第2話 特殊事象対策課

「行くぞォ、睦月。」


 橘が膝に手をついてゆっくりと椅子から立ち上がり、部屋を出る。

 それと同時に俺も刑務官に連れられ、後をついていこうとする。

 しかし橘は意外なことに刑務官の同行を制止した。


「コイツはもうウチの課員だ。あんたらは仕事戻んな。」


「......いいんすか。六人も手にかけた、人殺しですよ、俺。」


「あぁん?ウダウダ言ってねェで来い。また独房ブチ込むぞ?」


「.....はァい」


 溜め息の混じった低い返事をして、俺達は拘置所の廊下を歩く。

 新たな門出を祝福するかのように、点々と見える窓の外には青が差し込んでいた。

人殺しから、人殺しになっただけだ。嫌味も大概にして欲しい。


 橘は道中、とある一室に寄った。

 押収品が保管されている場所だそうで、しばらくの間俺は廊下で待っていた。

 ここで逃げ出したらどうなるだろう、と、ふと考えた。逃げようと思えば簡単に逃げられる。だが、不思議とそんな気は起きなかった。


 せっかく得た自身の居場所を失うのが怖かった。覚えのない殺人で拘束され、わけのわからない組織にぶちこまれそうになっているというのに妙な安心感があった。

 窓枠の隅に固まったホコリをボーッと眺めていると、橘が何やら細長い袋を手にして出てきた。背負い紐までついている。


「なんですか、それ。」


「お前が持ってた刀だ。なにやら危なっかしそうなブツなんで、ウチで預かる。」

「...聞こえるか?」


 橘が近づけた袋に耳を澄ますと、内からカタカタと激しい鍔鳴りが絶えず聞こえてくる。

 まるで闘いを求めて戦慄いているかのようだ。


「お前が握ってる時はこんなことはなかったらしいんだけどな。保管され始めてから三日と経たず、これだ。」

「.....ちょっと持ってみろ。」


 促されるままに俺が袋越しに柄を握ると、鍔鳴りはピタリと止んだ。

 同時に、手にがっしりと食い付くような、昔からこれを振るってきたかのような、馴染みのような感覚があった。


「おー、どうやら持ち主はお前で合ってるらしいなァ。面白ェ。」

「着くまで持っとけ。カタカタやかましいんでちょうどいい。」


「.....わかりました。」


 刀を受け取り、俺達は拘置所を出た。

 先程まで空を覆っていた雲は切り裂かれたように消え失せ、強い日差しが肌を刺す。

 橘は、出てすぐのところに停めてあったセダン車のキーを解除し、ドアを開ける。


「乗れよ。ウチの課に案内する。」

「ちィと中が煙草臭ェかもだが、勘弁な。」


 乗り込むと、年期の入ったシートが軋む。

 言われた通り、確かに煙草臭い。

 引き出し式の灰皿には吸い殻がギッシリと詰まっている。


「.....相当吸うんすね?」


「まァな。一つのエネルギー源だ。」

「あ、吸ってもイイ?煙イヤなら控えるが。」


「どうぞ。俺、煙草の匂い好きなので。」


「.....そっか。サンキュ。」


 ジッポライターが小気味いい金属音を立て、火のついた煙草はチリチリと燃え始めた。

 吐き出される紫煙が車内を満たしていき、同時に車はこの場を発つ。

 頭に引っ掻けていたサングラスをかけ、全開にした窓に肘を置きながら飛ばし気味に運転する橘。

 正直なところ、話すようなことはなかった。


 親しげではあるが、初対面は初対面。

 ましてや雇われている立場、さらに俺は記憶喪失だ。


「着いたぞ。」


 灰皿の上で燃え尽き立ち上る煙とその声に、そんな無為な思考は途切れた。

 やはりと言えばそうだが、到着したのは警視庁だった。

 すっかり大人しくなった刀を背負い、橘と中へ入る。

 エレベーターを昇り、廊下を進む。

 そんな俺達に、すれ違う刑事たちは訝しげに後ろ指を指している。


『死神部署に新入りかよ』

『今度はガキか、見境ねぇな』

『アレ刀か?物騒だねー』


 そんな言葉をいきなり投げ掛けられる。

 そして、今になって少し後悔した。

 俺は、こんなに疎まれるような所に来てしまったのか。


「.....あの。」


「気にすんなよ。いつものことだ。」

「俺達は憎まれ役が似合いなのさ。」


 橘は気にも留めていないようだった。

 涼しい顔をしたまま、廊下を歩き、並ぶデスクの間を通り抜け、突き当たりを曲がり、また廊下を進む。


「すまんな、アクセス超悪ィだろ。ウチにあてがわれたのが端っこしかなくってな。」

「まったく、性格の悪い連中だぜ。コワイもんから護ってやるってんだから、もっと俺たちを敬って欲しいね。」


 そう自嘲っぽく笑いながら、橘は特事課特殊事象対策課のプレートがかかった扉の前で立ち止まった。


「ココだ。皆待ちわびただろうぜ。」


 扉を開き、中へ入る。

