第18話

「子供の頃はずっとそう思ってあこがれてたの」

 トモリはカツユキと出会うまでは貧乏人からは報酬を受け取らない冒険者だった。

 それはトモリのあこがれるお話に出てくる冒険者がそうだったからだ。

「それなのに、いざ冒険者の世界に入ってみたらこれは何?」

 トモリは目の前のリキヤを睨んだ。

 リキヤは下を向いたままトモリの目を見ようとせず、ただ縮こまっていた。

「勝てる相手としか戦わないし臆病で弱腰」

 リキヤは『組合長が怖いから立ち向かわない』と言った。

 リキヤだけではなく、この組合を利用する全ての冒険者がそう思っていた。

 彼らは組合長ににらまれたら、もう何も出来ないのだ。

「おまけに仲間まで見捨てようとしてる」

 トモリとカツユキが組んだのは半年くらい前の事だ。

 カツユキと付き合いが長いのは明らかにリキヤの方だった。

 なのに、リキヤはただ下を向いてうつむいているしか出来ないのだ。

「お話の通りなのは『お金にうるさい事』だけ」

 トモリはテーブルを叩いた。

 その音が部屋中に響いたように感じられた。

「冒険者ってこんな人しかいないの?」

「……その話だったら俺も知ってるさ」

 リキヤは子供の頃の事を思い出していた。

 目を輝かせてお母さんの話を聞いていた日々の事を。

「ガキの頃、おふくろに何度もせがんだ」

 子供の頃のリキヤは『自分もいつか冒険者になりたい』といつも考えていた。

「俺も強くてかっこいい冒険者にあこがれたさ」

「だったら……」

「それなのに……何で『こんなの』になっちまったんだろう?」

 リキヤは下を向いたままだったが、その声は震えていた。

「いつから俺はこんな意気地なしになったんだろ?」

「……」

「実は、カツユキが少しうらやましかったんだ」

 リキヤの膝の上に水滴が落ちた。

「カツユキは俺が『手放した物』を持ってるような気がしたんだ」

 リキヤの声には嗚咽が混じっていた、

「なのに……こんな事になっちまって」


「ふん♪ふふ~ん♪」

 家族を送り出したシゲルは上機嫌で仕事をしていた。

 カツユキを牢屋にぶち込んでからシゲルの機嫌はすこぶる良かった。

「随分とご機嫌ですね」

「そりゃあ、そうだろう」

 シゲルは鼻歌まじりに書類に印をついた。

 こんなに楽しそうに仕事をするシゲルを秘書が見たのは久しぶりだった。

「邪魔くさいカツユキの野郎は檻の中」

 カツユキが独房に入れられてから一週間がたとうとしていた。

「経営は好調」

 シゲルは『今の向かい風は全てカツユキのせいだ』と思っていた。

「おまけに家族仲も良好」

 あとはこの書類の山を片付ければ、家族旅行が楽しめる。

「これ以上の事があるか?」

「そうですか。それは何よりです」

 秘書は眼鏡をかけなおすと書類を受け取るついでにシゲルに問いかけた。

「カツユキの処遇はいかがするつもりですか?」

「そうだなぁ」

 シゲルはニヤニヤと意地が悪そうな笑みを浮かべながら考えた。

 秘書はその顔を見て『ロクでもない事を考えている』と思った。

「今まで俺から横取りした金を返してもらう」

「と、言いますと?」

 秘書には『横取りした金』の意味がいまいちピンと来なかった。

 カツユキがシゲルから金を横取りした記憶がなかった。

「決まってんだろ?あの野郎が俺から客を取っただろう?その補填だよ」

「そうなると、カツユキさんが何人の客からいくら……」

「あ~、そう言うのは良いんだよ」

 秘書が『被害総額』の話をしようとしたらシゲルはその言葉をさえぎってしまった。

 被害総額を計算するのも一苦労だから面倒くさいと言いたいのだ。

 実際は『面倒くさい』では済まないのだが。

「しかし、それがハッキリしない事にはカツユキさんが……」

「占めて千両で許してやる」

