第7話

「ああ、どうした?」

「お二人ともお疲れでしょうから、ぜひうちの温泉に入って言って下さい」

「ここ、温泉があるの?」

「はい、先祖代々伝わる『秘湯』でございます」

「よし、それじゃ入らせてもらうか」

 カツユキとトモリは男性に温泉へと案内された。


「ふぅ~~、やっぱり一仕事終わった後の風呂は格別だな」

 カツユキは集落の近くに掘られた温泉に入っていた。

 温泉は乳白色でサラサラのお湯だった。

「ん?」

 カツユキは温泉に立て札がある事に気が付いた。

「(美人の湯?)」

 立て札には確かにそう書いてある。

「何の事やら」

 そんな風に考えながら、カツユキは夜空を見上げた。

 すると、脱衣所の方から足音が聞こえて来た。

「(そう言えばあの時も、こんな感じにルミが入って来たなぁ)」

 カツユキはルミに背中を流してもらった時の事を思い出していた。

「(あの時は本当にびっくりしたな)」

 カツユキがぼんやりとそんな事を考えていたら。

「カツユキ」

 後ろからトモリの声がした。

「のぉあっ!」

 カツユキは驚きのあまり変な声を出してしまった。

「何でお前が入って来るんだよ!?」

「仕方ないでしょ!ここでは混浴が普通らしいから」

「何で毎回こうなるんだ!?」

 カツユキは自分の運命を呪った。


「こっち見たら殺すから!」

「分かってるよ!」

 カツユキとトモリは背中合わせで湯につかる事にした。

 しかし、カツユキの目には一瞬だけ見えたトモリの身体が焼き付いていた。


「(女の冒険者ってあんな感じなのか)」

 トモリの身体はかなり鍛えられていた。

 そして、同時に無駄な肉はとことんそぎ落としてあった

 チーターのような美しさがあった。

「……カツユキ?」

「え?あ、どうした?」

「……アンタあたしの裸を考えてたでしょ?」

「違う!今後の事を考えてたんだ!」

「……本当?」

「当たり前だろ!」

「……ふぅん」

 トモリは含みのある反応をした。

 多分、信じていないのだろう。

「カツユキはこれからどうするつもりなの?」

「とりあえず、近隣の村や集落を巡って見るつもりだ」

「温泉のために?」

「違う『仕事は無いか?』と訊いて回るんだ」

 カツユキは自分がつい最近、組合から登録抹消になった事を明かした。

 そのせいで、正規の依頼が受けられない事も。

「だから『予算の都合で組合に依頼できない人』が居ないか訊いて回るんだ」

「なるほど」

 それを聴いてトモリは少し考えていたが

「あたしもそれに同行しても良い?」

 と言ってきた。

「あ?」

「だってそれって『困ってる人を助けて回る』って事でしょ?」

「……確かにそう言えない事も無いが」

「だったらあたしも手伝う!」

「お前本気か?」

「あたし、いつでも本気だよ」

「……確かに」

 カツユキはお金の事を含めて色々と考えてみたが

「分かった。お前もついてこい」

 トモリを仲間に加える事にした。


 カツユキは風呂から上がって服を着た。

 トモリは先に出した。

 そうすれば、トモリの裸を見なくて済むからだ。

「ああ~、良い湯だった」

 カツユキが脱衣所から出たら赤い髪の女性が一人立っていた。

「(誰だろう?)」

 カツユキはその女性の顔に見覚えがなかった。

 女性は端的に言って美人だった。

「カツユキ」

 女性がカツユキに話しかけてきた。

 カツユキはその女性の声に聞き覚えがあった。

「お前、トモリか!?」

「そうだよ?何言ってるの?」

「お前、自分の顔を見ろ!」

 カツユキはトモリに水鏡で顔を確認させた。

「え?なにこれ?」

 トモリは水鏡を見て驚いた。

 見た事がないきれいな女性が自分を見返していたからだ。

 トモリは別人のような顔になっていたのだ。

「お前、何かしたのか?」

 カツユキはトモリに訊いてみた。

「何もしてないよ。温泉から上がってずっとカツユキの事を待ってただけだよ?」

 トモリにも何が何なのか見当もつかなかった。

 しかし、カツユキは気づいた。

「『美人の湯』に入ったからか?」

「え?何それ」

「温泉に書いてあったんだ『美人の湯』って」

「カツユキ、字が読めるの?」

「え?あ、ああ」

「どこで習ったの?」

「そんな事よりお前の顔だ」

 カツユキは誤魔化すようにトモリを連れて温泉を管理している人の元へと言った。

「はい、うちの湯に入った方は皆美人になります」

 管理人はさも当然のように答えた。


「俺は『美人の湯』とか言うからてっきり『美肌の湯』かと」

「それでしたら『美肌の湯』と書きますから」

「まさかそんな『加護』がある温泉が存在するとは……」

「カツユキ、あたしどうしたら良い?」

「……そのままで良いんじゃないか?」

「(どうせ一緒に居るなら、美人の方が良いしな)」

「え~~」

 カツユキは別人のような顔になったトモリと共に営業活動を開始した。


「近頃、モンスターの被害に遭ってはいませんか?」

 トモリは村人に声を掛けた。

「昔はこの辺りもモンスターが出たらしいけど、最近は聞かないねぇ」

 壺を頭に乗せた女性はトモリにそう教えてくれた。

 村はのどかで、とてもモンスターの被害に遭っているようには見えなかった。

 カツユキたちも村に入った時からそれは感じていた。

「そうですか……ありがとうございました」

 トモリはおじぎをすると村人から離れて行った。

「これで三件目か」

 トモリとカツユキが手を組んでから三週間が経とうとしていた。

 その間、二人はあちこちの村や集落に出掛けて依頼が無いか訊ねて回った。

 しかし、なかなか仕事にありつけないでいた。

「(組合員だった頃はいつでも仕事があったんだがなぁ)」

 カツユキは地図を見ながらそんな事を考えていた。

 フリーランスは自分のルール、自分のペースで仕事が出来る点が最大の魅力だ。

 しかし、それは同時に『安定』を犠牲にしていた。

「カツユキ」

「どうだった?トモリ」

「この辺で一番近いのは東の集落だって」

「東……沼地があるあたりだな」

「どうする?行ってみる?」

「当然だろう」

 カツユキは口ではそう言ったが、本当はあまり乗り気ではなかった。

 なぜなら沼地には冒険者から嫌われている『毒怪鳥』が出るからだ。

 カツユキは毒怪鳥が大嫌いだった。

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