第6話

 そう思ったらカツユキは説教せずにいられなかった。

「お前の方こそプロとして恥ずかしくないのか?」

「何ですって!?」

「俺たちは慈善事業じゃない。仕事なんだ」

 カツユキはトモリに説明した。

 依頼主に生活があるように自分たちにも生活がある事。

 生活していくにはお金が必要な事。

 お金が入らない事は『仕事』とは呼べない事。

「じゃあ、生活が苦しい人からお金をとっても良いって事!?」

「それが仕事として冒険者をするって事だからな」

「そんなの納得できない!」

 トモリはカツユキの意見を聞き入れなかった。

 トモリは怒って出て行ってしまった。

「……手に負えねぇな」

 カツユキはため息を吐いた。

 カツユキの目にはトモリはプロに成り切れていないように映った。

 彼にはトモリがとても危うく見えた。


「カツユキさん!大変です!」

「どうした!?」

 まだ暗い時間にカツユキは叩き起こされた。

 明朝、仕事を始めるつもりだったカツユキにとってこれは寝耳に水だった。

「トモリさんが……」

「あのバカ!」

 何とトモリが一人で討伐に出発してしまったのだ。

 カツユキにはトモリの考えがすぐに分かった。

「自分一人で討伐して俺に払う報酬を減らすつもりだな」

 カツユキは大急ぎで身支度を始めた。

 今回のカツユキは獣の毛皮で出来た鎧を身にまとった。

 この鎧は『聴覚を研ぎ澄ます加護』が発動するのだ。

「死ぬんじゃねぇぞ」

 カツユキは大刀と荷物を背負うとトモリの後を追った。

 優れた聴力がトモリの居場所を教えてくれる。

「結構、先に進んでるな」


「てやぁっ!」

 トモリの突きが赤い怪鳥に突き刺さった。

 だが、怪鳥になかなか致命傷を与えられずにいる。

 怪鳥がすぐに飛んでしまうのだ。

「クソっ!降りて来い!」

 トモリは怪鳥に怒鳴りつけたが怪鳥が降りて来るわけがない。

 『やまびこ』となって反響するだけだった。

 トモリは奥歯をかみしめた。

「手間取ってたら『アイツ』が来ちゃうじゃない」

 トモリは何としてでも一人で怪鳥を仕留めたかった。

 自分が一人で仕留めればカツユキに報酬は支払われない。

 そうすれば、依頼人の財布は痛まない。

「クエェェェエエエーーー」

 怪鳥が空から急降下してトモリに襲い掛かった。

 トモリは巨大なタワーシールドでそれを受け止めた。

 この高い防御力がランサーの強みだ。

「ぐ……っ!」

 しかし、トモリは攻撃を防ぐのが精一杯で反撃がなかなか出来ない。

 体重差があり過ぎるのだ。

「手こずってるようだな、手を貸そう」

 トモリの背後からカツユキの声が聞こえた。

 カツユキがトモリに追いついたのだ。

「アンタなんかに助けられたくない」

 トモリはカツユキに手出ししないように言った。

 しかし、怪鳥がカツユキに襲い掛かった。

「俺たちがしなくちゃいけないのは意地の張り合いじゃなくてコイツを倒す事だろ?」

 カツユキは怪鳥の攻撃を回避すると地面に細工をした。

 カツユキがずっと背負っていた『荷物』が役に立つ時が来たのだ。

「赤い怪鳥は確かに飛ぶが、ずっと飛んでられるわけじゃない」

 カツユキの言った通り、怪鳥は疲れて着地した。

 その次の瞬間、怪鳥が地面に埋まった。

 カツユキが『モンスター用落とし穴』を設置していたのだ

「よし!後は一気に片づけるだけだ」

 カツユキとトモリは槍と大刀を思う存分怪鳥に叩き込んだ。


 カツユキとトモリが怪鳥を討伐した夜。

「……」

 トモリは焚き木を眺めながらぼんやりと考えていた。

「(結局、何も出来なかった)」

 自分一人では怪鳥を倒せなかっただろう。

 結局、カツユキには報酬が支払われた。

「(あたし、何してんだろう?)」

 トモリは落ち込んでいた。

「こんなところで何してんだ?」

「……アンタか。何だって良いでしょ?」

「当ててやろうか?『自分は何も出来なかった』ってへこんでるだろう?」

「うるさい。アンタこそ何しに来たのよ?」

「これを渡そうと思ってお前を探してたんだ」

 そう言うとカツユキは革袋をトモリに見せた。

「それは?」

「報酬の半分だ」

「要らないって言ってるでしょ」

「そう言うな。金を受け取るのはプロとして恥ずかしい事じゃない」

 カツユキはトモリの隣に腰を下ろした。

「どうして?」

「責任を負うと言う事だからな」

「あたしが遊びでやってるって言いたいの!?」

「そうじゃあない。客を安心させる意味もあるって言いたいんだ」

「……どう言う事?」

「命がけの仕事を金をとらずに引き受けようとすれば客は警戒するんだ」

「なんでよ」

「金より大切なものをとられるかも知れないって思うからだ」

「そんな事しないよ!」

「お前はそうかもな。だが、客は『只より高い物はない』と思うんだ」

「……」

 トモリの脳裏に以前依頼人の一人に言われた言葉がよぎった。

「経験無いか?客から依頼を取り下げられた事が」

「……ある。何か怖いからって言われた」

「そうだろ?だから金をとるのはお互いの為でもあるんだ」


「……」

 トモリは下を向いてしまった。

 自分がして来た事は間違いだらけだったと思ってしまったのだ。

「そう落ち込むな」

 カツユキはトモリに再び革袋を差し出した。

 トモリが受け取ればカツユキの取り分は半分の十九両くらいになってしまう。

 それでもカツユキはトモリが半分は受け取るべきだと考えていた。

「……やっぱりそのお金は受け取れない」

「どうしてだ?」

「あたし、何もしてない」

「そんな事は無いさ。お前は立派にやった」

「だって結局倒したのはアンタじゃん」

「ただ『止めを刺した』って言うだけだ」

「落とし穴だってアンタが用意したじゃん」

「落とし穴が役に立ったのはお前のおかげだ」

「……どう言う事?」

「怪鳥には飛翔能力があるから疲れさせないと落とし穴が効かないんだ」

「あたしが疲れさせたって言いたいの?」

「だってそうだろ?お前は俺が駆け付けるまでずっと怪鳥と戦ってた」

「だから『報酬を受け取れ』って言うの?」

「それがお前の責任だ」

「責任……か」

 トモリは革袋を受け取った。

 革袋の中のコインがジャラジャラと鳴った。

「……重いね」

「当然だ。命を張ってるんだからな」

「……あたし、アンタの事誤解してたみたい」

「カツユキだ」

「え?」

「『アンタ』じゃあない」

「それじゃあ、ありがとうカツユキ」

「おう、トモリもお疲れさん」

 トモリとカツユキは『フィスト・バンプ』を交わした。

「トモリさん、カツユキさん」

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