第20話

「……一万両だ。それだけ出せば引き受けてやる」

「い、一万……!?」

 シゲルはその額に耳を疑った。

 シゲルもついこの間まで『カツユキに千両払わせる』と言っていた。

 しかし、一万両なんて額は聞いた事も見た事もなかった。

「嫌だって言うなら他を当たるんだな」

「分かった!払う、払うから!!」

 シゲルはその馬鹿げた条件を飲み込んだ。

 カツユキに頼めなかったら、シゲルは愛する家族を失うからだ。

 選択の余地はなかった。

「屋敷を売り払ってでも払う!だから助けてくれ!!」

「……」

 カツユキはシゲルのその姿を何も言わずにじっと見ていた。

 しかし、椅子から立ち上がると一言だけ放った。

「……分かった。依頼を引き受けよう」


「本当に一万なんて言ったの!?」

 トモリは戻ってきたカツユキから事の成り行きを聞いて驚いた。

 誰が聞いても一万両はありえないくらいの大金だった。

 一万両あったら、家が何件も買える。

「ああ、本当だ」

「吹っ掛けすぎでしょ!?」

「本当にアイツにとって『家族が宝』なのか確かめたかった」

「……素直じゃないんだから」

 トモリはそう言いながら苦笑していた。

「そんな事より、良いのか?トモリ」

「何が?」

「今回の依頼はかなり危険だ。死ぬかもしれないんだぞ?」

「『冒険者は命知らずの集まり』なんでしょ?」

 トモリは飛竜と戦うために水属性の槍を引っ張り出した。

「それに、困ってる人がいるなら助けなくちゃ」

「……バカな女だ」

「カツユキだってバカな男でしょ?」

 カツユキとトモリは互いに笑っていた。


「カツユキ『飛竜』ってどんなモンスターなの?」

 飛竜討伐の準備をしながらトモリはカツユキに尋ねた。

 トモリは経験の浅い冒険者だからカツユキに教えてもらう事が多い。

 もちろん、飛竜と戦った経験もない。

「読んで字のごとく『空飛ぶ竜』だ」

「赤い怪鳥とは違うの?」

「全然違う」

 カツユキは巨大な背嚢に多種多様な道具を詰め込みながら答えた。

 その荷物の量は『赤い怪鳥』や『毒怪鳥』と戦った時より多い。

 それが今回の戦いがいかに厳しいものになるかを物語っていた。

「あんなのは『冒険者の登竜門』だ」

「じゃあ、飛竜は?」

「『英雄への最終試験』だ」

 カツユキはトモリの方をちらりと見た。

 その目は真剣そのもので、冗談を言っている風ではなかった。

 トモリが経験する中で一番の強敵になるだろう。

「そんなに強いの!?」

「ああ、何もかもが今までのモンスターと段違いだ」

 カツユキは次は愛用の大刀を引っ張り出して調子を見始めた。

 その大刀はまるで『大きな魚』そっくりだった。

 魚を釣ってそのまま武器に加工したかのように見えた。

「まず、全身が強固な鱗に覆われてる」

「うん」

 トモリはカツユキの説明を真剣に聞いた。

 真剣に聞きすぎて、手が止まっているくらいだった。

「そして、空だって当たり前のように飛ぶ」

「うんうん」

「極めつけは火だって吐く」

「やっぱり赤い怪鳥の強い版じゃない?」

「これだから素人は」

 カツユキは小さくため息をついた。

 その様子に、トモリは少しムッとした。

 カツユキは飛竜の恐ろしさについて説明する事にした。

「確かに、基本的には赤い怪鳥と同じ対策が必要になる」


「そうでしょ?」

「ただし、そのすべてが赤い怪鳥とは次元が違う」

「ふ~~ん」

「『ふ~~ん』って、お前ちゃんと話を聞いてるのか?」

「うん、聞いてるよ。だけどイマイチ、ピンと来なくって」

「死んでも知らんぞ!?」

「……気を付ける」

 トモリはカツユキが手にしている小型の手投げ弾が気になった。

 金属製の円筒形のそれをカツユキは丁寧に扱っている。

 他の道具よりも大切そうに見えた。

「カツユキ、それは何?」

「これか?これは『光爆弾』だ」

 カツユキは背嚢に入れようとしていた光爆弾をトモリに見せた。

 トモリはその道具をしげしげと見つめた。

「こいつが炸裂すると強烈な光が出て、目がくらむんだ」

「そんなの今まで使った事、無いじゃん」

「(そんなに便利な道具があるなら、何で今まで使ってくれなかったの!?)」

 と心の中でカツユキを責めた。

 光爆弾を使えば楽に切り抜けられた場面はたくさんあった。

「こいつは結構、貴重なんだ」

「いくらなの?」

 以前、トモリはカツユキが描人から『氷結晶』を買うところを見ていた。

 その時は三分と言う結構な額で買っていた。

 この光爆弾もそれなりの値段がするのだろうとトモリは思っていた。

 しかし、カツユキの回答はトモリの予想の斜め上を行っていた。

「市場には出回らない。自分で作るしかない」

「そんなに大切な道具を使うほどの相手なの?」

「ただ、狩るだけならこんなの使わない。だが、今回は特別だ」

 カツユキたちが今から始めるのはただの飛竜討伐ではない。

 他の冒険者たちがこぞって首を横に振るくらい困難な依頼なのだ。

 出来る準備は全てするつもりでいた。

「『要人』が居るからな」

 要人なんて、冒険者からすれば『ただの足手まとい』だ。

 その足手まといを護るために光爆弾が必要なのだ。


「この山に飛竜がいるの?」

「らしいな」

 カツユキとトモリは目的地に向けて山道を進んでいた。

 山と言っても道がちゃんと整備されている歩きやすい山だ。

 年間に何人もの観光客が訪れる人気スポットだ。

「ここ、観光地でしょ?なんでこんなところにモンスターが出たの?」

「今は飛竜の子育ての時期なんだ」

 トモリの疑問にカツユキは道を歩きながら説明した。

 時間的な余裕はなかったが、体力を温存しておきたかったからだ。

 カツユキの荷物はかなりの量だった。

「だから、獲物の多そうなここに来ちまったのかも知れない」

「じゃあ、メスが居るって事?」

「そうとは限らない」

 トモリの安直な考えをカツユキは否定した。

 狩りとは相手を知ることから始まるからカツユキはトモリに色々と教える。

 それが直接、仕事とは関係ない事であってもだ。

「オスとメスが交代で餌をとって来るから、どっちが来るかは分からん」

 カツユキは水筒から、水を一口飲んだ。

 体調管理も一流の冒険者の務めだからだ。

「話では『赤い飛竜』だと言っていたから、多分オスだろう」

「ふ~~ん」

「ちなみに、オスの方が飛翔能力が高いから戦いが長引きやすい」

 カツユキは『飛竜』についてあれこれとトモリに教えた。

 その説明は妙に含蓄があって、とても説得力があった。

 まるで実際に飛竜と何度か戦った事があるかのようだった。

「カツユキは飛竜と戦ったことがあるの?」

「ああ、一回か二回は倒したぞ」

 それはカツユキが『英雄』に数えられるほどの冒険者だと言う事を意味していた。

 カツユキは他の冒険者より仕事熱心なところがあった。

「あの時は色々と無茶したなぁ」

「……あのさぁ」

 トモリはカツユキに『ある疑問』をぶつけてみる事にした。

 トモリは『カツユキは他の冒険者とはどこか違う』と感じていた。

「ん?どうした?」

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