第5話 魔術師

 物陰から飛び出し、笑い声のしていた方向へ銃口を向ける。

 その先にいたのは、白いレースのあしらわれた洋服を着た、一人の少女だった。


 しかしその服はおびただしい鮮血で汚され、それは無邪気に笑う頬も同様だ。

 両手を広げ踊るようにくるくると回りながら、この場の血生臭さにそぐわない可憐さを振り撒いている。


 顔に見覚えはない。

 目撃証言の情報とも全く一致しない。


「何者だ。これはお前がやったのか。」

「答えろ。従わなければ発砲する。」


 そんな俺の言葉にも応じず、少女は血の海の上を軽やかに駆け回る。

 今度は対峙した状態、俺は再びスリーカウントを開始した。


「用意しろ、麗。」


「あいよ。」


「3。」

「....2。」

「....1...。」


「撃て。」


 俺達は、容赦なく一人の少女に対し弾丸を浴びせた。

 この部署が死神と呼ばれるのは、任務とあればどんな相手であろうと邪魔をすれば殺す、この残虐性にあるんだと常々感じる。


 しかしその弾丸が少女へ届くことはなかった。

 少女の周辺に、球状のバリアのようなものが展開されている。

 薄ピンク色をした、表面だけが緩く流動的に波打つ、ガラスに似たようなものだった。


「マジかよ...!?こいつ、いくつ魔術使いやがるんだ?」


 弾丸はほんの少し食い込みこそしたがポロポロと外れていき、呆気なく落下してしまった。

 だが着弾点にはわずかにヒビが入っている。

 どうやら、完全無敵の防御、というわけではなさそうだ。


「麗、合図するまで身を隠せ。」


「えっ、ちょっセンパイ!?」


 麗の驚きをよそに俺は走り出す。

 遮蔽物を利用し、飛んでくる不可視の斬撃を防ぎながら奴の後ろへ回り込むように移動、バリアに向けて連続して弾丸を撃ち込んだ。


 不敵な笑みを浮かべながら少女はこちらへ向き直る。


 ここで、弾痕の位置を確かめる。

 ヒビは俺が走った軌跡に沿って、弧を描いて撃ち込まれていた。

 バリアが少女の向いた方向に付随して回転する説は、ここで消えることになる。


 銃弾でヒビが入るレベルなのだ、このバリアにも攻撃を加え続ければいつかは耐久力の限界が来るはず。

 俺は銃のセレクターをフルオートに切り替え、ありったけの弾丸を一点に集中させ叩き込む。


 ヒビが瞬く間に広がると同時に、俺は叫ぶ。


「麗ァ!!!!」


 俺はジャケットの内ポケットから新たな弾倉を取り出し、再び走り始める。


「俺がヒビを入れた場所に撃ちながら、こいつの周りをひたすら走るんだ!!」


「りょっ、了解!!」


 俺達は少女の周辺をグルグルと走り回る。

 一周、また一周と重ねながら、ヒビを入れた一点に交互に弾丸を撃ち込み続ける。


 そして遮蔽を利用したフェイントを挟みつつ、攻撃を回避。

 常に動き回っている相手には、流石の魔術も攻めあぐねているようだ。


 やがて表面の一部が欠けた時、俺は再びフルオート連射をバリアに見舞う。

 軽快な破砕音と同時に、拳大ほどの穴が空く。


「今だ!!」


 麗の射撃を信じ、攻撃を食らう覚悟でその場で身を屈める。

 追い付いてきた麗が、止めの引き金を引いた。弾丸は真っ直ぐ飛翔し、空いた穴の中心へ確かに、

 もっとも、奴が血を流していない点を除けば、正確な射撃だった。


 バリアが、縮小していた。ちょうど空けた穴の大きさまでに。小さな円いプレート状に縮小したバリアが、麗の弾丸を受け止めてしまった。

 早計だった。見上げる。

 したり顔の奴と目が合う。

その時にはもう既に、遅かった。


「───センパイッ!!」


 俺の身体が、掬い上げられるように斜め下から切り裂かれる。

