第13話 性能実験

『その刀を抜いて、待機していてくれ。』


「....はい。」


 柴崎は鞘から刀身を抜き放つと、そこに刻まれた不気味な紋様を回し見ている。

 すると、背後のタイルがもう一枚開き、なにやら見慣れない物が乗せられた台座が現れる。


 それはなにかの動物を複数掛け合わせたような姿を持った石の彫刻像で、牙が覗く開かれた大口がこちらを向いていた。


『それは数年前、スペインのとある寺院で回収されたオブジェクトだ。』

『侵入者の迎撃のために作られたオブジェクトのようでな。半径約20m以内に接近した生命体に炎の球を投射する。』


『炎は完全な無からなにか無形のエネルギーを利用して生み出されている、魔術的なモノだろう。』

『柴崎君。何歩か前へ進んでくれ。火球をその刀で受けてほしいんだ。』


「.....マジかよ....了解。」


 柴崎が鍔鳴りの止まない刀を晴眼に構え、ゆっくりと、一歩、一歩と前に進む。

 そして、四歩目を踏み出したところで、像の口内に炎が渦巻き始めた。


 それは数秒でバレーボール台のサイズを持つ火球となり、真っ直ぐこちらに発射された。

 柴崎は姿勢を低く落とし、身体を後ろに倒しながら刀身を火球に沿わせ、タイルの床で受け身を取る。


 火球は壁に衝突、爆竹のように小さく炸裂し黒々とした焦げ跡を残した。

 依然として刀は鍔鳴りを続けたままだ。


『...なるほど、ありがとう。下がってくれ。』

『早く離れないと次弾が来る。』


 既に次なる火球を生み出し始めている像を睨み付け、柴崎は手をついて後方へ跳び退き射程範囲外に出る。

 すると炎はすぐに収縮していき、像は再び沈静化した。


『私の得た情報を基にした見立てでは、その刀には魔術を無効化する力がある。』

『そしてその力を行使したことのある人間は、不破君。君だけだ。』

『柴崎君。その刀を彼に。』


 刀が手渡され、鍔鳴りが止む。

 あの時と同じだ。あの時も俺はこうやってコイツを黙らせてから、不可視の刃と半透明の障壁を消し去ったんだ。


『それでは、先程と同様に頼む。』


「...了解。」


 俺は前に出て、火球の飛来を待ち受ける。

 炎が渦巻き始め、刀のありとあらゆる紋様が青白い光を放ち始めた。


 刀を斜めに構え、火球が発射された瞬間、その接近に合わせて刀身を振るう。

 刃と火球が触れ合い、放射される光が最大限まで強くなった瞬間、火球は乾いたような音を立てて、した。


 その残骸が火の粉のように散り、俺の身体を避け背後へ流れていき、消え去る。

 あの男の推察は正解、納得したような唸り声をよそに、俺は火球を次々と弾いてみせる。


 効果は刀身に触れた魔術的なものの力を打ち消すこと。

 回数制限はないようで、使用におけるデメリットもゼロ。

 問題は、なぜか俺しか使用できる人間がいないこと、とマイクの裏で数人とコソコソと話し合いながら飯倉は結論付けた。


『面白い。これまでの活躍を鑑みて、この刀を君による個人での運用とするのも悪くない。』

『それについては評議会に持ち帰ってから、じっくりと検討させてもらうよ。』

『とりあえずは仮称とし、この刀を"心眼シンガン"と命名する。本日の実験は以上だ。』


『"心眼"はそこらの床にでも放置しておいてもらって構わん。後で担当の者が回収する。』


 通話を打ち切って、飯倉たちはぞろぞろと引き上げていった。

 必要となるモノを与え、調べ、結果が分かればあとはどうでもいい。

 まるで俺達は、実験動物かなにかみたいじゃないか。


 "心眼"を床に置くと、すぐにまた鍔がカタカタと鳴り始めた。

 どこか釈然としない気分を感じながら、俺達は実験場を出る。


 再び無機質な廊下を歩き進めていると、向こうから一人分の靴音が近づく。


 冷水だ。

 片腕の通されていないスーツの袖を揺らしながら、こちらにつかつかと歩いてくる。


 そして、柴崎に向かって高圧的な態度で声をかけた。


「ねえ、ソウ。評議会の連中はどこ?いるんでしょ?」


「....もう帰ったんじゃないですか?というか、なんの用が...」


 冷水は開いた瞳孔を柴崎に突き刺すように向けながら、パンプスの靴底を床に叩きつける。

 一瞬にして、張り詰めた空気が満ちる。


