第7話 初めまして
午前9時。
差し込む陽光と全身を襲う筋肉痛に起こされ、目が覚める。
肩を回しながらベッドから下り、カーテンを開けると、そこには見慣れない人物がいた。
金髪のドレッドヘアーを後ろでまとめ、黒縁メガネのレンズを拭いてはかけ、拭いてはかけとやっている男。
男はこちらに気づくと、気さくに声をかけてくる。
「Yo,good morning...ってわけにはいかねぇか。」
「....アンタは?」
「ドレイク・マクレイン。シミズのバディだ。顔合わせ行けなくて悪かったなァ。徹夜で作業してたせいで寝坊しちまってよ。」
ドレイクと名乗った男は、頭を掻きながら手際よくコーヒーマシンを操作し始める。
「タチバナに聞いたぜ。魔術師をバリアフィールドごとぶった斬ったんだって?スゲーな!」
「ホラ、カフェインで頭起こしときな。」
出来上がったコーヒーが差し出される。
向かいに座りしばらくしてから下を向き、落ち込んだ様子で大きく息を吐き出すドレイク。
「ハァ....オレの
俺は、あの時魔術師の少女が踏み潰していた機械のようなもののことを思い出した。
そういえば橘はアレを「ドレイクのドローン」だと言っていた。
「あんた、アレの持ち主かよ...?」
「そーだよ!!畜生...なにも粉々にしなくてもいいと思わねぇか!?」
「ま、まぁ落ち着いて...」
「悪いな...昨夜から腹の虫がおさまらねぇんだよ....あぁ....最高傑作だったのに...」
「あー、オレ、お前を送るために来たんだったわ....それ飲んだら行こうや。」
「わかった...」
よほど手のかかったものだったのだろうか。
俺は残骸しか見ていないからさっぱりだ。
それにしても、こんなに文化的な朝を迎えたのは久しぶりだ。
いつもは無機質に囲まれた狭い部屋で寝起きして、食って寝てを繰り返していただけだったから。
身体に流し込まれるコーヒーの熱と眩しい陽を浴び、脳が覚醒していくのを感じる。
喉にわずかに残る心地よい苦味をそのままに、俺は空になった紙コップをゴミ箱に投げ込んだ。
「よし、じゃあ行くか。」
事務所を出て、ドレイクについて廊下を歩く。
あまりここまで出向くことが少ないのか、刑事たちの反応はどこか新鮮なものだった。
駐車場に到着、ドレイクの愛車は横に並ぶ車の中でも一際目立つ大型のジープだった。
「乗れよ。車冷やしといたから。」
俺は、エアコンの効いた涼しい社内へ乗り込む。
あまり整頓されておらず、ファストフード店のテイクアウト紙袋や空き箱が詰め込まれたゴミ箱が目立つ。
そして、開きっぱなしのグローブボックスの中には財布や携帯電話の他に、角ばった拳銃がその姿を覗かせていた。
俺達は駐車場を出発する。
マンションの住所はここから少し離れた街で、あまり時間をかけずに到着することが出来そうだ。
ふと俺は、これから会うらしいバディのことが気になった。そういえば、人となりまでは橘から聞いていなかった。
「...ドレイクさん。俺のバディって、どんな人なんだ?」
「あぁ、オレあんまり会ったことねぇんだよ。普段は遠隔操作ドローンで援護するのがオレの仕事だからさ。」
「とりあえず、優しそうな人だったぜ?」
「....そっかぁ。」
そんな話をしているうちに、メモにあったマンションの住所までたどり着いた。車を下りて、番号にあった部屋まで向かう。
付き添ってきたドレイクがインターホンを鳴らすが、誰も出ない。
「アレ?まだ帰ってねェのかな?」
首をかしげるドレイク。
そこへおずおずと近づいてくる足音があった。
「あの....ドレイクさん?」
話しかけてきたのは、買い物袋を手にした長身の若い女性だった。黒い
十中八九、話にあった相手だろう。
「あーどうも久しぶり。ほら、この人だぜ。」
「それじゃあな。俺は
俺を女性に引き渡し、ドレイクは足早に去ってしまった。共通の人物がいなくなった時特有の、気まずい沈黙が流れている。
「あぁ、えっと...」
「不破 睦月くんだよね?橘課長から話は聞いてるよ~。」
「カギ開けるから、ちょっと待っててね~。」
ついどもってしまう俺に、女性は穏やかな口調と笑顔で話してくれた。
こう言ってはなんだが、曲者揃いの特事課。
もっと隠れ家的な場所を想定していたが、こんな普通のマンションに住んでいるとは。
「....お邪魔します。」
「は~い、どうぞ~。」
中へ入っても、やはりこれといって目につくものはなく、普通の部屋だ。
女性は買い物袋を手にキッチンへ小走りで向かい、中身を手早く冷蔵庫に仕舞っている。
「適当に座ってていいよ~。今お茶出すからね。」
「あぁ、お構いなく...」
お言葉に甘え、テーブルの前に置かれた座椅子に座る。
辺りを見れば見るほどに、特事課の課員の部屋であることが信じられなくなってくる。
そこに、カップに注がれた緑茶が差し出された。
「ありがとうございます。」
「タメ口で大丈夫大丈夫。私達、バディなんだから。」
向かい側の椅子に女性が座り、ようやく特事課員としての会話が始まる。
