第4話

 それは卵だ。

「(これだけの規模の群れなら卵が無い方が不思議なんだ)」

 モンスターたちは卵を囲むようにして寝ている。

 数はおよそ十四頭。

 さっき見つけた個体を含めると十七頭だ。

「(村長の言ったとおりだな)」

 カツユキは背中の大刀に手を掛けた。

 刃渡りが二メートルもあるそれはカツユキの相棒だった。

 これでいくつもの死線をくぐって来た。

「(探すのに少し時間を喰っちまったな)」

 太陽はすっかり顔を出し、モンスターの身体を温め始めていた。

 もう時間が無いのだ。

「オラァァァアアア!!!」

 カツユキは茂みから飛び出すと卵に一直線に突進した。

 そして、勢いそのままに大刀を卵に叩き付けた。

 辺りに『黄身』が飛び散った。

「!?」

 モンスターたちは目を覚ました。

 カツユキは最初に卵を攻撃した。

 完全にモンスターに囲まれていた。

「かかってこいやぁ!」

 卵を殲滅したカツユキはモンスターの群れに挑んだ。

 相手はまだ本調子ではない。

 時間との勝負だった。


「でやぁぁぁあああ!!!」

 カツユキは大刀を振り回してモンスターの首をはねて回った。

 大刀を使えばこれくらいの芸当は訳無い。

 しかし

「のあっ!」

 モンスターの一体がカツユキに跳びかかった。

 とっさにカツユキは大刀を盾にしてモンスターの攻撃を防いだ。

 相手だって黙って殺されてくれるはずがない。

 命のやり取りなのだ。


「えやぁぁぁあああ!!!」

 カツユキはモンスターと必死に戦った。

 モンスターを一頭、また一頭と屠った。

 身体に生傷を作りながら。

「(よし!あともう少しだ!!)」

 モンスターとカツユキの死闘は壮絶なものだった。

 しかし、カツユキは銀等級の冒険者だ。

 それくらいの戦いは何度も経験している。


「……ふぅ~~~」

 カツユキは全てのモンスターを討伐した。

 辺り一面、モンスターの死体だらけだった。

 カツユキも血まみれだった。

「……熱っちい」

 身体が火照って汗が止まらない。

 汗と血の臭い鼻の穴から入って来る。

 一秒でも早く風呂に入りたかった。


「カツユキさん!」

 村に戻ったカツユキを少年が出迎えた。

 少年はカツユキの姿を見て絶句した。

 カツユキは傷だらけで返り血まみれだった。

「終わったよ。全部」

 カツユキは少年にそう告げた。

 モンスターを討伐した後、カツユキは確認作業をしていた、

 モンスターがもう一頭も残っていないかの確認作業だ。

 おかげで村にたどり着いたのは夕方になってしまった。

「冒険者どの!?」

「村長、安心して下さい。全て終わりました」

 カツユキは駆け寄って来た老婆に報告した。

 モンスターは全て討伐した事も、卵も全て処分した事も。

「さぞお疲れでしょう、何もない村ですがゆっくりと湯につかって下さい」

 村長は少年に言ってカツユキを温泉へと案内した。

 やっと風呂に入れるのだ。


「ふぅ~~。極楽極楽」

 カツユキは温泉に入っていた。

 この温泉は昨日は入れなかったがカツユキのおかげで使えるようになった。

 カツユキがモンスターを討伐したからだ。

「ん?」

 カツユキは不思議な事に気が付いた。

 温泉の湯が傷に染みないのだ。

 カツユキはモンスターとの戦いであちこちに傷が出来ているはずなのに。

「傷が治ってる」

 カツユキは怪我したはずの腕を見た。

 そこにはかつて出来た古い傷痕しかなかった。

 今日出来たはずの傷が跡形もなく消えているのだ。

「どう言う事だ?」

 カツユキは全身を見たが傷がすべて消えていた。

「ここの温泉は傷に良く効くんです」

 カツユキの後ろから少年の声がした。

「聴いた事がある。一部の食べ物や温泉には『加護の力』があると……」

 カツユキは後ろを振り向いた。

「な!」

 しかし、カツユキは次の瞬間少年から視線をそらした。

「お、お前。女だったのか!?」

 少年の身体には男性器は無く、小さいながら女性特有のふくらみがあった。

 カツユキは少年を、いや少女をずっと男だと思って接していた。

「なんで女のお前が入って来てるんだ!?」

「……その……足りない報酬の分を穴埋めしようと思って」

 カツユキにだってその言葉の意味が分かる。

 少女は身体で足りない報酬を支払おうとしているのだ。

「そんなのは要らん!早く服を着ろ!!」

 しかし、そんな事を言われてもカツユキだって困る。

 別にカツユキは女性を抱きたくて依頼を受けた訳ではないからだ。

 当面のお金が欲しかっただけだ。

「で、でもそれじゃ気が済まないんです!」

 しかし、少女も引き下がらなかった。

 少女は村を救ってくれたカツユキに何かお礼がしたかった。


「痛いところはありませんか?」

「無い。むしろくすぐったいくらいだ」

 カツユキと少女は折衷案を出した。

 少女がカツユキの背中を洗うと言う事で一応、互いに納得した。

 少女はへちまでカツユキの背中を洗う。

「カツユキさんの背中ってすごいですね」

「何がだ?」

 カツユキはなるべく後ろを見ないようにした。

 確かに少女は胸が大きいわけでもお尻が立派なわけでもない。

 しかし、それでも『若い女性の裸体』と言うのはドキドキした。

「傷だらけでしかも大きいです」

「冒険者ならこれくらいは普通だ」

 カツユキはそんな事を言ったが実際カツユキの身体は傷だらけだった。

 冒険者自体が死と隣り合わせの商売な事もある。

 だが、それを差し引いてもカツユキの身体には『勲章』が刻まれていた。

「冒険者様、湯加減はいかがですか?」

「村長か?いい湯だよ」

 脱衣場から村長の声が聞こえたからカツユキは特に何も考えずに返事をした。

 しかし、村長は次の瞬間とんでもない事を言った。

「そうですか……では、私もご一緒させていただくとしましょう」

「何……だと……!?」

 湯気の中でピタピタと足音が聞こえた。

 老婆が歩いてくる音だ。

「入って来るな!今、ここは男湯だぞ!?」

「そう遠慮する事はございません。私もまだまだ若い者には負けません」

 その言葉を聞いてカツユキは血の気が引いた。

 村長の今のセリフはカツユキにサービスすると言う意味だ。

 大人のサービスを。

「そんな気遣いは要らん!帰れ!!」

「そうおっしゃらずに。私の気の済むようにさせて下さい」

 村長の歩みは止まらない。

 やがて湯気の中から全裸の村長が現れた。

 カツユキには今まで戦ったどのモンスターよりも恐ろしく見えた。

 村長と少女の目が合った。

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