 想像よりも広い空間には課員とおぼしき人間が何人かいて、仰々しく両手を広げながら入った橘に一斉にそれらの視線が集まる。


「おはよう諸君!新入り、連れてきたぜ。」


 思わず俺は軽く頭を下げる。

 そこにいた課員たちは一目でわかるほど、とてもとはかけ離れた雰囲気を持っていた。


 顔の半分が爛れたスーツの男。

 穴の空いた紙袋を被った痩せた男。

 やたらと目つきの悪い眼鏡の男。


 ニヒルなニタニタ笑いをこちらに見せる女。

 光を跳ね返す白髪をなびかせる若い男。

 こちらを一瞥したきり携帯ゲームから目を離さない子供。


「あー、変なヤツらだろ、ビビるわそりゃ。」


「それ、俺も含めてます?」


 眼鏡の男が自らを指差し言う。

 この中では一番マトモそうな見た目だ。


「なーに除外しようとしてんの、実はアンタが一番変でしょ!」


「なっ、冷水シミズさん!新入りに余計な印象つくんでやめてもらえます!?」


「あーあー喧嘩すんな馬鹿共!続きは後でやれ、まずは自己紹介だ。」


 橘が、唐突にいがみ合い始めた眼鏡と女を諌め、背中を小突かれた俺は名乗る。


「不破 睦月です。これから世話んなります...よろしく。」


「ハイ拍手~。」


 まばらな拍手が響く。単に興味を持たれていないだけなのか。ただ、奇異の眼差しを向けられていることは確かだ。

 どうやら、歓迎はされていないらしい。


「それじゃあ、一人ずつ自己紹介しろ!あと、わかりやすく課員として出来ることも添えてな。」


 クラス替え明け、新学期一日目のようなイベントが始まった。

 無言の押し付け合いを経て、咳払いと共に最初に名乗ったのは、顔の爛れた男だった。


水上ミズカミ 省吾ショウゴ。拳銃による射撃が主だ。よろしく頼む、不破君。この顔は...」


「トレードマークっしょ?センパイ。」


 白髪の男が横から割り込み、茶々を入れる。

 水上は鬱陶しそうに、ヘラヘラと笑っている白髪の顔を押し退けた。


「うるさい。お前も名乗れ。」


「ヘイヘイ~。ウララ 慧羅ケイラ、俺も拳銃使いだぜ!水上センパイのバディやってるんで、ソコんとこヨロシク!」


 と、懐からリボルバー拳銃を取り出し自慢げに見せてくるが、水上に押さえられてしまう。


「仕舞え馬鹿。次は、冷水か?」


「なんであたしなのよ。まぁいいけど。」

冷水シミズ 美月ミヅキ。刃物、あと射撃。ヨロシク。」


「随分適当な挨拶だねぇ。冷水君。」


「うるさい紙袋!アンタも名乗りなさいよ!」


 小言を挟んだ紙袋を被った男が立ち上がり、丁寧にお辞儀をしながら名乗る。


木知屋コチヤ ロク。主に調査担当をしているよ。あとは、多少の射撃だろうか。不得手なものでね、胸を張って得意とは言えないのだ。」

「橘君のバディだ。どうぞ宜しく。」

「次は、ソウ君。名乗りたまえ。」


 次にパスが行ったのは、こっそりと身を隠そうとしていた眼鏡の男。


「.....あー、柴崎シバザキ 宗太郎ソウタロウ。射撃、あとケガの処置とか一通りいけます。」

「元鑑識です。前に何故か引き抜かれました。よろしく。」


 そして、居たたまれなさそうに柴崎は、カチャカチャとゲーム機で遊ぶ少女をつつく。

 露骨に面倒臭そうなしかめっ面を見せながら、少女はポツリと名乗った。


「......古木屋フルキヤ 智歩チホ。ばくだん。」


「....彼女は、特殊工作員として一役買っているよ。爆弾を作るのが得意なんだ。」


 木知屋がそう補足説明し、古木屋は再び画面に視線を戻した。

 すると、橘が不思議そうに部屋全体をキョロキョロと見渡し始める。


「アレ、ドレイクはどうした?」


「また寝坊したんじゃないの?あたし知らないけど。」


 ドレイクという名の人物の所在を問う橘に、冷水は腕を組んだままぶっきらぼうに答える。


「マジかよ。バディなんだから起こし行け。」


「イヤよ!この間部屋覗こうとしたらめっっっちゃくちゃ怒られたんだからね!」

「機械オタクも大概にしろってーの。」


「そういえば、不破君は何が得意なんだ?」


 こちらに向き直った水上は、突然俺に質問を投げる。得意分野?そんなこと、俺が一番知りたい。何かあるとすれば、得体の知れない刀が自分に懐いたということだろうか。

 俺が言葉に詰まっていると、橘は俺の肩を叩き、全員に声をかける。


「よっしゃ!じゃあ確かめてみっか!」

「全員、屋上に集合ッ!!」


 唐突に意図の読めない提案が叩きつけられる。乗り気な者が半分、怠そうな者が半分。

 俺達は、橘に連れられて屋上へ向かった。

 また、来た道を戻らなければいけないと考えると、俺まで怠くなってきてしまった。

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