ソウヤ セイカです。よろしくお願いします。」


 尊は店内へ走っていき、店主であろうエプロンをつけた男性と世間話をしている。

 コロッケの値切り交渉をしているが、あしらわれているようだ。


「えー...でいい?」


「なんでもいいですよ。」


「盛夏は尊と仲良いのか?」


「はい。友達です。」


「そうか...」


 どうにも会話が続かない。

 彼女が纏う、淡白で乾いたような雰囲気のせいなのか、近付き難いというか。

 うかつに踏み込んでしまったら、即座に深淵へ叩き落とされるかのような。


 尊と同年代だとは思うが、どこか大人びた落ち着きのあるトーンでぽつぽつと話す感じが、妙に噛み合わない。


「私、尊の自警団のメンバーなので。」


「あ、あぁ...どうなんだ?なんというか...活躍というかさ。」


「活躍...?特には。平和が一番、じゃないですか?」


「まぁ、確かに...」


 再び会話のラリーが途切れた。

 そこへ、両手に湯気立つコロッケを持った尊が嬉しそうに戻ってくる。

 この気まずさを解消する、救い。


「はい!ふわっちの分!」


「ありがとう...旨そうだな。」


「これ食べてパトロール行こっ!」


 俺は促されるままに一口頬張る。

 サクサクの衣に歯が通ると、揚げたての熱さに思わず肩が跳ねるが、確かに旨い。


 肉屋ならではの粗挽き肉の旨味と、それを引き立てるようにきめ細かく潰したじゃがいものねっとりとした食感が、どこか懐かしさを覚える味だ。


 ソースなどなくても十二分に、食材の旨味だけで味が成立している。

 むしろここに手を加えるのは無粋であるとさえ思ってしまう。

 俺は冷める間もなくあっという間にコロッケを食べ終わった。


「こいつは旨いな...」


「食べんの早っ!ハマってるみたいでなんか嬉しいな~。」


 商店街の肉屋の前、昼下がり。

 三人でコロッケを食するというあまりにも穏やかな状況に、思わず気が緩む。


 思い出せ。俺のやるべきことは自警団の警護、任務としてのテイがなくとも、緊張を欠くことは許されない。


 俺はコロッケを包んでいた紙袋を丸めてポケットに突っ込み、咳払いをしてシャツの襟を正した。

 尊も食べ終わったようで、飲み込むのを待たずなにやらもがもがと言いながら拳を掲げる。


「な、なんて?」


「.......ごくんッ。っうぅ、新生自警団!行くぞぉお!!」


「おぉ~!」


「お、おぉ....」


 尊の勇ましい掛け声と共に発ち、三人は商店街を行く。

 目的地は町から少し離れたところにある廃屋だそうで、噂ではどうやらそこに怪しい人影や、人ならぬの姿を目撃したという話もあるらしい。

 以前から目をつけていた場所だと尊は得意気に鼻を鳴らした。


 尊に先導されて、草木の生い茂る獣道を進んでいく。

 ルートは入り組んでこそいないものの、少々奥の方へ進んでいる。

 日の落ち具合によっては調査を切り上げて戻る必要がありそうだ。


 すると、奥の方に家が見えてくる。

 丸太を組んで作られたログハウスのような家屋で、壁には無数のツタが走り老朽化が著しい。

 ボロボロになった半開きの扉をくぐり、俺達は埃の積もった廃屋へと踏み込んだ。


 ギシギシと軋む床板の上を歩くと、風にあおられた埃が舞いむせ返る。

 居間だろうか、広い部屋の中心にはロングテーブルと散乱した椅子があった。


 すると、盛夏がテーブルの上を指の腹で撫で、それを息で吹いた。


「ホコリが薄いね。多分、近いうちに誰かがここにいたかも。」


 言われてみれば床板に比べ埃の堆積が薄く、あちこちに倒れている椅子に至ってはないに等しい。


「二人ともよくわかるなぁ!なんか探偵みたい!」


 一階、続いて二階を調べていったが、何者かの存在していたわずかな痕跡以外には目ぼしいものはなかった。

 クレヨンやミニカーなど、子供用の品が多数残されている点が印象的だったが、他に特筆するほどの点はない。


