第12話 腹拵え
柴崎の運転する軽自動車の助手席に乗り、俺達は再び警視庁へと向かう。
開けた窓から流れ込む風が心地良い。
タバコなどはやらないのだろう、空気がどこかクリーンな感じがする。
すると柴崎は車を路肩に停めると、カーナビの進路を変更して、財布の中身を確認し始めた。
「...どうした?」
「いや、そろそろ昼だからメシにでもどっか寄ろうかと。」
「俺は問題ないけど...」
すると、トランクの方から突然ゴソゴソと物音が聞こえ、俺達は同時に肩をビクつかせる。
恐る恐る振り返ると、携帯ゲーム機をカチャカチャと操作しながら古木屋が顔を出していた。
「智歩...なんで乗ってるんだ。」
「.......わたしもご飯、食べたい。」
じとっとした期待の視線を、ゲーム機本体に口元を隠しながらこちらへ向ける古木屋。
柴崎はそれをしばし見つめ返しパタンと財布を閉じると、俺に小声で訊ねてくる。
「....なぁ。今いくら持ってる?」
「金使う気なかったし、財布がまずねぇんだけど。」
「マジかよ...悪い、コンビニにも寄るわ。」
柴崎は再び車を走らせ、苦い顔をしながらコンビニに入りATMを操作している。
それを古木屋は身体を左右に揺らしながら楽しみそうに眺めていた。
財布に金を補充し、向かったのは古めかしい昔ながらの喫茶店。
空いていた端の席に座ると、いの一番に古木屋がメニュー表のデザート欄を開く。
そして注文を取りに来たウエイトレスに、メニューの中でも最も大きな器のプレミアムパフェを指差して見せている。
その額も相応のものである。
「....あー、俺はアイスコーヒーとたまごサンドで。」
「鉄板焼きナポリタンと...コーラ。あ、あとアップルパイもいい?」
「....好きなの食えばいいよ。どうせ俺の奢りなんだし。」
テーブルの下で待ち遠しそうに足をバタつかせる古木屋を穏やかな眼差しで見る柴崎。
バディというか、むしろ子供と世話役の方が近いような関係性をしているように思える。
「ところで、呼び出しってなんなんだ?」
「解雇でもされんの?」
「いや、それはない。」
「お前みたいに監視される側の課員は、解雇じゃなくて殺処分が基本だ。」
真顔でサラッと恐ろしいことを言う。
俺は死ぬまで
だがもう選択の余地がないことはわかっているんだ。
志半ばで戦いに散るも、自らの真実を解き明かすも自由、むしろ本望だ。
「俺も内容は知らされてねーんだよ。俺はただの伝言役兼タクシー。」
「...ったく、折角の休みだってのにさ。」
「...悪かったよ。」
「お前が謝ることか?どちらにせよ呼び出しは食らってただろうぜ。」
そこへ、注文の品が運ばれてくる。
昨夜は少しのピザしか胃に入れていなかった上今日は朝食を欠いた。
柴崎には悪いが、たらふく食わせてもらおう。
古木屋がパフェスプーンを盛り付けられたアイスクリームに突っ込むのと同時に、俺もナポリタンを口に入れる。
しかし熱々の鉄板により温められた麺は、俺の口内を焼き払うには十分な熱を持っていた。
俺は無様に湯気を真上に吐き出しながらなんとか咀嚼し、それをコーラで流し込んだ。
「落ち着いて食えよ....集合まではまだ時間あるんだからよ。」
「いやぁ、腹減っててさ...」
「そりゃあ見ればわかる。坂田さんの手料理食わなかったのか?」
「石動の野郎が泊まるっつーから夕飯がピザ出前になった。」
ゆっくりとコーヒーを飲んでいた柴崎が、カップをソーサーに置いた。
「泊まる...?おい、ちょっとそれ詳しく。」
俺は石動についての一件を話した。
オブジェクトの収集と売り捌きや、尊を人質に取りこちらの所有する物品を要求したこと。
そしてその内に、論点は石動が故意に俺と坂田に接触してきたかどうかになった。
「俺は、奴はこっちの正体を知ってからオブジェクトを
「まぁ、そうだろうな。」
