第23話
「……」
トモリの顔つきが急に険しくなった。
肩を震わせて殺気をみなぎらせている。
「トモリ?」
カツユキはほぼ全裸の状態でトモリに近づいた。
ほぼ全裸の男性が女性に近づく様子は『犯罪の香り』がした。
「カツユキの……変態!!!」
トモリは渾身の力を込めてカツユキの左頬にビンタをかました。
それからカツユキがトモリを眺めるまでかなり時間がかかった。
「まったく、信じられない!」
トモリは怒りながら温泉に入っていた。
カツユキになだめられたトモリは、飛竜を倒した山にある温泉宿に来ていた。
そこで一泊してから帰ろうというのだ。
「悪かったって言ってるだろ?」
カツユキが男湯から話しかけて来た。
ここの温泉は混浴ではないようだ。
「まさか『あんな物』を人の前に堂々と出すなんて」
「気づかなかったんだよ!」
カツユキにはトモリの表情は見えなかったが声が怒っているのはわかった。
飛竜から受けた傷は無くなっていたが、カツユキの顔には赤々と紅葉が付いていた。
「それくらい気づくでしょ!?」
「お前だってさっきはあんなに……」
そこまで言いかけてカツユキは口を閉じた。
「あたしがどうかしたの?」
「……いや、何でもない」
カツユキにはトモリが服を振り乱していたなんて言えるわけがなかった。
そんな事を言ったらトモリは
『あたしの身体を視姦してたのね!?』
と言ってまた、怒り出すに違いないからだ。
この場では泥を被るのが一番賢いやり方だとカツユキは判断した。
「……ねぇ、カツユキ?」
「ん?どうした?」
カツユキは不意にトモリが尋ねて来た事に身構えた。
「『生き返る』って結局何の事?」
「ああ、その事か」
カツユキは少し安心した。
トモリから何を言われるのかと身構えていたからだ。
もし、トモリから
『あの時、あたしの事ジロジロ見てたでしょ!?』
とか言われたら、また紅葉が増えるかも知れないからだ。
「詳しい事は知らないんだが一部の温泉や食べ物には『加護』があるんだ」
「『加護』って武器についてるヤツでしょ?」
加護とは冒険者が身に着ける不思議な力の事だ。
加護に関する知識は企業秘密のように扱われ、ほとんど外には出ない。
冒険者たちは各人が自分で加護に関する知識を身に着ける。
「ああ、魔物を素材にした武器や防具にも加護がある」
「それがあの温泉にあるって事?」
トモリにはにわかには信じられなかった。
防具や武器で加護を発動させるには、結構な労力が要るからだ。
全身を同じモンスターの防具で覆ってやっと発動する加護もあるくらいだ。
「ありえない話じゃあない」
「どうして?」
しかし、カツユキは『温泉に加護がある』と言う話をすんなりと受け入れていた。
それは自分が今まで何度もそんな温泉に入って来たからだ。
カツユキは自分でも知らないうちに『秘湯ハンター』になっていた。
「あの温泉には『岩蝦蟇の油』が溶けていた」
「うん」
「一説によると『加護を受けるとはモンスターに近づく事だ』と言われている」
カツユキの言っている事はあくまでも『仮説』の域を出ない。
しかし、実際に加護を受けて戦う冒険者の間では結構信じられていた。
そうとしか考えられない事例が冒険者たちは目の当たりにしているからだ。
「寒いところに住むモンスターの加護を受けると寒さに強くなる事がある」
「だから『岩蝦蟇の油を浴びて加護を受けた』って言いたいの?」
「そうだ。そうとした考えられない」
カツユキにも『生き返る加護』何て言うのは信じられなかった。
しかし、現実にトモリもカツユキも生き返っている。
信じざるを得なかった。
「砂漠に住む異教徒たちは岩蝦蟇を神様だと考えていた」
「うん、だから街に住まわせてもらえないんでしょ?」
カツユキは誰も聞いていない事を確認してから話し出した。
例え聞かれても『岩蝦蟇のお宿』は簡単に見つかりはしないが。
しかし、念には念を入れるのが冒険者を長くやるコツだ。
「それは『モンスターとは人に災いをもたらすものだ』と考えられているからだ」
実際、カツユキやトモリは人に害をなすモンスターをたくさん見て来た。
この世界のモンスターはほとんど全てが人間を攻撃してくる。
だからこそカツユキたち冒険者に仕事が回って来るのだ。
「しかし、あの人たちは『岩蝦蟇の油には加護がある事』を知っていたんだ」
モンスターは基本的に危険な存在だが、時々人間に益をもたらすものが現れる。
人間社会に溶け込んでいる『猫人』もモンスターだが、人間と共存している。
恐らく『岩蝦蟇』も何かしらのかたちで人間と共存しているのだろう。
「だから岩蝦蟇を神様だと考え、先祖代々信仰しているんだ」
「なるほど」
そこまで説明されてトモリはある事を考え付いた。
それは異教徒を『差別されてかわいそう』と考えている彼女らしい発想だった。
「じゃあ、その事を皆に教えてあげれば……」
「それはしない方が良いだろうな」
だが、カツユキはそれをぴしゃりと否定した。
「どうして?」
「あそこは彼らの『聖地』だからだ」
「?」
そう言われてもトモリはイマイチピンと来なかった。
トモリは『聖地』がどういうものなのか知らないのだ。
「先祖代々守って来た大切な土地によそ者がドカドカ入って来てみろ」
カツユキには異教徒が背負うものの『意味』が何となく分かっていた。
「きっと荒らされてしまう」
「でも、あの人たちだってみんなと住みたいって考えてるかもしれないでしょ?」
「それを決めるのは俺たちじゃあない」
カツユキは手で水鉄砲を作ってお湯を飛ばした。
お湯は一メートル程飛んでからお湯の中に戻った。
「トモリが考えているのは『余計なお世話』って言うんだ」
トモリがしようとしている事は冒険者の仕事ではない。
「……むむむ」
トモリは納得が行かない様子だった。
トモリには『先祖代々の土地』と言うものが無い。
だから、そこによそ者が入って来る事の意味が分からなかったのだ。
「ま、これは俺たちが口出しする事じゃなくて、あいつらが考える事だ」
「……」
トモリはカツユキの妙に余裕な態度が気になった。
カツユキはトモリより少し年上だったがかなり大人びて見えた。
トモリはカツユキの事を知りたいと思った。
「そう言えばさぁ、カツユキ覚えてる?」
「あ?何をだ?」
カツユキは急にトモリの声色が変わった事に気が付いた。
それはまるで『おねだりをする猫』のような声色だった。
カツユキは『嫌な予感』がして身構えた。
カツユキは以前もトモリがこの声色を使った事を覚えている。
「『飛龍を倒したらカツユキの事を教える』って約束」
「そんな約束してないだろ!?」
「したよ!!」
カツユキはトモリが『言葉のあや』を利用しようとした事を見逃さなかった。
トモリは世間知らずだが、バカではなかった。
彼女なりの処世術を年相応に身に着けている。
「俺がしたのは『どうして冒険者になったか教える』だ」
「どっちも同じじゃん!」
「全然違う」
トモリの言った事をそのまま受け取ってしまうと
『カツユキに関する事は何でも教えてもらえる』
になってしまう。
しかし、カツユキの言い分は
『自分が冒険者になろうと決意した理由だけ教える』
である。
微妙な表現の差だが、そこには大きな違いがあるのだ。
「カツユキのケチっ!」
「図々しい女っ!」
トモリとカツユキは仕切り越しに口撃しあった。
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