 大した成果が得られないまま俺達は梯子で繋がった屋根裏部屋へ向かった。

 妙に辺りが薄暗くなってきているのは気のせいだろうか。


 光がほとんど入らない、背中を曲げなくては通れないほど狭い屋根裏。

 転がっている虫の死骸や、隅にこびりついた蜘蛛の巣などを差し置いてまず視界に入るのは、奥に安置された謎の装置だった。


 用途のわからない複数のスイッチがついた基部には金属でできた円筒が真っ直ぐに立てられ、ぼんやりと光る液体で満たされた内部には人間の脳のようなものが浮いている。


「なに...あれ...!?」


「脳、だよね...」


「二人は下がれ。一旦俺が調べる。」


 俺は真っ先に前に出て、装置を調べるために近付く。

 見間違いかと思ったが、中にあるものは紛うことなき人間の脳だ。


 医学には詳しくないが、機能を維持したまま脳を摘出し保管するなど、相当の外科的技術がなければできない芸当だろう。

 なにか未知なるテクノロジーが絡んでいると見た。


 俺は携帯を取り出し、一時退避のため坂田にコールしようとしたその時。


 パキンッ。


「はァ...!?」


 突如、手の中のスマホが吹き飛ぶ。

 落下し光の消えた画面の中心には、なにかに撃ち抜かれたかのようにぽっかりと数センチほどの穴が空いていた。

 そして、高らかな哄笑がどこからか響き渡る。


『フフッハハハハ!!ギャハハハハ!!』

『お疲れ様だねぇ君達ィイ!!』

『それ僕が先に見つけたものだからさぁ、触らないでくれるかなあ!?』


 正気のタガが外れたような、やたらと上擦った幼い男児の声だ。

 その声はまるでスピーカーを通したかのように家屋全体に響き渡っていた。

 すると、屋根を構成する木板の隙間からなにかが滲み出し始める。


 サラサラとした液体のようなそれは、光沢のない銀色をしていた。

 溶けた金属のような物質が意思を持つかのようにうねりながら触腕を形作り、こちらに迫る。


『君達が誰だか知らないけど、少しは楽しませて欲しいなぁ!』

『ファッキン・マンデーの名の下に、ブッ潰れろぉおッ!!』


 一瞬のうちに勢いを増した銀色の洪水が天井を這い、そのまま押し潰さんと覆い被さる。

 液体かと思われたそれは俺に触れる瞬間には完全に固体化しており、重たい金属の塊となって倒れた俺に追撃を加える。


 そして屋根裏部屋の木板を突き破り、俺は二階の床へ強かに叩きつけられた。


「ぐぁあ...ッ!!クソがァ!!」


 俺の身体を掴んで離さないままの金属を力任せに殴り付けるが、その直前に再び液体化し、まるで攻撃が通らない。

 十中八九、の類い。

 しかし今は対抗策を持ち合わせていない。


 そこへ、降りてきた二人が液体金属へ向かって攻撃を仕掛ける。

 尊はバックからクロスボウを、盛夏は懐から取り出したスローイングナイフをそれぞれ放つ。


『バッカじゃね!?無駄に決まってるじゃんそんなの!!』


 しかし液体金属は悠々とそれらをキャッチ、咀嚼するように包み込み、数秒後にはグニャグニャに曲げられた矢とナイフが吐き出された。


『ほらほらぁ!そこの女子たちもっと頑張ってくれよぉ!!早くしないとコイツ、針串刺しの刑だよぉ!?』


 拘束されたままの俺を中心に、ガバッと翼のように広がった液体金属の内から無数に鋭いトゲが形成される。

 ハエトリグサの如く、このまま挟んで串刺しにするつもりだ。


『オマエは串刺し、女の子たちは蜂の巣がいいかなぁ~!?ねぇ、どっちがいい?』


 不揃いに伸びるトゲのうち長い一本が皮膚を突き破り、不快な異物感と共に激痛が走る。

 血が流れ落ち、顎が勝手に歯を食い縛る。


 死ぬのは然程怖くない。

 何故なら、

 だったら俺が今するべきことはただ一つ。

 己に課した運命、それに殉じなくてどうするってんだ。


 俺は力を振り絞って腹から叫んだ。


「──今すぐここから、逃げろ!!」

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