第17話
「『手放した』ねぇ」
シゲルは葉巻に火をつけた。
カツユキはこの煙草の臭いが嫌いだった。
「どうやら、これ以上言い争っても金にはならないらしいな」
「そのようだな」
カツユキもシゲルも自分の意見を曲げなかった。
もう、交渉の余地はないだろう。
和解の道は断たれてしまったのだ。
「言っておくが、謝るなら今のうちだぞ?」
シゲルの鼻の穴から煙が噴き出した。
その様子はまるで『角竜』が起こっている時のようだ。
カツユキはその煙を自分にかからないように手で払いのけた。
「今度は脅しか?」
「そう言う事だ」
シゲルは倒れたカップを立て直すと茶を注いだ。
お茶の表面には煙草の煙が舞う天井が映っていた。
煙はかなりの量があった。
「お前が大人しく消えるなら今までの損失はチャラにしてやる」
「断ったら?」
カツユキはわざと挑発するような言い方をした。
シゲルがどんな反応をするか見てみたかったのだ。
しかし、シゲルは今度は怒り狂ったりはしなかった。
「営業妨害でお前を拘束する」
一言、冷たくそう言っただけだった。
たかが『営業妨害』と思ってはいけない。
これは『カツユキを冒険者として殺す』と言っているのだ。
「そんな証拠がどこにある?」
「分かってないようだな。判事は俺の言いなりなんだよ」
シゲルは依頼人や冒険者から巻き上げた『仲介料』でかなりの荒稼ぎをしている。
それで賄賂をばらまいて裁判所を手なずけているのだ。
「裁判所だけじゃあない。警察にも俺の息はかかってる」
裁判所を買収していると言う事はもちろん警察だって例外ではない。
警察が賄賂を受け取っているなんてバレたら、大問題だが今は置いておこう。
今、問題なのはカツユキだ。
「お前を『合法的に』起訴する方法なんていくらでもあるんだよ」
「……なるほど」
「お前に残されてるのは『消える』か『ぶち込まれるか』のどっちかだけなんだよ」
カツユキにしてみれば、どっちもそう変わらなかった。
カツユキにとって大切なのは『ここで冒険者として活動する事』だからだ。
こんな一方的な要求は受け入れられるわけがなかった。
「分かったらとっとと消えな」
「悪いが、それは出来ない」
カツユキにはためらいがなかった。
その返事がどういう意味なのか、彼だってもちろんわかっていた。
「お前、気は確かか?」
「あんただって知ってるだろう?冒険者はいかれた連中しかいないって」
カツユキは笑っていた。
その笑みはただの苦し紛れだったが、シゲルの神経を逆なでするには十分だった。
「そうかい。だったら、望み通りにしてやる!!」
シゲルは指をパチンと鳴らした。
それを合図に警察が応接室になだれ込んで来た。
「カツユキ!威力業務妨害の罪で逮捕する!」
「……お前たち、外でずっと待っていやがったな?」
「うるさい!大人しくしろ!!」
警官はカツユキを乱暴にテーブルに押し付けると手錠をかけた。
カツユキはそれに対して抵抗らしい事をしなかった。
「牢屋で自分の馬鹿さ加減を思い知るんだな」
シゲルは連行されるカツユキを笑って見ていた。
その顔はただでさえ不細工な顔が余計に不細工になるほど笑っていた。
「うちの損失は全部お前に補填させてやるよ!」
「……その言葉、後で後悔させてやるぞ?」
カツユキは負け惜しみにシゲルを睨みつけた。
「こっちへ来い!!」
警官は手荒くカツユキを連れて行った。
「カツユキ!」
「トモリ、安心しろ。すぐ帰って来る」
カツユキはトモリにそう言い残すだけで精いっぱいだった。
トモリは男どもに引っ張られるカツユキを見送る事しか出来なかった。
「お前は独房行きだ!」
「個室かよ結構な事だな」
カツユキは素行の悪い受刑者が入れられる房へ入れられてしまった。
普通、こう言う場合は『留置所』に入れられるものだが『拘置所』に入れられた。
