第10話

「噂を聞いたんです」

「噂?」

 カツユキは男性から事情を聴く事にした。

 自分たちが知らないところで何が起こっているのか知る必要があった。

「はい『組合では引き受けられないような依頼を受けてくれる冒険者が居る』と」

「それが俺たちと言うわけか?」

「はい。行商人から聞いた噂では『カツユキ』と言う冒険者だと……」

「行商人……なるほどね」

 そこまで聴いてカツユキは納得がいった。

「どうかしたの?カツユキ」

「どうやら俺たちは少しずつ名が売れ始めているらしい」

 カツユキはトモリに『なぜ男性が自分たちの事を知っているのか』を説明した。

「俺はこれまで、いくつかの依頼を組合を通さずに引き受けた」

 カツユキが組合で『登録抹消』になったのはそのせいだった。

 カツユキが勝手に依頼を引き受けたせいで組合に入るはずだったお金が入らないのだ。

 だから、カツユキは『お前はもういらん』と言われてしまったのだ。

「組合を通せば審査や手続きに何日も時間がとられる案件も俺がその場で判断した」

 仮に、審査されても引き受けてもらえない依頼もある。

 以前、依頼を引き受けた『ルミ』もそうだった。

「その人たちがカツユキの噂を流してるって事?」

「ああ、そう言うわけだ」

「やったじゃん!カツユキ」

 トモリはカツユキが今までやって来た事の芽が出たと素直に喜んでくれた。

 しかし、カツユキは素直には喜べない様子だった。

「ただ……」

「ただ?」

「一部、誇張も含まれてるみたいだがな……」

 カツユキはそう言いながら、依頼主の男性を見た。

 男性は依頼料を持っている様子だったが、相場からするとずいぶん少ない様子だった。

 行商人たちが勝手に話を誇張して

『相場の半額で引き受けてくれる冒険者が居る』

 と吹聴して回ったせいだ。

 もちろん、依頼主から名指しで仕事を持って来てもらうのは嬉しい事だ。

 しかし、カツユキはお金のために仕事をしているのだからこれには少し不満だった。


 しかし、トモリは違った。

「それでも良いじゃん!」

「は?」

 カツユキは『何が良い』のかわからなかった。

 カツユキとしてはもっとお金になる仕事がしたいからだ。

「それって『カツユキならやってくれる』ってみんなが頼りにしてるって事でしょ?」

「……まぁ、そう言えなくもないが」

「(正直、買い叩かれてるようにも見えるがな)」

 カツユキは心の中にその言葉をしまい込んだ。

 依頼人の前でそんなセリフは言えなかった。

「それってすごい事だと思う!」

「……どうしてだ?」

 トモリは目を輝かせてカツユキを見ていた。

 その眼には『尊敬』とか『憧れ』とかがあった。

「だってフリーランスの冒険者ってカツユキだけじゃないでしょ?」

「ああ、多くはないが……」

「それなのに『カツユキだから頼んでる』ってすごくない?」

 初めてトモリと出会った時は彼女はカツユキに対して

『困ってる人からお金を取るなんて!』

 と言ったが、今はずいぶん態度が変わった。

「わざわざカツユキを探して遠いところから来てくれたんだよ?この人は!」

「まぁ、確かにそうだな」

 カツユキはそこまで考えが至らなかった。

 依頼主の足元を見ると、男性はボロボロの草履を履いていた。

 ここまで長い道のりをずっと歩いてきたのだろう。

「トモリ」

「ん?何?」

「俺が間違っていた」

 カツユキは大切な事に気付かせてくれたトモリに頭を下げた。

「え?どうして頭なんか下げるの?」

 トモリはカツユキから謝られる理由がわからなかった。

 カツユキは依頼人に向き直った。

「で?今回は何の依頼を持って来たんだ?」

 カツユキは気持ちを新たにして依頼を引き受けることにした。


「今回の依頼は楽そうだね?」

