第16話
「お前が俺から金づるを取ったからこうなったんだろうが!?」
シゲルはひどく興奮している様子だった。
金にがめついこの男にはそれだけ今の状況が応えたのだろう。
しかし、カツユキは平静だった。
「何を言っているのかサッパリわからんな」
「しらばっくれてんじゃあねぇ!俺は知ってんだぞ!!」
シゲルの怒りはドンドン増し、スキンヘッドには血管が浮いていた。
このまま怒らせ続けたら、血管が切れて勝手に死ぬかもしれない。
そう思うくらいだった。
「何か勘違いしているようだが、俺が客にしているのは貧乏人だ」
「うるせぇ!そんなのはどうでも良いんだよ!!」
シゲルは何度もテーブルを叩いて怒りを表現した。
衝撃のあまり、テーブルの上に置かれていたペンやそろばんが跳ねた。
「お前が俺のカモを横取りしてるのは明白なんだよぉっ!」
「……」
「お前が俺の金を盗ったんだよ!この盗人!!」
「……少し落ち着いたらどうだ?」
「うるせぇ!黙ってろ!!」
「……」
もはや、誰にもシゲルを止められなかった。
シゲルは意味不明の事を喚き散らした。
「お前みたいな『★★★』が『×××』で『△△△』だからこうなったんだ!」
「(差別ワード満載じゃねぇか)」
シゲルは『言ってはいけない言葉』まで言い始めた。
カツユキは顔色一つ変えずに黙ってそれを聞いていた。
「ハァッ!ハァッ!!」
シゲルは一通り怒鳴り散らすと肩で息をした。
興奮しすぎて呼吸が荒くなっていた。
「……」
カツユキは座ったままシゲルのざまを黙って見ていた。
「……何とか言ったらどうなんだ?」
「『黙ってろ』って言ったのはお前だろ?」
「喧嘩売ってんのか!?この野郎!!」
シゲルは再び叫びだした。
「ハァーッ!ハァーッ!!」
シゲルが再び妄言を吐き始めて約10分。
やっとシゲルは大人しくなった。
「……つまり、俺に『客を取るな』と言いたいと?」
「そうだ、お前のおかげでこっちは商売あがったりなんだ」
「(あれだけ『仲介料』を取っておいてあがったりなわけないだろ!)」
「ん?お前、なんか言ったか?」
「いや、別に」
カツユキはしらを切った。
余計な事を言えば、またシゲルは怒鳴りだす。
ここはなるべく相手を刺激しないようにするのが吉だ。
「とにかく、お前はこの辺りで営業するな。どこかよそへ行け」
「……」
「おい、何で黙ってんだ?」
「もし、断ったら?」
「……何だとぉ?」
「悪いんが『どこかよそへ行け』って言われて素直に承諾するわけにはいかない」
カツユキは穏便に事を運ぶのは難しいと考え始めていた。
シゲルは強欲な男だから『妥協案』や『折衷案』は飲まないからだ。
いつも自分が上じゃないと気が済まないのだ。
「こっちにも大切な顧客が居るんだ。客は俺たちを必要としている」
「何を勝手な事を言ってやがる!あの連中はそもそも……」
「そもそもお前が切り捨てた人たちだろうが!」
カツユキは大人しく座っているのを辞めた。
テーブルの上に足を乗せてガラの悪い座り方をした。
「言っておくが俺たちが相手にしているのは『組合に助けてもらいない人たち』だ」
カツユキはシゲルの濁った眼をにらみつけた。
「ほとんどの人が相場の半額くらいしか報酬が支払えない貧乏人だ」
「それがどうした!?」
しかし、カツユキの言葉はシゲルには届かなかった。
「……何?」
「仕事に対して正当な料金を要求するのは当たり前の事だ!」
シゲルにとって仕事とは『金を得るために手段』に過ぎないのだ。
そして、依頼人は『お金を運ぶ蜜蜂』か何かだとしか考えていなかった。
「……なるほど」
カツユキは小さくため息をついた。
「……何だよ?何か言いたい事でもあるのか?」
「……俺も『仕事分の金をもらう』って点ではあんたと同じ考えだ」
