第19話

 カツユキもそう思わずにはいられなかった。

 一週間前に会った時とは正反対の態度だ。

「君をこんなところに入れたりして、本当に申し訳ないと思ってるんだ」

「釈放って事はアンタが告訴を取り下げたと言う事か?」

 カツユキのシゲルに対する態度は以前と変わらなかった。

 と、いうよりもあえて変えなかった。

「告訴だなんてとんでもない。ちょっとした手違いがあっただけなんだ」

「……ほう」

 ここまで来て、カツユキはピンときた。

 シゲルはカツユキの機嫌を取りたいのだ。

「こっちとしても『こんなの』は本位じゃなかったんだ。君には本当に悪い事をした」

「アンタが下手に出るなんて珍しい事があるんだな?何かあったのか?」

 カツユキは意地悪な笑みを浮かべながら訊ねた。

 シゲルはカツユキに『面倒事』を頼みたいのだ。

「いやぁ、ただ君と『仲直り』したいだけさ」

「仲直りして、それからどうしたいんだ?」

 カツユキにはシゲルの魂胆が透けて見えるようだった。

 こんなにもわかりやすい男はなかなか居ないだろう。

「……」

「アンタが下手に出る時は決まって『何か面倒事』を頼む時だ」

 カツユキはシゲルがなかなか本題に入らないので自分から切り出してやった。

 話を聞いたうえでハッキリと断ってやるつもりだった。

「……そんな……面倒事だなんて人聞きの悪い」

「じゃあ、違うって言うのか?」

 カツユキにいじめられてシゲルがどんどん小さくなっていった。

 一週間前に会った時の半分くらいの大きさに感じられた。

「……僕はただ……君に……」

「俺に?」

「……」

 シゲルはそこまで言うと黙り込んでしまった。

 シゲルとしても『カツユキに何か頼む』なんて言うのは最後の手段だった。

 彼の自尊心としても、出来ればしたくない事だった。

「ん?どうした?」

「……助けてほしいんだ」


「なるほど『上さんとガキが飛竜に襲われてるから助けてくれ』と」

「そうなんだ!」

 カツユキはシゲルから『何を頼みたいのか』説明を受けた。

 実はシゲルが急使から『馬車が行く先に飛竜が出現した』と言う報告を受けた。

 飛竜とは読んで字のごとく空を飛ぶ竜、つまりドラゴンだった。

「いくつか確認したい事があるんだが?」

「それは引き受けてくれるって事か!?」

 シゲルの顔がパアッと明るくなった。

 カツユキがついこの間までいがみ合っていた自分たちを助けてくれると考えたからだ。

「いいや、まだそこまで言ってない」

「……じゃあ、何なんだ?」

 そう言われてシゲルの顔が急に暗くなった。

 カツユキが引き受けてくれないと、家族の命が危ないからだ。

「引き受けるべきかどうかの確認だ」

 カツユキはシゲルにいくつかの質問をする事にした。

 カツユキは依頼を受ける時には必ず確認をする。

「まず、なぜ俺なんだ?」

「それは、君が銀等級の冒険者だからさ」

「『タイト』はどうした?」

「……」

 その名前を出されて、シゲルは言葉に詰まってしまった。

 タイトとはシゲルがカツユキの代わりに連れてきた若い冒険者だ。

 シゲルは『銀等級の冒険者の代わりくらい居る』と言ってカツユキを追い出した。

「確かお前あの時、言ったよな『タイトがいるからお前はいらない』って」

「あの時は『タイトは頼りになるやつだ』って思ったんだ」

 シゲルは暗い表情でうつむいて、弱々しい声でポツリポツリと答えた。

 その様子は『言葉を何とか絞り出している』といった感じだった。

「だけど、タイトは意外と根性なしで……」

「本当にそうか?」

 カツユキはシゲルの言葉を素直には信じなかった。

 積年の恨みを返すようにネチネチと意地悪な質問を浴びせた。

