最強の乳酸菌セールスレディ、自慢の商品で異世界を平和にする!

秋雨千尋

最強ニュートンで世界平和!

 私は乳酸菌ドリンクを詰め込んだ五キロの肩掛けバッグを持ち、相棒のペガサス『シロ』に乗って桃色の空へと飛び立つ。

 人々を苦しめる魔王を倒しにいくのだ。

 雲の合間を飛んでいるドラゴンに挨拶をしていたら、少女の甲高い悲鳴が聞こえた。


「大変、魔物に追われている!」


 私はシロに頼んで急降下し、長い三つ編みを揺らしながら走る耳の長い少女の前に降り立った。

 怯える彼女に五センチ程のドリンクを差し出す。


「飲んでみて」


 彼女はいぶかしげに私の全身を眺める。牛柄の帽子、シュシュでまとめた髪。黒いスカーフ。牛柄のシャツ。黒いズボンからスニーカーまで。

 そうして『怪しいけど背後から迫る魔物よりマシ』と判断されたのか、彼女は受け取ってくれた。


 我が社の大人気商品。ニュートンを!



「ヒヒヒ……オイツイタゾ」


 ニタニタとよだれを垂らしながら近寄ってきた魔物は、三つ編みを逆立てた少女にぶん殴られた。

 意味が分からずキョトンとしている。


「力が湧いてくる。はあああ!」


 少女は拳を光らせてボコスカ殴りまくる。右、左、右、左、まるで古のゲームの無敵コマンドだ。

 アッパーでトドメを刺した少女に拍手を送る。


「お見事。ねえ、魔王はあの山にいるのかしら」


「ハアハア、そうだけど、とっても強くて怖いのよ。お姉さんが殺されてしまったら……」


 目を潤ませる彼女の頭をなでながら微笑む。

 私はこの世界の人間ではない。

 高校卒業後、株式会社ニュートンのセールスレディになった私は、意気揚々とスクーターを走らせていた。


「ニュートンの社訓は、乳酸菌で一トンの幸せ!」


 と口ずさんでいたところ、背後から暴走トラックに跳ね飛ばされてしまったのだ。

 目を覚ました場所は見たことのない場所。

 魔王から力を与えられたモンスターがはびこり、大勢の人が泣いている世界。


 私の使命は、ここを平和にすること!


 幸いにも商品バッグには不思議な魔法がかかっていて、一日中冷えたままだし、一晩寝れば中身が完全復活するのです。

 この秘密兵器を手に、ニュートンで仲間にしたペガサスと共に魔王討伐に向かう事にしたのだった。


 少女に別れを告げて暗雲たちこめる山に入った。

 魔王城は分かりやすく、てっぺんにドーンと位置している。


「なんだこの女は!」


 魔物たちは慌てながら私に牙を剥いたが、シロが蹴散らしてくれるので全然平気だ。

 ズンズン進んで玉座まで辿り着いた。

 予想と違い、魔王は顔色は悪いものの若いイケメンだ。


「こんにちは! わたくしニュートンの牛尾潮うしおうしおと申します!」


「珍妙な小娘が余に何用か」


「魔物を暴れさせるのを、やめてください。みんな悲しんでいます」


「フン。なぜ貴様の言うことを聞かねばならぬのだ」


「わたくしには魔物の皆さんを幸せにすることが出来ます!」


「なんだと?」


「どなたか体調不良の方はいませんか?」


 玉座に集まった百単位の魔物たちは顔を見合わせてザワザワしてから、代表として一つ目の魔物が前に出た。


「実は最近よく見えなくて」


「そんなアナタに、ブルーベリーヨーグルト!」


「な、なんだこの美味さは! 見える。見えるぞ。世界がクリアだ」


 魔物たちのざわめきは更に上がっていく。

 まとめて三体がやってきた。


「お肌がカッサカサになってしまい……」

「野菜200%ジュース!」


「筋肉がうまくつかなくて」

「豆乳!」


「すぐキレてしまうんだ」

「お茶!」


 次から次へと健康にしていくのが心地いい。

 黒酢や飲むタイプのヨーグルト、青汁にラーメンまで全てのラインナップをプレゼンした。

 あまりの賑わいに放っておけなくなったらしい。魔王もにじり寄って来た。


「いかに貴様といえど、救えぬものはある」


「魔王様は何にお悩みですか」


「妻だ」


「はい?」


「余は力が有り余っておる。迂闊に触れば誰でも壊してしまう。故に千年独り身だ」


「その憂さ晴らしとして、魔物を暴れさせていたわけですね」


「異国の魔術師でも、壊れぬ妻は出せぬであろう」


「私が貴方と添い遂げましょう」 


「な、なにを!?」


「ニュートンのセールスレディは全ての商品を試し、特性を把握します。今からパワーアップしますので、お待ちください」


 私は秘密の組み合わせで自社製品を体に取り込んだ。全身にエネルギーが満ちる。


「さあ、かかっていらして」


 ギャラリーがザワザワと騒ぐ中、決闘が始まる。

 解説は主にスライム達だ。


「魔王様の魔法攻撃を全部弾き飛ばしている!」

「殴っても蹴っても効かないぞ!」

「ああ、女の子が魔王様の胸ぐらを掴んで、投げ飛ばしたあああ!」


 横たわる魔王の近くに寄り、手を引いて立たせた。

 彼の手がそっと頬に伸びてくる。

 全然大丈夫。今の私は核爆弾でも殺せない。


「なんと強く美しい存在なのか。結婚してくれ」


「お仕事を続けても良いのなら」


「もちろんだ。君は働いている姿が一番素敵だ」


 魔物たちから歓声が上がった。

 ニュートンレディは主婦がメイン。働く女性の味方のお仕事だ。



 魔物達は健康になり、異世界に平和が訪れた。

 それでも争いや災害は起こり、怪我や病気は無くならない。だから今日も私はシロに乗って世界中を駆け回る。

 全ての生物を健康にするまで。


「こんにちは、あなたの人生を変える一本です!」



 終わり。

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