第25話

「簡単に言えばそうなるな」

カツユキは師匠から教わった事をトモリに教える事にした。

「モンスターを倒すって言うのは必要不可欠な仕事だが誰にでも出来る事じゃあない」

「……まあね」

トモリもそれには納得した。

冒険者でもない普通の人にはモンスターの駆除なんて無理だ。

人海戦術を使えば何とかなるだろうが、そんなのは誰でも嫌だ。

「だからモンスターを倒す冒険者って言うのは皆の為になる仕事なんだ」

「うん、あたしもそう思ったから冒険者になったわけだし……」

トモリもそれを言われたら反論できなかった。

ここで反論するとブーメランが戻って来るからだ。

「皆のためになるけど誰もやりたがらない冒険者が多くの金をもらう」

トモリにはカツユキの言わんとする事が分かって来た。

カツユキは『皆の為になる事をしてお金をもらうのは普通の事だ』と言いたいのだ。

それはどんな仕事でも適用されるべき事だ。

「それは当たり前の事だ」

「……そう……だね?」

トモリも語尾疑問形になりながらうなずいた。

彼女は元々『困ってる人からお金をとるなんておかしい』と主張していた。

つまり、お金を稼ぐ事にどこかうしろめたさを感じているのだ。

「そして、今回トモリは多くの人の命を救った」

カツユキは説明を続けた。

この話は本来『トモリから五千両を受け取らない理由』を説明していた。

だから、そこへ結び付けようとしているのだ。

「自分の命の投げ出して」

カツユキはトモリが自分の身を顧みずに観光客を助けた事を実は尊敬していた。

彼が知るほとんどの冒険者は屈強な戦士のくせに案外臆病だ。

勝てる相手としか戦おうとしない悪い意味で『リアリスト』たちだ。

カツユキの仲間のリキヤだってシゲルに立ち向かおうとはしなかった。

「だから、お前が金をもらうのは当たり前なんだ」

「……でも、それじゃあカツユキの妹さんが」

「妹の事なら大丈夫だ」

「どうして?」

「俺の五千があるからだ」


「……カツユキはそれで良いの?」

トモリはそこまで聞いてカツユキに尋ねた。

カツユキが手持ちの五千両を実家に入れれば彼の取り分はほとんどなくなる。

結局、トモリ一人が金持ちになるだけだった。

「言いも悪いもそのために金を稼いでるんだからな」

しかし、カツユキはさも当然のようにそう答えた。

「……そっか」

そこまで言われては、トモリは何も言えなかった。

最初からカツユキは自分が金持ちになろうなんて考えていない。

カツユキは最初から家族のために死を覚悟しているのだ。

「……そんな顔するな」

湯に映る月を眺めているトモリにカツユキが優しく声をかけた。

「そっちからじゃ何も見えないでしょ?」

「見えなくてもわかる」

カツユキの言う通り、トモリの顔は沈んでいた。

釈然としないと言う表情だった。

「どうせ『あたしだけお金持ちになって良いのかな?』って考えてんだろ?」

「そんな事ないもん!」

「……ほぅ」

トモリは否定したがカツユキの言ったとおりの事を考えていた。

彼女は自分だけが金を掴む事に罪悪感に似たものを感じていた。

カツユキはそんな事もお見通しだった。

「カツユキの方こそ『お金は社会に貢献した人が得るべきだ』とか言ってたくせに!」

トモリは図星をさされて怒り出した。

そして何より、カツユキがお金を手に出来ない事に腹が立った。

「結局、全部家族にあげちゃうんじゃん!」

「当たり前だ『家族』だからな。支えあうのは当然だ」

しかし、当のカツユキは平然としていた。

カツユキにとって大切なのは『家族』だから何に怒っているのか分からなかった。

「当然……かぁ」

「どうした?」

「あのさぁ……もし、あたしがカツユキの……」

「俺の?」

「……か……ぞく……だったら……」


「何だって?良く聞こえなかったぞ?」

「何でもない!バカっ!!」

トモリはプリプリと怒りながら風呂から出てしまった。

