第9話 オカルティック・ハンター!

 尊が先導し、夕焼けが満ちていく路地を走る。流れ散った汗がアスファルトに迸る。

 まるで部活帰り、青春の一コマかのような爽やかさを持つ光景だが、向かう先にはそれとは正反対のものが待っていた。


 植木の隙間にかけられた錆びた柵を飛び越えて、墓地の奥へと進んでいく。

 立ち並ぶ墓石、少し進んだところで尊は立ち止まり身を屈める。


「....いた。アレ見える?」


 その視線の先にある林の中で、異様な姿をした人型のバケモノが大量にひしめいていた。


 犬のように尖った鼻と鋭い牙、鉤爪。

 光を拒むようにくすんだような灰色をしている不愉快なゴム質の肌。

 所々をカビに覆われた身体から絞り出されるように発される奇妙な声が、辺りに木霊していた。


「不破くん、まだ動けるよね。」


「...なんとか。」


 どうやら、殲滅するつもりらしい。坂田は指の関節を鳴らし、一歩先へ踏み込む。

 しかしその瞬間、地を揺らし駆けるエンジンの音が背後より轟く。

 立ち上る土埃を背に罰当たりにも墓地を疾走するのは、フルフェイスヘルメットを被ったライダーの駆る一台の大型バイクだった。


 後ろには大きなキャリーバッグがくくりつけられている。

 バイクは一切の淀みなく、真正面から化け物の群れへウィリーしながら突っ込んでいく。

 そして車体を傾け、ドリフトをかまし車体ごと化け物にぶつけた。


 呻き声を漏らしながら数匹が吹き飛ぶが、お構い無しにUターン、残った者へもう一度強烈な体当たりを見舞った。


 生き残った一匹と向かい合い、バイクを下りたライダーはヘルメットを脱いでハンドルに引っかける。

 素顔を見せたのは、狐のような切れ長の目をした男だ。


 風に揺れる茶髪を翻した男はこちらに気づき、ニカッと笑ってウインクをした。

 そして両ポケットからバタフライナイフを取り出すと、器用に両手でクルクルと回し化け物の元へゆっくりと近づいていく。


 怒り狂い叫び、鉤爪を振りかざす化け物。

 それを男は素早い身のこなしでかわしたと思うと、瞬時に背後に回り逆さに持った二つの刃を後ろ手に化け物の首へあてがった。


 そして、交差させた刃を勢いよく引き、化け物は首を掻っ切られる。

 ドロッとした黒ずんだ血液が噴水のように溢れ出し、男は服に付いた血を鬱陶しそうに拭おうと擦っている。


 すると男は、今し方打ち倒した化け物の身に付けていたぼろを漁り始めた。

 目ぼしいものがなかったのか舌打ちをすると、人当たりの良さそうな笑みを見せながらこちらへ歩いてくる。


 呆気に取られたままの俺達に、落ち着かせるような手振りをしながら。


「あぁあぁ、すんませんねぇ。お見苦しいモン見せてもうて。」

「お怪我ありませんかァ?」


「大丈夫だけど....君は?同業者?」


「こりゃ失礼。ワタクシこういうモンです。」


 差し出した二枚の名刺には「オカルティック★ハンター 石動勇士イスルギ ユウジ」と書かれていた。


「「オカルティック、ハンター...?」」


「そう!世界を股にかけ、飽くなきオカルトへの探求を続ける戦士ッ!それがオカル...」


 ポーズをキメながら声高らかに口上を述べるが、石動の雷鳴のような腹の虫の音が横槍を入れる。

 小っ恥ずかしそうに顔を背けながら咳払いをしたかと思えば、石動は突然頭を下げた。


「....白状すると俺、一昨日からマトモなモン食ってへんねん!ホテル泊まる金もないし!」

「助けた相手にこんなん言うのもアレやけど、一晩だけ泊めてくれへんやろか!?」


 さっきまでのクールな勇姿が見る影もない。

 一転した超低姿勢。


 細身の飄々とした出で立ちとコテコテの関西弁が、いきなり憐れみの種に変わる。


「...アンタ、お腹減ってるの?」


「お恥ずかしい話そうやねん!公園の水道とパンの耳で飢えを凌ぐんももう限界...!後生や、この通り!」


「うーん。色々聞きたいこともあるし、とりあえずウチ来なよ。」


「ホンマか!?恩に着るでぇ....!!」


 坂田の言葉に頬を綻ばせ、上げた顔が一気に明るくなる石動。

 安堵の感情が表にこれでもかと出ている。

 石動は胸を撫で下ろし、小走りでバイクのところへ戻りそれを押しながら戻ってくる。


「俺だけ乗ってくんも図々しいやろ?押して着いていきますわ!」


「そう...?少し歩くけど大丈夫?」


「そりゃあもう、人の優しさ噛み締めて元気百倍ってなもんですわ~。」


 どこか掴みにくい奴だが、素性を聞き出さないことには信用できない。

 名刺で自称していた、オカルティックハンターという言葉も気になっている。


 夏の夕暮れ、夜の闇が勢力を増してくる。

 鳴き続ける蝉の声を耳にしながら、俺達は帰路についた。


 玄関のドアを開けるなり、石動は部屋の中をキョロキョロと見回し始める。


「はぁ~、良い部屋住んでまんなぁ。」

「俺もこんなところに住みたいわぁ。」


 そしてぺらぺらと世辞を捲し立てながら、バイクに積んでいたキャリーバッグを床に置く。


「不破くん、石動さんと今夜だけ相部屋になるけど大丈夫?」


「....ああ、俺は別に。」


「そんな警戒せんでもかまへんよ?別に襲ったりとかせぇへんて!」