 カツユキはシゲルに何度も裏切られてひどい目に合わせられて来た。

「う、嘘じゃねぇよ!?」

「いくら若くてもタイトだって銀等級の冒険者だ」


 銀等級の冒険者とは冒険者たちのあこがれの存在だった。

 銀等級になれる者は冒険者の中でもほんの一握りしかいなかった。

「実力は折り紙付きのはずだが?」

「……そ、それは」

「お前、何か隠してるだろ?」

 カツユキはさっきからずっと思っていた疑問をシゲルにぶつけた。

 シゲルはカツユキに言わなくてはいけない『重要な何か』を隠している。

 依頼主に隠し事をされては冒険者は動けない。

 依頼人と冒険者の両者はビジネス上の信頼関係がなくてはならないのだ。

「じ、実は……」

「ん?」

「『要人の警護をしながら飛竜と戦うなんて無理だ』って断られたんだ」

「……なるほど」

 カツユキはそう説明されて納得がいった。

 冒険者は『モンスターの掃除屋』みたいなものだ。

 モンスターと戦ってモンスターを倒すのが本来の姿だ。

 そこには『誰かを護りながら戦う』なんて言うのは想定されていない。

 そんなのは冒険者の仕事ではない。

「他の冒険者も片っ端から当たったが、どいつもこいつも口をそろえて……」

「『命がいくつあっても足りない』って言ったんだろ?」

「そうなんだ」

「それで、仕方なく俺に頼んだと」

「カツユキ、頼む!」

 シゲルはそう言って頭を下げた。

 カツユキはその頭頂部を微妙な気分で眺めていた。

「あの三人は俺にとって宝なんだ!」

「宝……ねぇ」

 カツユキはシゲルの言った『宝』という言葉を胡散臭そうにつぶやいた。

 カツユキにとってシゲルは『金以外の大切なものを持たない守銭奴』に見えていた。

 それが今『家族が自分の宝だ』と言っているではないか。

 にわかには信じられなかった。

「お前にだってわかるだろう!?家族を失う怖さは」

「……俺には妻も子供もいない」

「……ぐっ!」


「それに俺はもう『登録抹消』になってるからな」

 カツユキはシゲルに追撃をした。

 彼は普段、こんなに人をいじめる事が無いが相手が悪かった。

 腰の低いシゲルはそれだけカツユキの嗜虐心を煽るのだ。

「組合の依頼は組合で処理してくれ」

「それなら心配はいらない」

「は?」

「これはお前のために特別に作らせた『組合員証』なんだ」

 そう言うとシゲルは鈍く光る『ドッグタグ』のようなものを出した。

 これは『冒険者組合員証』と呼ばれるもので組合から依頼を受ける時に必要になる。

 シゲルはそれをカツユキに差し出した。

「……」

「これさえあれば『仲介料』は二割で済む」

 仲介料二割は組合員としては破格の待遇だった。

 これを受け取れば、カツユキは今までよりずっと稼げる。

 お金のために仕事をしているのならば、受け取らない手はなかった。

「さあ、これを受け取ってくれ」

「……」

 パキンッ!

 しかし、カツユキはタグを真っ二つに割ってしまった。

 二つになったタグの残骸が床に無造作に落ちた。

「あ……ああ……」

「俺はもう組合には戻らない」

 それがカツユキの回答だった。

 今のカツユキを動かしているのは『お金』だけではなかった。

 シゲルにはわからない、もっと大事な『何か』をカツユキは見つけていた。

「そ、そんな……」

「もっとマシな条件を出すんだな」

 カツユキは冷たくそう言いつけた。

 その言葉を聞いて、シゲルの手が震えた。

「お願いだぁぁぁあああ!!!」

 シゲルはカツユキに対して土下座した。

 頭を床にこすりつけて涙を流しながら平伏した。

 それを見て、カツユキは小さくため息をついた。

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