4.一人と二匹のちっちゃくておっきな冒険
「・・・・・・ねこむかでさんかい?」
「よかった。ふたりともぶじだったんだね」
「ねこむかでさんも、無事で良かった」
ボクの手に、暖かな温度が触れた。不安で頑なになっていた心が一気に解けていく。じわ、と涙が溢れる感覚がする。
「ないてるの?」
ボクは腕で強く目元を擦った。まだ泣いている暇はない。この洞窟から脱出しないと。
「大丈夫。平気だよ。それよりもこれから先、どうしたらいいのかな?」
「んとねー、ちょっとこまったことになっちゃって・・・・・・」
ねこむかでさんはもごもごと話し始める。
「でぐちの前にね、あのおっきなカゲさんがいるの」
「え」
「おっきなカゲさんをどかさないとかえれないの・・・・・・」
暗闇の中だとボクではカゲさんを視認できないが、この先にある出口の前であの巨大なカゲさんが待ち受けているらしい。どうにかしてカゲさんを退散させなければボクたちはそこへはいけない。自然と離れるのも手だが、他のカゲさんに見つかる可能性もあった。
「出口はどうなってるの?」
「あのね、ドアがあるの。『かぎ』はついてないよ。だからあけたらかえれるんだけど・・・・・・どいてくれないみたい」
カゲさんたちはこちらの話を聞いてくれる様子ではない。ならどうしたらこの現状を突破できるのか。そのとき、ボクの身体に当たって洋燈が揺れた・・・・・・。洋燈?
「・・・・・・ねえ、ねこむかでさん」
「なあに?」
「灯りを点けるとカゲさんに見つかりやすいって言ってたよね?」
ボクは恐ろしいことを考えている。とても勇気が必要な、恐ろしいことを。けれどこれしか方法がない気がしていた。
「ボクがこの洋燈でカゲさんを引きつけるから、その間にねこむかでさんはドアを開けて待っていてほしいんだ」
そう言うと、ねこむかでさんは心配する前に、耳を立てて手を小さく叩いた。
「すごいー! キミさん、あたまいい!」
やっぱりこの子は大分呑気だ。ボクが提案した方法は、命の危険性が高まるものだ。だけれど今はこれでいい。今のボクには心配より、ちょっとの勇気が欲しかった。
「うちゅーじんさんをつれてくといいよ! でぐちまでおしえてくれるから」
『ぴ!』
「ありがとう、二人とも。それじゃあいっせーので出るよ」
ボクたちは小さな声で「いっせーの!」と声を出した。物陰から飛び出し、洋燈で道の先を照らす。
両扉の前に先程の巨大なカゲさんがいた。洞窟に両扉もへんてこな造りだが、今はそんなこと言ってられない。巨大なカゲさんの頭は洞窟の天井につきそうなほど高い位置にあった。三メートルくらいだろうか。あまりの大きさと恐怖で、思わず息をのんだ。足が震えそうだったが、ボクは踵を返し、うちゅーじんさんを肩に乗せて走った。
「こっちだ! ついてこい!」
巨大なカゲさんは、泥のような雄叫びを出しながらボクたちに近づいてくる。身体が大きい分足は鈍いらしく、時折後ろを確認しながら適切な距離を保たなければならなかった。心臓がバクバクと跳ねる。カゲさんは、時折呪詛を吐き散らしながらボクたちを追ってきた。
『赦さない赦さない赦さない赦さない赦さない赦さない赦さない赦さない赦さない赦さない赦さない赦さないイイィィィイイアアアアアア』
なにか許せないことがあるのだろう。カゲさんは首元を掻きむしって悶えていた。その尋常でない様子に、心配より恐怖の方が勝っていた。ねこむかでさんだったら、このカゲさんにも心配していたのだろうか。
距離を適切に離しながら、周りのカゲさんにも気を配る。そうしていると近くが疎かになって、巨大なカゲさんが手を伸ばしていることに気づかなかった。
ぐにゅんと気味悪く伸びた、黒い手。
その手がボクの首に巻きつこうとしていた。気づいたときには遅かった。もうだめだ。そう思ったのだが、すんでのところでうちゅーじんさんが助けてくれた。
頭に浮かんでいる球体がちかちかと瞬く。そして、その球体から目が眩むほどの強い光線を放った。
『きゅーーーー!』
その虹色に輝く光線が巨大なカゲさんの手に当たる。びっくりしたのか、カゲさんが壮絶な悲鳴をあげた。耳が痛くなるほどの断末魔に、思わず身が竦む。
「うちゅーじんさん、そんなこともできるの⁉」
『ぴ!』
うちゅーじんさんが出口への方角を球体で指す。ボクはその方角へ迷わず走った。後ろから先程より加速した足音がついてくる。これは猛烈な勢いで怒っている。こうなったら闇雲に走るしかないと思って全速力で駆けた。
うちゅーじんさんの指示でひたすら曲がっていたら、先程の出口のある道へ出る。ねこむかでさんが扉を開けて待ってくれていた。扉の先には眩い光があった。目が眩むが、構わず走り抜ける。
「わー! キミさん! はやくきて!」
ねこむかでさんがボクの背後を見て毛を逆立てている。後ろを確認してくれているうちゅーじんさんも『ぎゅーーーー』と鳴いていた。威嚇しているつもりなのかもしれない。既に背後に迫る足音は一人分のものではなかった。走っている間に他のカゲさんも引きつけてしまったようだ。ボクは脇目も振らず、一目散に出口まで駆けた。もう息はあがっている。肺が悲鳴をあげている。でもボクにはやらなければいけないことがあった。
この二匹を、ちゃんと生きて返してあげなくては!
「ねこむかでさん!」
ねこむかでさんを呼んで、走りながら手を差し伸べる。ねこむかでさんは飛び上がってボクの手に掴まれた。やっぱりねこむかでさんの手は、陽だまりのように温かい。
二匹を連れ立って、洞窟を飛び出した。眩い光に身を包まれる。次に感じたのは、太陽光の温度と草木の匂いと、ボクらを取り巻く風の力強さだった。
そして、飛び出した先が急な坂だったのもいけなかった。
「うわああああああ!」
つんのめってゴロゴロと転がり落ちる。坂が終わるあたりでやっと止まってくれた。身体中が痛い。土煙の匂いが衣服に染み付いている。なんとか上半身を起こすが、そこでねこむかでさんとうちゅーじんさんがいないことに気づいた。
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