第24話

「分かったよ、それじゃあどうしてカツユキは冒険者になろうと思ったの?」

トモリは膨れながらカツユキに質問した。

トモリとしては、もっと色々と訊き出したかったのだがそれは仕方がない。

カツユキが頑なな態度でそれを拒むのだから。

「そうだなぁ……どこから話せば良いか……」

カツユキは分かりやすく説明するために頭の中を整理した。

ついでに余計な事を話さないようにした。

「極端な言い方をすれば『金が欲しかったから』だ」

「それじゃあ説明になってないじゃん!」

トモリはカツユキのあまりにも簡略化された説明を聞いて怒った。

それでは背景も何もわからないからだ。

「まあ待て、順を追って説明するから」

カツユキは説明を続けた。

「元々、俺の家はちょっとした富豪の家だったんだ」

「なるほど、だから字の読み書きが出来るんだね?」

「そう言う事だ」

この世界には『義務教育』と言う概念が無い。

教育を受けるにはお金を出して学校に行くしかない。

そのせいで、貧困層はいつまでもそこから抜け出せずにいる。

「だが、ある時に親父が事業に失敗してな今は自分たちが住む家しかない」

「だからもう一度成り上がる為に冒険者になったの?」

冒険者は死と隣り合わせの仕事だ。

だが、その分だけ見返りも大きくシゲルのように富裕層になる元冒険者も居る。

手っ取り早く稼ぐには冒険者はうってつけの仕事なのだ。

「それもある」

「『それもある』って言う事は違う理由があるの?」

「ああ」

カツユキは説明を続けた。

本当は『ただ金持ちになりたかったから』と言ってもトモリは納得するだろう。

しかし、カツユキはどこかで『トモリには知っていてほしい』と感じていた。

「実は俺には妹が居るんだ」

「妹さん?」

トモリは妹の存在を知っていた。

カツユキが金魚すくいを披露した時に教えてもらったからだ。


「ああ、昔から妹は身体が弱くてな今も病を患ってる」

「その治療費を稼ごうとしてるの?」

「そうだ」

トモリにはカツユキの表情は見えなかったが彼が抱えているものの重さは分かった。

カツユキは家族を支える長男としての責務を果たそうとしているのだ。

トモリにはカツユキが責任に押しつぶされそうになっているように見えた。

「『家の再興』と『妹の治療費稼ぎ』」

カツユキは指を折って数えた。

数えれば指二本で数えられる事柄だ。

「この二つを同時にしようとしたら命を張るしかなかったんだ」

トモリにはカツユキが『お金』に対してシビアな考え方をする理由が分かった。

孤児のトモリは『自分が必要な分のお金』だけ稼げばそれで良い。

それで困るのも自分一人だけだからだ。

「……」

「どうした?黙り込んで」

「あたし……今回の報酬、要らない」

トモリはカツユキの身の上を知って『何かしたい』と考えた。

それは、トモリが彼に同情したからかもしれない。

「言うと思った」

しかし、カツユキはそんな事は望んでいなかった。

彼は情けを掛けてもらう為にこんな話をしたのではないのだ。

「だって、カツユキはお金が要るんでしょ?」

「だから、自分の五千両を俺にあげるってか?」

「そうすれば妹さんも助かるんでしょ?」

「そう言うのが『余計なお節介』って言うんだよ」

確かにトモリの言う通り五千両あればカツユキの置かれた状況も良くなる。

少なくとも妹は当分の間は安泰だろう。

だが、その五千両は相棒が命を賭してつかみ取った金なのだ。

「良いか?俺だってお前の気持ちは嬉しいさ」

「……だったら」

『受け取ってよ』とトモリは言おうとしたが、カツユキはそれを許さなかった。

「でも、その金は受け取れないんだ」

「どうして?」

「それはお前が俺のかけがえのない『相棒』だからだ」


「トモリ、今回の依頼で俺たちは命を賭けた」

「『賭けた』って言うより、1回死んじゃったけどね」

トモリは自分の顔を撫でた。

そこは飛龍の火炎を直接受けて一番焼けただれてしまった場所だった。

しかし、今はそこには何の傷も無く、むき卵のようなきれいな肌だった。

「そうだろう?」

火炎で焼かれる苦しみを知っているのはトモリだけではない。

カツユキだって全身、炭になるほどの灼熱の炎を浴びた。

その苦しみは二人にしか分からないものだった。

「俺たちは二人とも1回死んでる。つまり条件は同じなはずなんだ」

「……だから『取り分も同じだ』って言いたいの?」

「そうだ、それが対等な関係っていうもんだろう?」

カツユキはトモリに余計な気遣いをして欲しくなかった。

何でも言い合える対等の関係で居たかったのだ。

五万両なんて受け取ったら、もう対等の関係ではなくなってしまう。

「……でも」

しかし、トモリは納得出来なかった。

カツユキとトモリでは背負うものが全然違うからだ。

カツユキには『困窮する家族』が居るのだ。

「納得いかないって感じだな」

「カツユキの言ってる事は分かるよ。でもやっぱり……」

「金は必要としてる人が持つべきだって言いたいのか?」

「まあ……そんな感じ」

トモリもカツユキの主張が理解できないわけではなかった。

しかし、トモリは元々『慈善活動』として冒険者をしていたのだ。

困っている人を助けるのは当たり前になっていた。

「トモリ、その考え方は少し違うと思うぞ?」

「どうして?」

「俺は『金は世の中に貢献した人がもらうべきだ』と考えてる」

「世の中に……貢献?」

「そうだ」

カツユキはトモリに『お金を貰うとはどういうことか?』を教える事にした。

それはカツユキがかつて父親から教えられた事の一つだった。

カツユキがまだ裕福で小さかった頃に教えられた大切な事だ。


「俺の師匠が言ってたよ『金は世間に貢献した証だ』って」

「カツユキの師匠?」

トモリの脳内には何となく髭を蓄えた貫禄のある男性がイメージされた。

厳しそうな顔をした眼帯を付けた師匠にしごかれるカツユキの図が見えた。

「ああ、俺は冒険者としてのノウハウを師匠から教わった」

「へ~~……そんな人が居るんだ」

トモリは意外に感じた。

冒険者は個人事業主みたいなものでほとんど全ての知識も技術も門外不出だ。

だから冒険者は己の生き残る為の術を手探りで身につけなくてはいけない。

それを教えてくれる人なんて滅多に居ない。

「ああ、俺は運が良かった」

「運が良かったら冒険者にならなかったんじゃ?」

「それは親父の運が悪かったからだ」

カツユキの父親は事業に失敗して、ほとんどの財産を失ってしまった。

今は家が一つあるだけで、そこに家族が身を寄せ合って生きている。

「師匠には本当に世話になった」

カツユキは懐かしむように語り出した。

トモリには表情は見えなかったが、カツユキがその人を尊敬している事が伝わった。

「水の飲み方から薬草の探し方、加護の発動のさせ方まで教わった」

「本当に色々と教えてくれたんだね?」

「ああ」

カツユキは『この空の下に居る師匠』に想いを馳せた。

厳しくも深い愛情を注いでくれた師匠。

今、どこで何をしているだろうか?

「その中に『冒険者の心得』があった」

「さっきの『金は世間に貢献した証だ』って言うやつ?」

「ああ、それもそのうちの一つだ」

「どう言う意味なの?」

「分かりやすくするために冒険者を例に出すが……冒険者は稼げる仕事だよな?」

「うん」

「どうして稼げるんだと思う?」

「危ないからでしょ?」

「そうだ、誰もやりたがらない仕事だからだ」

「それが『社会貢献』なの?」

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