それだけシゲルの権力が強いと言う事だろう。
「……汚ねぇ部屋だな」
カツユキは狭い部屋を見て一言漏らした。
特にトイレが汚くて、どうやって用を足すのか想像もできなかった。
「(これから俺はどうなるんだろうな?)」
そんな事を考えながら、カツユキは辛うじて綺麗な寝台に腰かけた。
「あなた、それでは行ってきますね」
「ああ、楽しんでおいで」
「お父さん、行ってきます!」
「ああ、お母さんの言う事をよく聞くんだよ?」
シゲルは優しい笑顔で妻と幼い息子を送り出した。
普段のシゲルとはまるで別人のようだった。
「でも、本当にいらっしゃらないんですか?」
「仕事がひと段落ついたら後から行くよ」
「お父さん、早く来てね!」
「もちろんだとも」
これからシゲルの奥さんと息子は丘にある別荘地へと出かけるのだ。
そこで家族サービスをしようとシゲルは考えていた。
シゲルも家族には甘かった。
「おい、身重の妻と小さい子供が乗ってるんだ!くれぐれも揺らすなよ!!」
「分かってますよ」
シゲルは馬車の運転手に釘を刺した。
襟首を掴むとシゲルは『普段の口調』で運転手を脅した。
シゲルの奥さんは二人目の子供を身ごもっていた。
「お父さん、何してるの?」
「ああ、運転手さんに『安全運転でよろしくね!』ってお願いしてたんだよ」
「そうなの?運転手さんお願いします」
「はい、任せて下さい」
運転手はそう言うと、馬に鞭を入れた。
「それじゃあ、カツユキを助ける方法は無いんですか!?」
「トモリさん……だっけ?気持ちはわかるがこればかりはどうしようも……」
トモリはカツユキの仲間リキヤと『カツユキを救う方法』について話していた。
カツユキは冒険者組合長シゲルと対立し、ブタ箱に入れられてしまった。
取り調べもロクにされなかったし、裁判だってほとんどなかった。
「じゃあ、カツユキを見捨てるんですか?」
「俺だって何とかしてカツユキを助けたいとは思ってるよ」
リキヤはカツユキ同様、屈強な歴戦の冒険者だった。
その身体には数えきれないほどの傷跡があり、彼が経験豊富な事を語っていた。
それが、トモリに詰め寄られて小さくなっていた。
「ただ、相手が悪すぎる」
「冒険者って命知らずの集団でしょ?何で権力に屈してるの?」
「モンスターに立ち向かうのと組合長に立ち向かうのは意味が違うんだ」
リキヤだって冒険者の端くれだから組合から依頼を受けている。
それが無くなるのは死活問題だった。
「人間の方がモンスターよりも怖い時があるんだ」
「わりと夢がない連中なんだね。冒険者って」
トモリは冷たい目でリキヤを見ていた。
リキヤだけでなく、この理不尽に立ち向かおうとしない冒険者たちを軽蔑していた。
「そう言わないでくれ。誰だってブタ箱にぶち込まれたくないんだ」
「……ハァ~」
トモリは大きなため息をこれ見よがしについた。
リキヤの主張は『命知らずの冒険者』とはとても思えないくらいへっぴり腰だった。
こんなの保身が大切な役人とそう変わらない。
「……そりゃあ、アンタからしたらどっちも変わらないとは思うが」
「あたし、子供の頃に『冒険者のお話』を何度も聞いて育ったの」
「……」
トモリは突然、思い出話を始めた。
それは、トモリが冒険者を目指すきっかけになった大切な思い出だ。
リキヤはその話を黙って聞いていた。
「冒険者は強くて勇気があってちょっとがめついところがあるけどいい奴らだって」
トモリの思い出とは有名な童話だった。
その童話に登場する冒険者は少し金に強欲で、それが原因で失敗する事もある。
しかし仲間を大切にし、困ってる人の悩みにを聞いてやるような人情家だった。
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