 脇腹から肩口にかけて、見えない刃が残酷に這い抜けていった。

 生暖かいものが噴き出、耐え難い激痛で視界が揺らぎ明滅する。両断されないだけまだ幸運だった。

 吹き飛び倒れる俺の身体を、攻撃も警戒せずに抱き上げる麗。


「センパイ!センパイ、しっかり!!」


「逃げ...ろ....俺を、置いていけ....」


「出来るわけないっしょ!!あいつを殺れなくても、センパイは連れて帰んだ...!」


 即答だ。こいつはいつも俺の話を聞かなかった。緊張感の欠片もない。

 無茶ばかりして、俺を振り回してきた最悪のバディだった。


「世話んなってんだから、いっぺんくらいセンパイ孝行させてくれよ....!」


 でもなにもこんな時にまで、最期の気遣いまで無視してくれなくたっていいじゃないか。


 風を切る音。

 こちらを確実に仕留めるため束ねた凶刃を空中で遊ばせる少女。

 そんなことも構わずに、俺を肩に抱えたまま逃げおおせると考えているバカな仲間。


 こんなところで二人ともども犬死に。

 それだけは、絶対に避けなくては。

 だが、笑い声と共に徐々に大きくなっていく風音が迫る。


 しかしその風音には、低いモーターの音が混じっていた。


 突如、少女がけたたましい悲鳴を上げ、クウを伝播した電流が眩く瞬く。

 少女の背中に突き刺さっていたのは、細長いワイヤーに繋がった電極だった。


 その先に滞空しているのは。

 そのスピーカーから響く声は。



『Hey!!待たせたな諸君ッ!!このドレイク・マクレイン、満を持して参上!!』



 特事課メンバーにして、冷水のバディであるメカニック、ドレイク・マクレイン。

 その最高傑作である、空陸両用・戦術偵察四翼ドローン。

羽蟻フォルミーカ』だった。


 バリアを畳み無防備になったところへ、ショックワイヤーを撃ち込んだのだ。

 電圧を法に触れる威力まで増幅した致死性のテーザーガン。まともに食らえば一撃で昏倒するはずだ。


 しかし少女は唸り声を上げ醜く垂涎しつつも、刺さったワイヤーを引き抜いた。

 動きは著しく鈍っているが、あれだけの電流を受けていながら気を失っていない。


『Shit!野郎、どうやら興奮剤かなにかやってるようだぜ!テーザーガンが効かねえ!』


 そのまま少女は力任せにワイヤーを掴んで、羽蟻フォルミーカを左右に振り回す。


「おうおうこいつはとんだお転婆だぜ!これならどうだァ!」


 羽蟻フォルミーカは空中で翼を折り畳み、タイヤを展開し陸上形態に変形する。

 そして慣性の赴くままに地面を走り回りながら、二発目のテーザーをお見舞いした。


『時間は稼ぐ!お二人はさっさと隠れな!』


 電流を受けてうぎっと呻きながら、尚も少女はワイヤーに手を伸ばす。

 その腕は激しく痙攣しており、かなり力を削がれているようだ。


 奴が羽蟻フォルミーカに夢中になっているうちに、麗は俺の肩を担ぎ出入り口の扉から抜け出すことに成功する。

 二人して、壁にもたれた背中からずるずると座り込む。


 麗はすかさず携帯電話を取り出して、橘さんに繋ぐ。


「もしもし、橘さん!?」

「電話出れなくてスミマセンッス!今ちょっとヤバくて...!」


『大丈夫、もう着く!!』


 遠くに見える道を、セダンが砂利を跳ね上げながら猛スピードで走ってくる。橘の車だ。


 冷水と不破も乗っている。

 無事だったようだ、思わず笑みがこぼれる。


 二人とも弾はほとんど撃ち尽くした。後は三人に任せよう。

 近づいてくるエンジン音、ドリフトするタイヤの唸りを聴きながら、俺の意識は暗転した。

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