「何なんだ?一体」

カツユキはトモリがなぜ怒ったのかもわからないまま、しばらく途方に暮れていた。

もちろん、トモリが何を言ったのかも分からないままだった。


「……」

「……」

カツユキとトモリは温泉から出た後、食事を摂っていた。

トモリは食事中、一切何も言おうとしない。

気まずい沈黙が二人の間に流れていた。

「(何をそんなに怒ってんだ?トモリのヤツ)」

カツユキはトモリが黙り込んでいる理由を色々と考えていた。

だが、粗暴な男のカツユキにトモリの複雑な気持ちが分かるわけが無かった。

モンスターの生態に詳しい彼でも、女性の心は読めないのだ。

「……」

「……」

トモリはカツユキの方を見ようとはせず、ひたすらお膳の上の料理を口に運んだ。

お膳の上には刺身や吸い物、焼き物が乗りどれもとてもおいしそうに見えた。

だが、カツユキにはそんな会席料理を楽しむ余裕はどこにもなかった。

「(何か話を切り出した方が良いのか?それとも黙ってるべきか?)」

カツユキは黙々と食事をするトモリが気になって料理の味なんて感じられなかった。

こんなに味に集中できないのは彼が母親に叱られながら食事をした時以来だ。

あの時は、年始を祝うための豪華な料理が出ていた。

「……おいしいね」

「え?あ、そうだな」

カツユキは目の前のトモリが突然話を振ってきたから驚いて変な声が出てしまった。

カツユキは『自分から話しかけないといけない』と思い込んでいた。

だからトモリの側から沈黙を破った事があまりにも意外だったのだ。

「カツユキはこれからどうするつもりなの?」

「『これから』って何の事だ?」

「報酬を受け取った後の事に決まってるでしょ?」

トモリはカツユキを見ないまま話を続けた。


「ああ、何だその話か」

カツユキは食事が終わった後の話かと思っていた。

トモリが風呂で言った事を気にしていたから、それにばかり気を取られていた。

今後の事なんて頭から抜け落ちていた。

「そうだな、とりあえず次の仕事を探すさ」

「冒険者を続けるって事?」

「五千両も稼いだんだから、後は安全な仕事でも良いかもしれない」

「……それじゃあ」

それを聞いて、トモリの表情が少し曇った。

トモリはなんだかんだ言いながら、カツユキの事が気に入っていた。

そのカツユキとの仕事がこれで終わりになるかと思ったのだ。

「そんな風に思った事もあった」

「え?」

しかし、カツユキの話は終わっていなかった。

「だが、そうやって平穏な日常を送っていたら次第に物足りなくなるんだ」

カツユキはかつて冒険者から足を洗おうとした事があったのだ。

「『何かが違う』とか『こうじゃあない』って思いが積もっていくんだ」

しかし、そんな平穏な日常はカツユキが求めるものではなかった。

「そんなとき思うんだ。『やっぱり俺には冒険者しかない』って」

「……」

トモリは何となく思い当たる節があったからカツユキの話を黙って聞いていた。

彼女もかつて『平和的な方法』で奉仕活動をしていた時があった。

しかし、トモリにはそんなやり方は生ぬるく感じられた。

「最初は金稼ぎのためだけに冒険者をやってた」

カツユキは昔を懐かしむようにして話した。

がむしゃらに金だけを追い求めてモンスターと戦った日々が思い出された。

「けど、死線をくぐって行くうちにあの緊張感が身体に染み付いちまったんだ」

カツユキは次第にお金以外のものを仕事に求めるようになって行った。

仕事に『刺激』を求める。

それも一つのやりがいなのかもしれない。

「それに……」

「それに?」

カツユキは目の前の『お人好しのバカ』に出会って少し変わっていた。

「……お前じゃないが『誰かのために何かする』って言うのも悪くないって思うんだ」

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