 トモリは仕事の準備をしながらカツユキに話しかけた。

 男性から依頼されたのは『黄色い群れの討伐』だった。

 黄色い群れとは蒼い群れの亜種で乾燥地帯によく住む中型のモンスターだ。

「……楽な仕事とは限らんぞ?」

「どうして?」

 カツユキはトモリとは対照的に念入りに準備をしている。

 カツユキはこの依頼に引っかかるものがあった。

「黄色い群れが住む場所は砂漠が多いから暑さ対策が必須だ」

「うん、だから『クーラードリンク』用意してるんでしょ?」

 トモリはアルミ缶くらいの大きさの瓶を指さした。

 その瓶には『クーラードリンク』と呼ばれる薬剤が入っていた。

 これを飲むと加護が身について暑さに強くなるのだ。

「それだけじゃない」

「何で?」

「黄色い群れは爪や牙に麻痺毒を持ってるんだ」

「麻痺?」

「そうだ。殺傷能力こそないが、身体がしびれてる間に囲まれて死ぬヤツも居る」

「なるほど、カツユキが心配してるのはそこか」

「いいや、そこじゃあない」

「え?」

 カツユキは荷物を詰め込む手を止めた。

 そして、トモリの方を見て言った。

「あのおっさん『大きいやつが居る』って言ってただろ?」

『大きいやつ』とは黄色い群れに時折存在するボス格の事だ。

 体長が五メートルにもなる中型のモンスターで毒も強い。

 これが居るのと居ないのとでは、依頼の難易度が変わった。

「そんなに怖いヤツなの?大きいやつって」

「一頭ならそこまで難しい話じゃあない」

「……一頭なら?」

 トモリはその言葉を聞いてカツユキが何を言おうとしているのか分かった。

「カツユキ、それってもしかしてもう一頭居るって事?」

 カツユキの答えはトモリが予想している通りだった。

「この時期、大きいやつは『つがい』で行動している事が多い」


「……暑い」

 カツユキとトモリは東の村を目指していた。

 刺すような日光が二人に降り注いだ。

 額には玉のような汗が浮かんでいた。

「……ねぇ、カツユキ。もうクーラードリンク飲んでも良い?」

「ダメだ。今から飲んでたら仕事の時に足りなくなる」

「え~~」

「良いから足を動かせ」

 そんなやり取りを続けながら、二人は乾燥地帯を進んだ。

 次第に草木は減っていき、砂や岩が視界に入るようになっていった。

「カツユキ見て『描人』だよ」

 トモリが指さした方向を見ると身長一メートル弱くらいの二足歩行する猫が居た。

 彼らは『描人』と呼ばれるモンスターで砂漠地帯などに住んでいる。

「ちょっと道を訊いてみるか」

 カツユキは描人に近づいて話しかける事にした。

「やあ冒険者の旦那!いい品がそろってるよ!!」

「そうだな。少し見せてもらえるか?」

 カツユキたちは描人に案内されて岩陰の方へと連れていかれた。

 描人は過ごしやすい場所を見つける名人だった。

「これはどうだい?爆弾の材料になる樽だよ!」

 描人に案内された場所には仲間の描人が何匹も居た。

 そこでさっき客引きをしていた描人は営業を開始した。

「クーラードリンクの材料はあるか?」

「ドリンクの材料?だったら『氷結晶』があるよ!」

「いくらだ?」

「旦那は男前だからちょっと安くして……一両かな?」

「全然安くねぇよ!相場はその半額だぞ?」

「この辺りで氷結晶を見つけるのは大変なんだよ」

「どうせ安定して採れる場所があるくせに」

「旦那、頼むよ~。おいらもカカアとガキどもに食わせなくちゃいけないんだ」

「……なら『オアシスの場所』を教えてくれたら三分で買ってやる」

「しょうがないにゃあ……いいよ」

 こうしてカツユキは三分と言う安くない買い物で命の泉を教えてもらった。

 これで水が補給できる。

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