「そうだろう?だから……」
「それでも『仕事にとって一番優先すべきは金だ!』とは思ってない」
「……ほう、じゃあ何だってんだよ?」
シゲルは意地悪な笑みを浮かべた。
持論に絶対な自信を持っている顔だ。
「やりがいだ」
カツユキは自分が知っている中で一番、自分の気持ちを表している言葉を使った。
「もちろん、金も必要だ。金がなくちゃ生きて行けないからな」
「……」
シゲルはカツユキの言を黙って聞いていた。
「だが、金だけじゃなくて『やりがい』が仕事には必要なんだ」
カツユキはシゲルに最後の説得を試みた。
シゲルにだって心を込めて言えば少しは伝わるとどこかで考えていた。
「やりがいがあるから『次も頑張ろう』って気持ちになるんだ」
「……っぷ!」
シゲルはたまらず噴出した。
「ぐはははは!笑わせるな!!」
シゲルは腹を抱えて大笑いした。
カツユキはその様子を少し残念そうに見ていた。
「真面目な顔して何を言うのかと思ったら『やりがい』だぁ?」
「……(やっぱりダメだったか)」
カツユキはシゲルの説得を諦めた。
「綺麗事を抜かすんじゃあねぇ!大切なのは金なんだよ!!」
シゲルの頭には『お金』以外に仕事を評価する物差しは無かった。
金になる仕事をしてそれ以外は切り捨てる。
それが全てだった。
「金をもらうから仕事をする!金がないから仕事をしない!それの何が悪い!!」
「だから『貧乏人は切り捨てる』って論理か?」
「悪いのは俺じゃあねぇ。金を持ってないやつらだ」
シゲルは一切悪びれる事無く言い切った。
「お前だって金のために冒険者やってんだろ?それがどういう心境の変化だ?」
「おれも少し前までこんな考え方はしなかった」
カツユキは以前の自分を思い出していた。
ほんの半年前までカツユキも『稼げる依頼』を優先的に受けていた。
きつくてもとにかくまとまった金が入る仕事をだ。
「だが、ある冒険者が俺に教えてくれた」
しかし、今のカツユキはちょっとだけ考え方が変わった。
お金が欲しいのは本当の事だが、それと同じくらい大切なものがあると思っていた。
仕事を無料で受けてしまうバカな冒険者と組むようになってからだ。
「金のためだけに仕事をしていても虚しくなるってな」
「……わからねぇな~」
「だろうな」
「どんなに一生懸命にしてやっても、感謝されない時っていうのはあるんだ」
シゲルは若い頃の自分を思い出しながら言った。
「連中はな『高い金を払ってるんだからこれくらいは当然だ』って思ってんだよ」
「そういう客もいるな」
カツユキもその意見には素直に同意した。
「人が命を懸けて戦ってるのに『金が無いから負けてくれ』って料金を誤魔化す」
「……そんな事もある」
カツユキも否定はしなかった。
「あんな恩知らずで無責任で恥知らず共を助ける事に『やりがい』だと?」
「……」
カツユキは何も言わなかったし言えなかった。
「笑わせるな!!」
シゲルは胸糞の悪い思いで一杯だった。
『仕事なんて金がすべてだ。金を払わないヤツは客じゃない』
彼の金に対する執着は責任感や正義感が腐った結果だったのだ。
「……俺も『あんたも元冒険者だからわかってくれる』と思っていた」
カツユキはシゲルの語った『仕事の現実』を噛みしめていた。
シゲルの言った事はおそらくすべて現実だし、真実だろう。
彼が『醜い金の亡者』になってしまったのは彼一人の責任ではない。
「だが、あんたは『手放して』しまった」
しかし現実を教えられてもなお、カツユキの意思は変わらなかった。
赤い髪の相棒に教えられた『現実的に見るとバカバカしい意思』がカツユキは持っていた。
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