「謹慎食らっちゃったんだって?まだ初日なのに、気の毒だねー....」
「あれは、俺の勝手な判断がマズかった。」
「不破くんは謙虚だねー。オブジェクトの特性を明かすどころか、魔術師を倒しちゃったんでしょ。」
「大手柄じゃん!もっと誇っていいんだよ?」
「.....そういうもんなのかな。」
「あ、そういえば自己紹介まだだったね。私は坂田。
「あぁ、よろしく....」
「....うーん、やっぱ会ったばっかだしまだカタいね!....よいしょっ、と。」
坂田は突然立ち上がり、うんうんと唸りながらストレッチを始めた。
先程まで着ていた上着に隠れていたが、よく見てみればかなり筋肉がついている。
少しめくれたシャツの奥に見えた腹筋も、綺麗に溝を作り割れていた。
無駄を徹底的に削ぎ落とした、アスリートの肉体といったような感じだ。
「ふふふ~、そんなにまじまじ見てもなにも出ないよ~?」
「不破くん、格闘技とかできるの?」
「いや、わからない....」
拳銃と刀はそこそこ扱えることがこれまでの戦いでわかっているが、素手での近接格闘はまだ未知数だ。
俺の脳内に、一抹の不安がよぎった。
「あ~、不破くん、記憶喪失なんだっけ。」
「なにが出来たかも思い出せない感じ?」
「そう、まさにそんな感じだが...」
「じゃ、近くの公園行こっか~。」
「えっ、なにを....」
「互いに打ち解けるには、一緒に運動するのが一番でしょ?」
「記憶が呼び起こされるかもだし、軽くスパーリングしてみよっ!」
「......」
初めて受けるタイプの誘い。
「はい」とも「いいえ」とも言えないまま、俺は坂田に手を引かれる。
相当テンションが上がっているのか、坂田は俺の言葉を聞き入れようとしない。
やるしかないのか。仲間との対戦にいい思い出はないんだが。
そんな意志を伝える暇もなく、俺は坂田に引っ張られるまま公園までたどり着いてしまった。
砂地の上で向かい合い、鼻歌交じりに軽快なストレッチをする坂田。どうやらあっちは準備万端のようだ。
こちらも一応、関節をほぐす程度に身体を動かしておく。
屈む度に、膝がパキパキと鳴った。
「準備はいいかな?」
「....いつでも。」
「負けたと思ったら、降参って言うんだよ~。それじゃ、行くよ!!」
坂田は地面を抉らんばかりの勢いで蹴り、俺は一瞬で距離を詰められる。
続いて、激しい連打が叩き込まれる。
その瞬発力が裏付けとなる、隙を全く見せないマシンガンのような打撃が襲う。
動きこそ見えないことはないが、その体格から繰り出されるリーチが半端じゃない。防御するだけで精一杯だ。
そして、疲弊した俺のガードが下がったところへ迫る回し蹴り。
凄まじい速度だ。ギリギリのところで上体を反らして回避するが、顎に靴先が擦る。
危うく皮膚を持っていかれるかと思った。
擦ったところが摩擦によって熱を帯びるのがわかった。
「今のを避けるのか~、やるじゃん?」
「そいつは...どうもッ!!」
今度はこっちの番だ。
ワンツーと蹴り、ステップを織り交ぜた、見よう見まねの打撃。
坂田はそれを余裕綽々といった様子でいなしていく。
「筋は良いね...けど。」
大振りのフックをかわされ、がら空きになった俺の脚を狙った足払いがヒット。
「───まだまだだね...!」
何とか片目を開けるも、容赦のない踵落としが顔面めがけて降ってくる。食らったら間違いなくお陀仏だ。受けても不味い。運が良くてもヒビは必至。
咄嗟に身体を捻って地面を転がり、すぐに立ち上がって体勢を立て直す。
踵が突き刺さったところには、小さなクレーターができていた。
「アンタ...容赦なさすぎだろ....!」
「これでも手加減してる方なんだよ?」
「おいで、新入りくん。」
手をクイックイッと動かし、坂田はこちらを挑発する。ようやく俺は冷水の言うことが理解できた。これが、敗者の気持ちなんだ。
素早く接近し、ストレートを叩き込む。
しかしカウンター気味に差し込まれた膝蹴りに、焦りと緊張で頭が鈍っていた俺は反応できなかった。
鳩尾にメリメリと膝が食い込んでいき、喉の奥から酸っぱいものが込み上げてくるのを必死で抑える。
情けなく呻き声を上げ、咳き込みながら後退りし、膝から崩れ落ちる。
「まだやる?」
「.....参り、ました...ッ」
完全なる敗北だった。
そのまま大の字に倒れ込み、快晴の夏空を見上げる。
俺は、手痛い大敗を喫したことによる悔しさと同時に、謎の高揚感を覚えていた。
「ちょっとやりすぎたかな...?待ってて、何か飲み物買ってくるから!」
近くにあった自販機へ向かう坂田の足音が遠ざかっていく。
身体を起こし、改めて受けたその強さに全身が打ち震える。
俺は、地面に脚を伸ばし座り込んだまま、どうにかあの強さを得られないかと必死に頭の中で考えていた。
ようやく俺が、自らの力の上にあぐらをかいていたことに気づかされた。
これからの一週間、俺のやることは決まったようだ。
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