第26話

「……カツユキ」

「そんな顔すんな、恥ずかしくなってきた」

トモリはカツユキが『らしくない事』を言ったものだから驚いた。

『何か悪いものでも食べたのか』と思い、彼の顔を穴が開くほど見つめた。

トモリがあまりにも見つめるものだから、カツユキは居心地が悪くなった。

「カツユキ、変わったね」

「そうか?おれはそんなに変わったつもりはないが」

「ううん、変わった」

トモリは優しく笑っていた。

トモリがカツユキと出会った事で変わったように、彼もトモリと出会って変わった。

その事実がたまらなく愛おしかった。

「……」

「……」

「いつまで人の顔を見てるつもりだ。飯が冷めるぞ!」

「そうだね」

カツユキにそう言われて、トモリは笑いながら食事に戻った。

「おいしいね、カツユキ」

「一流旅館だからな。当たり前だ」


旅館に一泊したカツユキたちは翌朝、シゲルのもとを訪れた。

「さて、依頼は無事に達成したぞ?」

「……」

カツユキに依頼達成の報告をされるシゲルは下を向いていた。

その表情は隠れていてシゲルが何を考えているのかうかがい知る事は出来なかった。

家族が無事な事を喜んでいるのか、金の支払いを渋っているのかさえ。

「俺は仕事を果たした。今度はアンタが果たす番だ」

「……分かってる」

シゲルは静かにそう言うと後ろに控えていた男たちに命令した。

「金を持って来い」

シゲルに命令されて、男たちは奥の控室へと消えた。

そして間もなく、男たちは文字通りの『千両箱』を十個抱えて戻ってきた。

「約束の『一両金貨』一万枚だ」

「……確認させてもらう」

「好きなだけ数えろ」


「……確かに一万両あるようだな」

「ちゃんと仕事分の金は払う」

その言葉通り、シゲルは一枚も誤魔化す事なく金貨を納めた。

『仕事分の金を要求するのは当たり前だ』と彼は言った。

だが、それは逆の立場であってもちゃんと守られる事らしい。

「……」

「何だ?まだ何か言いたいのか?」

カツユキが黙って見ているからシゲルは何か文句でもあるのかと思った。

シゲルとカツユキはいつも対立してきた。

シゲルが勘ぐるのも当然と言えば当然だった。

「いや」

だが、カツユキが言いたい事はそんな角の立つ事ではなかった。

「ただ、アンタにも金よりも大事なものがあるんだなぁと思って」

「とっとと失せろ」

シゲルはカツユキにそう言われて、少しムッとした。

カツユキを含む冒険者たちはシゲルの事を『金の亡者』だと思っていた。

それが家族のために一万両なんて言う大金を耳をそろえて支払った事が意外だった。

「『またのご利用をお待ちしております』」

「……カツユキ」

背中を見せたカツユキをシゲルは呼び止めた。

「ん?なんだ」

「……」

「……」

シゲルとカツユキは黙って見つめあっていた。

シゲルは何か言いたそうだったが、歯切れが悪くてなかなか言い出さなかった。

「その……なんだ……」

「どうした?気色悪い」

いつも尊大な態度のシゲルが何も言わないからカツユキは思わず口にしてしまった。

「人がせっかく礼を言おうと思ってたのに何だその態度は!!」

「ああ、済まない」

とっさに謝ったがカツユキは気になる言葉を耳にした。

「……お前、今『礼を言おうと思ってた』って言ったのか?」

「うるせぇ!とっとと消え失せろ!!」

結局、シゲルがカツユキに『ありがとう』を言う事は無かった。


 カツユキが五千万両を受け取ってから一週間程たったある日。

「……はぁ」

 カツユキは椅子に座ったまま空を見つめてため息をついた。

 五千万と言うお金を手に入れたが、それはカツユキの金ではない。

 ほとんど、実家に仕送りしてしまったからだ。

「(さてと、いい加減に次の依頼でも探すとするか)」

 カツユキはそんな事を考えながら、椅子から立ち上がろうとしたまさにその時

「カツユキ!新しい依頼人が来たよ!!」

 ノックもなしにドアが勢い良く開けられ、トモリが入って来た。

「ドアを開けるんだったらノックぐらいしたらどうだ?」

「ごめんごめん」

 トモリは軽く謝るとそのまま部屋へと入ってきた。

「お前さっき『新しい依頼人が来た』って言ったな?」

「そう、一階の応接間で待たせてるからすぐに来て!」

「まったく」

カツユキは急いで身支度をすると応接間へと向かった。


「お待たせしてしまって申し訳ない」

 カツユキが応接間へと入ると、五十代くらいの女性が居た。

 その人が今回の依頼人なのだろう。

「あなたがカツユキさんですか?」

「はい、私がカツユキです。今回はどんな用件で?」

 カツユキはなるべく人当たりが良さそうな営業スマイルを浮かべた。

 フリーランスとして相手にいやな思いはさせられないからだ。

「あの、実は……」

 女性は依頼の内容を説明し始めた。

「なるほど沼地で行方不明になったお孫さんを探して欲しいと」

「はい。組合は『人探しは冒険者の仕事に含まれない』と引き受けてくれないのです」

「……分かりました。でしたら今から準備しますので明日の朝にはうかがいます」

「ありがとうございます!」

 女性は涙を浮かべながら礼を述べた。

「トモリ、急いで準備するぞ!?」

「そう来なくっちゃ!」

カツユキとトモリは今日も自分たちを待つ誰かのために仕事をしている。

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