第8話
「ぜひともあの憎い『毒怪鳥』を討伐して下さい!」
「(……やっぱり)」
集落の代表者に言われてカツユキは『げんなり』した。
集落を見つけた時からカツユキは半分覚悟していた。
しかし、心の中でわずかな希望にかけて
「(毒怪鳥じゃありませんように!)」
と祈っていた。
しかし、カツユキの祈りは無情にも無駄に終わった。
「あの毒怪鳥のせいで私共は安心して眠る事が出来ないのです!」
依頼人は目の端に涙を浮かべていた。
「あ、あの……申し訳ないが……」
カツユキが依頼を断ろうとした時
「任せて下さい!」
トモリが依頼を引き受けてしまった。
「マジかっ!?」
カツユキは思わず口に出してしまった。
「だって、こんなに困ってるんだよ?放っておけないよ!」
トモリの目には『正義の炎』が宿っていた。
カツユキは思い出した。
トモリは『金もうけ』ではなく『困っている人を助ける』ために仕事しているのだ。
「ありがとうございます!ありがとうございます!!」
依頼人は何度も頭を下げた。
こんなに喜ばれてしまってはいくらカツユキでも
「やっぱりこの件は無かった事に」
なんて言い出せない。
せいぜいカツユキに言える事は
「それでは、報酬はいくらほどですか?」
だけだった。
「お前、随分やる気だな?」
カツユキは毒怪鳥討伐の準備をするトモリに声を掛けた。
「だって、久しぶりにやりがいのありそうな仕事が来たんだよ?」
「お前、毒怪鳥を討伐した経験は?」
「無いっ!」
「だと思った」
「それ、どういう意味?」
「毒怪鳥と戦ったことがあるヤツなら、そんな反応はしない」
「?」
トモリにはカツユキの言っている意味が分からなかった。
首をかしげているトモリにカツユキは毒怪鳥について説明する事にした。
「毒怪鳥って言うのは冒険者の間では嫌われ者なんだ」
「どうして?」
「まず、結構でかいんだ」
「赤い怪鳥くらい?」
「その一回りくらいだ」
「それが毒を吐くの?」
「そうだ。毒をまき散らしながら走り回るんだ」
「飛ばないの?」
「一応、飛べるがあんまり得意じゃないらしい」
「……ふ~ん」
「お前、今『案外簡単そうだな』って思っただろう?」
「うん」
「毒怪鳥の面倒くさいところはそれだけじゃないんだ」
「ほかにどんなところがあるの?」
「人の荷物を盗みやがる」
「え?モンスターなのに?」
「そうだ。俺なんかせっかく用意した解毒剤を盗まれた事がある」
「そんなのどうやって倒すの?」
「毒怪鳥は熱に弱い。だから炎属性の武器を使う」
「この間倒した赤い怪鳥を素材にするんだね?」
「そう言う事だ」
カツユキとトモリは集落から一回町に戻って装備を整える事にした。
冒険者は組合に入っていなくても武器屋を利用できる。
武器屋は組合の管轄ではないからだ。
「そうだなぁ、俺はこの『軍鶏』にするか」
「それ、炎属性じゃないよ?」
「炎属性はお前の槍につけるんだ」
「え?」
装備を整えた二人は沼地へと向かった。
カツユキは以前使った『赤い鱗で覆われた鎧』を身に着けていた。
この鎧は毒を無効化する加護が発動するのだ。
「今回は落とし穴を使わないの?」
トモリはカツユキに訊ねた。
カツユキは以前『赤い怪鳥』と戦った時に落とし穴を使用した。
しかし、今回のカツユキはその時に比べて軽装だ。
「沼地では落とし穴はあまり役に立たないんだ」
「どうして?」
「落とし穴は地面がぬかるんでると設置できないからだ」
「なるほど」
「お前、落とし穴使ったことないのか?」
「……お金がなくて」
「(ただで仕事なんか受けてるからだろ!)」
カツユキはそう思ったが口には出さなかった。
代わりに
「まあ、これから少しずつ学んでいけばいいさ」
とだけ言った。
「どうしてこんなところに隠れてるの?」
トモリは木陰に隠れるカツユキに訊ねた。
沼地に侵入して『毒怪鳥』を探すと思っていたトモリは拍子抜けした。
カツユキはトモリの方を振り向かずに答えた。
「毒怪鳥は縄張りの中を周回するんだ。だから、歩き回るより待った方が効果的なんだ」
「ここはもう毒怪鳥の縄張りなの?」
「ああ、さっき『ペリット』を見つけたからな」
ペリットとは鳥類が吐き出す未消化物の塊だ。
消化物の塊の糞とは正反対で口から出てくる。
「じゃあ、ここで待ってたら来るって事?」
「その可能性は高い」
カツユキたちはそこで獲物が現れるのを待った。
沼地は変な臭いが立ち込めていて不快だった。
しかも、いつ対象が現れるかもわからないから動き回る事もできない。
トモリはカツユキがこの依頼を渋った理由が分かった。
「来たぞ!」
カツユキの言葉と同時に大きな足音が聞こえてきた。
足音は近づいてきて、やがて霧の中から巨大なモンスターが現れた。
「(あれが、毒怪鳥)」
トモリは心の中でそう思った。
毒怪鳥は全身灰色の奇妙な鳥だった。
赤い怪鳥と比べて、脚も胴も首も太かった。
「……」
カツユキは毒怪鳥の姿を黙って見ていた。
「カツユキ、カツユキ」
トモリは小さな声でカツユキに話しかけた。
「何だ?」
「どうして仕掛けないの?」
「今仕掛けたら正面から攻撃する事になる」
カツユキはトモリに毒怪鳥に気づかれないように説明した。
狩りの基本は『いかに卑怯になれるか』だと。
だから、後ろから攻撃するなんて基本中の基本だとも説明した。
「……なるほど」
トモリはカツユキの説明に納得した。
今まで、トモリに『冒険者としての心得』を教えてくれる人は誰もいなかった。
冒険者には養成機関などないのだ。
「そろそろ仕掛けるぞ!」
カツユキは説明をそこそこに背中の大刀に手を掛けた。
毒怪鳥が無防備にも背中を見せたのだ。
仕掛けるなら、絶好のチャンスだ。
「ヤツの鞭みたいな尻尾には気をつけろよ?」
「わかった!」
「よし、三・二・一で仕掛けるぞ?」
「いつでも良いよ」
トモリも槍を構えて突進体勢をとった。
突進攻撃はランサーの得意な攻撃方法だ。
しかし、その分だけ隙も大きいから使うタイミングが難しかった。
「でも、今なら心置きなく使える」
トモリはカツユキの合図を待った。
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