「もし
柴崎の述べる考察は、間違いなく今まで得てきた経験に基づいた確かなものだった。
だがところどころに倫理の鈍った、筋こそ通っているが手段を履き違えたような事柄が混じってくる。
もしこれが特事課の職業病というやつなら、俺はとっくに罹ってしまっているようだ。
「そういえば、聞いたか?」
「水上さんと冷水さんの意識が戻った。」
「そうか...」
「水上さんはしばらくは療養に専念するらしいが、冷水はすぐにでも復帰したがってる。」
「片腕、飛ばされてるのにな。」
またその話か、というのはおかしいか。
冷水のプライドをズタズタにし命をも惜しまない自暴自棄へと走らせたのは、正真正銘、俺であるからだ。
そして、話しているうちに古木屋はパフェを完食してしまった。
そこへデザートとして、遅れて俺の頼んでいたアップルパイが到着する。
まだスパゲティは残っている。
俺は何を言うでもなく、物欲しそうな視線を遮るようにアップルパイの皿を古木屋の前にスライドさせた。
彼女の口角がわずかにつり上がるのが見えた。
生地が砕かれるサクサクと小気味いい音を響かせながら、風味高い煮リンゴの香りが辺りに漂う。
「頼んどいてよかったわ。」
「...いや、どちらにせよ欲しがるぞ智歩は。」
「まだ食うのか。悪い、ちゃっちゃと食っちまうよ。」
ようやく勢いよく食べられる温度にまで冷ました麺を啜り込んでいく。
幅広に切られたピーマンの食感が良いアクセントになっている。
ここを行きつけにするのも、悪くないかもしれない。
かなり大盛りだったため、俺は食べ終わる頃にはすっかり満腹になっていた。
「よし、行くぞ。」
柴崎持ちで会計を済ませ、気だるげな午後の涼風と共に店を出た。
腹拵えを済ませた俺達は車に乗り込み、本題である警視庁へと向かう。
エントランスを抜けて、エレベーターを昇るかと思いきや柴崎が向かったのは、端の方にひっそりとある階段だった。
「通行止め」の札が引っかけられた鎖をくぐり、薄暗い階段を下っていく。
数階分を下ったところで、機械のように冷たい鉄の扉が出迎える。
それを開くと目の前には長い廊下が伸びていて、左右に複数のドアがあった。
「...この奥だ。そう聞かされてた。」
奥にあるスライド式の扉。
壁に設置されたマイクのスイッチを入れ、そこに向かって柴崎が話す。
「柴崎です。不破を連れてきました。」
その声に応えるように、扉が開かれる。
白一色のタイルが敷き詰められた、かなりの広さを持つ正方形の空間に出た。
まるでなにかの実験場のような、言い知れない重圧を感じる。
上方の壁はガラス張りになっていて、逆光で顔の隠れた人間が十人あまりこちらを見下ろしていた。
すると、起動されたスピーカーから低い男性の声が響く。
『諸君、よく来てくれた。』
『私はオブジェクト管理統括部長の
『久しぶり。柴崎君。』
「...お久しぶりです。」
「不破、あれは上層評議会のメンバーだ。言葉には気を付けろ。」
飯倉に軽く頭を下げた柴崎が俺に耳打ちする。
オブジェクト管理統括部なんてものがあるとは、聞かされていなかった。
さらには"上層評議会"ときた。
なにやらきな臭い連中が、この課を動かしているようだ。
『早速だが君達には、ちょっとした実験に参加してもらう。』
『おい、例のものを。』
壁のタイルが一枚開き中から台座がせり出す。
そこには、布に覆われた刀が置かれていた。
『柴崎君。それを取りたまえ。』
「....俺ですか。わかりました。」
柴崎はその言葉に従い、布を取り払って刀を手にする。
まだ記憶に新しい、カタカタと喚くような鍔の鳴る音色。
それは俺があの時魔術師をバリアごと真っ二つにした、謎の刀だった。
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