 冗談を飛ばしながら、まるで自分の家かのようにどかっと椅子に座る石動。

 そこへ、坂田がピザ屋のチラシを持ってくる。


「もう遅いし、今日は出前取るからね。好きなの選んでいいよ~。」


「「わーい!」」


 チラシをワイワイと囲み、あちこちを指差しながら子供のようにはしゃぐ尊と石動の二人。

 石動の人懐っこい態度のせいか、早々に打ち解けたらしい。


「俺なんにしよかな!おっ、クワトロフォルマッジあるやん!これにしよ~。」

「俺、生地はクリスピー派やねんな~。」


「アタシもクリスピー好き!あれうまいよね~!」


「おぉ、話がわかるやないか!せや、これとこれ、食べ比べせえへん?同じよーに見えるやんこんなん!」


「いいじゃん!楽しそー!」


 ピザの好みで盛り上がる二人を、俺は少し離れた場所で眺めていた。

 どうもこびりついた猜疑心が拭えない。


「兄さんはなんにしますのん?」


「あぁ?あー....適当に選んどいて。」


「ほな、この辛そーなヤツにしたろ...コッソリハラペーニョ増量....!」


「....はぁ。まぁいいや...」


「みんな決まったね?注文しちゃうよ~。」


 チラシを回収し、聞いた通りの注文を済ませていく坂田。

 ここで俺は、気になっていた点に踏み込むことにした。


「....アンタ、オカルティックハンターとか言ってたな。」


「そうやで~。カッコええ響きだと思いませんか?」


「響きはいいとして....アンタ普段どんなことやってんだ...?」


「ほな説明させてもらいますわ。」


 石動の話によると、奴は世界を転々と旅しながら、俺達特事課の呼ぶところの「オブジェクト」を収集しているらしい。


 しかし収集するだけではなく、メインはその販売だという。

 古物商や研究家、果ては宗教団体や裏社会の人間にまで、手広く売り捌いて生計を立てているそうだ。


 乗っていたあのバイクもオブジェクトであるようで、燃料切れを起こさない代物。

 足として使わせてもらっていると、自慢気に話している。


 だがここ最近は収益が少なく、貯蓄していた金も底を尽きたため、藁にも縋る思いで俺達に声をかけた、と。


 本人は「キャッチ&リリース」だの、「ちょいワルアウトロー」だのと抜かしているが、こちらに言わせれば単なる異常物品を振り撒く面倒な存在だ。


 そして、注文を済ませ、遠目にここまでの話を聞いていた坂田がついに切り出した。


「...実は私達ね、警察なの。」


「ほぇ?警察!?」


「俺もだ。」


「アタシは違ーう。」


「オカルトとか、そういう非現実的な事件や物を取り扱う部署でさ。君の集めてるものは、私達の確保対象になってるわけ。」


「ほ、ほな、この場で全部没収ってなワケでっか!?」


「まぁー...気の毒だけどそうなっちゃうね。」


 石動は肩を落とし、大きく落胆する。

 持ち歩いているキャリーバッグにも、日用品の他に収集した品の一部が入っているらしい。


「そんな殺生な...!?コレが唯一の収入源やねん、どーにかなりませんか!?」


「ちょっと難しいかな...」

「ホントは捕まっちゃうけど、上に掛け合えば、君を特事課ウチに招き入れる形で助けることが出来るよ。」

「安定した給料も出るし、どうかな。」


 石動は涙ぐみ鼻をすすりながら、ぶんぶんと首を縦に振っている。

 コロコロと喜んだり泣いたり、表情筋の忙しい奴だ。


「明日うちの課長に声をかけるから、今持ってるものは預からせてもらうよ。」


「んー....しゃーない!これも未来と国の平和の為や!全部まるっと任せますわ!」

「そうや!あねさんって呼んでもかまへんか!?」


「ふふっ、いいよ。好きに呼びな。」


「姐さぁ~ん!ホンマおおきにな~!」


 石動は大袈裟に坂田の手を取り握手する。

 尊もそれに乗っかり、坂田に抱き着いたり、石動とハイタッチしたりしていた。


 そこに、インターホンの音が飛び込む。

 注文したピザが到着したらしい。


「俺が出る。」


「落とさんといてや~。」


「......」


「無視もせんといて~!?」


「...わかったっつーの。」


 ピザを受け取り、坂田に渡された代金を支払って居間に運ぶ。

 即興のピザの歌(?)を歌いながら、尊と石動が小躍りしながら待っていた。


「....ほら。」


「待ちかねたで~!ほら座って、兄さんも食べましょうや!」


 ふと、俺は自身の衣服のベタつきに気づく。

 化け物の対処に向かってたら、シャワーを浴び損ねたんだった。


「先食っといていいよ。俺は汗流してくる。」

「坂田、シャワー借りてもいいか。」


「どうぞ~。シャンプーは右のボトルね。」


「了解。」


 俺は着替えを脇に抱えて、開催されたピザパーティーを尻目に一人シャワー室へ向かった。

 しかし、石動は憎めない奴だが、なにか裏がありそうな予感がする。


 オカルトが絡むあまり、疑念を持ちすぎなのかもしれない。

 キンキンのシャワーでも浴びて、頭を冷やすことにしよう。

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