「見て分かんない?このハンデ埋めるオブジェクト探してんの。」


 スーツに隠れた、肩から切断された部分を軽く叩きながらこちらを睨み付ける。

 俺も柴崎もその尽きぬ闘争心に気圧され、かける言葉を見つけられずにいた。


 冷水は満足な答えが得られず、大きく溜め息をつき歩き始める。

 そして、すれ違い様に俺へ、強い憎悪を込めたようなドスの効いた声で囁いた。


「絶対、殺す。」


 そのまま靴音を響かせながら去っていく冷水。

 無機質な蛍光灯が照らす背中はどこか寂しく、落ち込んでいるように見えた。

 冷水が一つの部屋へ入っていくまで、俺はその姿から目を逸らせずにいた。


「.....不破、行くぞ。」


 柴崎の声に、引っ張られかけていた意識が戻ってくる。

 相槌を打ち、反対方向へ歩いていく。

 冷水と目を合わせた時からじっとりと、背筋に感じているこの気配はなんだろうか。


 後悔だろうか、憤懣だろうか。

 今はまだわからない。

 そろそろ二人の涙も枯れた頃だろう、俺は柴崎に車で乗せてもらい、についた。


 扉を開けると、尊が出迎えてくれる。

 フローリングの上を裸足で駆け、今にも泣きそうな顔をして。

 たった数時間ここを空けただけなのに、矢継ぎ早に繰り出される憂いの言葉が止まらない。


 だが、むしろ心配になるのはこっちの方だ。

 こんなに簡単に他人を信じていては、また石動のような人間につけこまれかねない。

 俺は気づけば、尊の頭を撫でていた。


 庇護感情ではない、と言えば嘘になる。

 俺は一度はこの子を護り、命を救った人間だ。

 ならばの言った通りに、もっと堂々としていようか。


 奥からその様子を見ていた坂田が、居間へ来るように俺達を促した。

 並んで椅子に座らせられ、あの後二人で話し合った内容を俺に伝え始める。


 それは、尊の今後行う自警団としての活動の制限についてだった。

 石動の一件を受けてその危険性を改めて認知、当面パトロールを禁止するとの方針で決定したらしく、それを俺に話している間尊は居たたまれなさそうに俯いていた。


 俺は途中でそれを遮り、テーブルに手をついて立ち上がる。


「俺が....俺がパトロールについていくんじゃあダメか!?」


 無意識の訴えかけだった。

 彼女なりの青春が、あんなことで奪われる様を指を咥えて見ているのが我慢ならなかった。

 親としての意見だとすればそれまでだ。


 だが、尊を事件に巻き込んだのは俺がこの家にいたからじゃないか。

 せめてその責任は取らなくてはいけないと思っただけなんだ。

 身勝手なことなのはわかっている。


 そして何より、俺には記憶がない。

 何をしてきたかも、何が出来るかもわからないような人殺しに、尊だって自分の正義に基づいた行動パトロールを邪魔されたくはないはずだ。


 俺は所詮、代わりの利く人間なんだ。

 特事課ここでは使えない猟犬は、死んだことにしてアッサリと棄てられる。


 俺はある程度動けることがわかっている。

 だからせめて最期には、彼女の盾ぐらいにはなれるはずなんだ。


 俺は、洪水のように溢れ出てくる思いの丈を全てぶつける。

 すると坂田はクスッと小さく笑い、俺の叫びを掌を出して制止した。


「合格だよ、不破くん。」

「こんなに熱い人間が、ウチにいるなんて思いもしなかったよ。」


「「じゃあ....!」」


「不破くんが同行するなら、自警団のパトロールを認めます。」

「...ただし、なにか特異な存在に出くわしたらすぐに逃げて、団員と尊を避難、私達に連絡、応援を受けること。」

「どこにその手の敵が潜んでるかわからないのは、特事課ウチの一員なら知ってるはずだよ。いいね?」


「...了解...!」


 尊は笑顔を弾けさせ、飛び跳ねて喜ぶ。

 そして自室に走っていったかと思うと、バッグと財布を手に戻ってきて、勢いをそのままに俺の手をぐいっと引いた。

 早速パトロールに出かけるらしい。


「早く帰ってくるんだよ~。」


 穏やかな笑みと言葉を背中に受けながら、俺達はパトロールへ乗り出した。

 柵の隙間から滲み出る、陽光のアーチをくぐりながら。

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