 シゲルはあまりにも法外な額をカツユキに要求するつもりだったのだ。

 千両とは普通の労働者が一生で稼ぐ金額に匹敵する。


 あまりにも馬鹿げた値段だった。

「千両……ですか?」

「そうさ、切りが良いだろ?」

 シゲルはその非現実的な額を何とも思っていなかった。

 本当にカツユキに払わせるつもりなのだ。

「しかし、千両も払えるでしょうか?」

「払えなかったらただ働きして返してもらうだけだ」

 通常、組合は冒険者の依頼料から四割を『仲介料』として天引きする。

 だが、シゲルはなんとそれを十割にすると言っているのだ。

「火山で『鎧竜』討伐でもしてもらおうかな?」

 シゲルはそろばんを取り出して、金の計算を始めた。

 もう、その頭は『カツユキが死ぬかも』とは考えていなかった。

「それとも砂漠で『角竜』でも刈ってもらうかな?」

「組合長!大変です!!」

 シゲルは儲けの事で胸を躍らせているところに、急使が飛び込んで来た。

 急使とは情報などを伝達するためにこの世界で使われる使いの事だ。

「何だ、騒々しい!人がせっかく良い気分で仕事してるのに」

「それどころではありません!一大事です!!」

 急使の様子は尋常ではなかった。

 シゲルはその姿を見て嫌な予感がした。

「どうした?まさか、俺の農場に何か問題が!?」

「ち、違います!農場ではありません!!」

 急使は秘書から水を受け取ると一気にあおった。

 何かよっぽど悪い事が起こったに違いない。

「だったら、まさか俺の養殖してるアワビが!?」

「養殖場の話でもありません!!」

 シゲルは冒険者組合の組合長が本業だが色々と手広く事業を展開していた。

 農場も養殖場もその一つだった。

「じゃあ、何だ?早く話せ」

 シゲルにはそれ以外に思いつく『最悪の事態』がなかった。

 彼は少しイラついた声で先をせかした。

「じ、実は……」

「な、何だってっ!!!」

 しかし、急使が伝えたのはシゲルにとって本当に最悪の事態だった。


「198……199……」

 カツユキは天井からぶら下がって腹筋を鍛えていた。

 身体がなまらないようにするのは、冒険者としての心得の一つだ。

「200」

 カツユキは猫のように床に着地すると濡れタオルで汗をぬぐった。

 その身体は『金剛力士』のように筋骨隆々だった。

「ふぅ~~」

 全身をくまなく拭きながらカツユキは考えていた。

「(トモリのヤツは今頃、何してるのだろうか?)」

 気になったのは自分の今後よりも先にトモリの事だった。

「(アイツの事だから『この理不尽に立ち向かうべきだ!』とか言ってそうだな)」

 カツユキの頭には必死に冒険者たちに声をかけて回るトモリの姿が浮かんだ。

「(まあ、冒険者が一人で立ち上がってもこの状況は変わらんがな)」

 だが、カツユキは『冒険者は意外と日和見主義な事』を知っていた。

「(何か『よっぽどの事』がない限り、ここは出られんな)」

 カツユキは服を着ると、寝台に横になった。

「……」

「カツユキ、出ろ」

 ぼんやり考え事をしていたカツユキに看守が声をかけた。

「面会か?」

「違う、釈放だ」

 そう言うと看守は独房のカギを開けた。

「釈放だって?」

「冒険者組合長がお前に会いたがってる」


 釈放されたカツユキはシゲルに会わせられた。

 テーブル一つを挟んでシゲルとカツユキは座った。

 面会室のように二人を遮る物は何も無かった。

「釈放とはどう言った風の吹き回しだ?」

「やあ、カツユキ君。変わりないかい?」

 シゲルはまるで別人のように柔和な態度でカツユキに話しかけてきた。

 まるで人格が変わったかのようだった。

「……」

「(何だ?この気色悪い話し方は)」

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る