2.ねこむかでさんに名前をつけてもらう

 しかもこの二足歩行の猫は喋るらしい。どうにも呑気なしゃべり方に、警戒心が削がれてしまった。

「キミはだれなの?」

「キミ・・・・・・? ああ、ボクのことか」

 自分のことを話そうとしたら、喉がつっかえた。ボクは一体、誰なんだ・・・・・・? なにも分からずこんな暗い場所にいたが、それ以前の記憶はまったく無い。ボクは一体どこから来たのか、そもそもボクの名前は・・・・・・? 不安で頭が真っ白になる。この珍妙な猫に助けられたはいいものの、この先どうすればいいかも分からない。帰る場所も、分からない。見通しの立たないことが、これほど不安を与えるとは。口を噤んでいると、ねこむかでさんはつぶらな瞳でボクをじっと見つめてきた。

「もしかして、なにもわからないの?」

 その問いかけに素直に頷くと、ねこむかでさんは「そっかあ」と、場にそぐわないのんびりとした返答をした。

「たまにそういうヒトが『まいご』になってるときあるんだよねえ」

「・・・・・・迷子? ボク以外にも、記憶を失ってるヒトがいるの?」

「いるよー。この『どうくつ』をぬけてちょっとあるくとね、おっきな『まち』があるの。そこにいっぱいヒトがいるんだよー」

 どうやらボク以外にも人間がちゃんと存在しているらしい。そのことに安堵して、息をほっとついた。

「お願い、ねこむかでさん。その『まち』までボクを案内してくれないかな」

 ねこむかでさんはうにゃうにゃと口を動かした。

「んー、いいけど、ぼく、この『どうくつ』にようがあって・・・・・・」

 ねこむかでさんはこの場所に用があるらしい。その用事を手伝えば早く『まち』に案内してもらえるのではと思い、ボクは提案した。

「こんな怖い場所に用があるのかい? じゃあ手伝わせてよ」

「・・・・・・ほんと? てつだってくれる?」

 うんと頷くと、ねこむかでさんは耳をぴこぴこと動かした。奇天烈な生き物ではあるが、そういう仕草は猫らしい。ねこむかでさんは尻尾をぴんと立てて、両手いっぱいに持っている洋燈を強く抱きしめた。

「あのね、おともだちをさがしてるの」

「・・・・・・友達? こんな怖いところに?」

「うん。おともだちとね、『とれじゃあはんたあ』をやってるの。こういう『どうくつ』にね、おたからがあるんだー。あさに『きょうはここにいこうね』っておはなししてたんだけど、すがたがみあたらなくて・・・・・・。『まち』のもんばんさんにたずねたら、うちゅーじんさんがこっちにむかったっていってたから・・・・・・」

「君のお友達はうちゅーじんさんっていうの?」

「うん。うちゅーからやってきたから、うちゅーじんさん」

 猫にむかでに宇宙人という、これまた不思議すぎる組み合わせだ。そもそも宇宙人が存在していること自体にわかに信じられないが、目の前にいるねこむかでさんもかなり奇妙な生き物なので、話半分に聞いておいたほうがいいだろう。少なくともねこむかでさんはボクを攻撃する気はないようだ。さっきのヒトと比べたら、迫力というものがなさすぎるのだ。こんな冷たくて真っ暗な中でもねこむかでさんはのんびりしている。その胆力を褒めるべきか、警戒心がなさすぎると叱るべきか悩む。結局褒めることも叱ることもせず、ねこむかでさんに尋ねた。

「で、そのうちゅーじんさんを見つけるには、ボクはどうすればいいかな?」

「んとね、この『らんぷ』もってほしい」

 ねこむかでさんから洋燈を手渡される。ねこむかでさんは説明を続けた。

「『らんぷ』はね、ぼくはいらないんだー」

「え、そうなの?」

「『よめ』がきくんだー。『よめ』ってしってる?」

「え、ええと・・・・・・暗闇の中でも見える、ってことだよね」

「うん!」

 ねこむかでさんは大きく首を縦に振って正解を教えてくれる。夜目が利くのにどうして洋燈なんて持っているのだろう。不思議に思ったので尋ねてみた。

「あのね、『どうくつ』にはたまに『まいご』がいるから、そのこのためにもっててって

『まち』のヒトたちにいわれたの」

「・・・・・・ボクみたいな?」

「うん。だってニンゲンは、くらいところみえないんでしょ?」

 つまりねこむかでさんは、自分には必要ないが、未だ知らぬボクのような迷子のために洋燈を持っていたのだ。ボクはなんだか、胸がきゅっとしてしまった。こういう気持ちをどう表現したらいいのか分からず、ボクもねこむかでさん並みに奇天烈なことを言ってしまった。

「ねこむかでさんって、優しいんだね」

 随分妙なことを言ったのに、ねこむかでさんは猫ひげのあたりを赤くして短い手で耳を掻いて照れた。その仕草はなんだかちょっぴりかわいかった。

「えへへ・・・・・・。えっとね、だから『らんぷ』はキミが持っているといいよ。ただきをつけなきゃいけないんだけど、あかりをつけているとね、カゲさんにみつかりやすくなっちゃうんだ。だからつけたりけしたりするといいかも」

「カゲさん?」

「さっきのくろいヒトだよー。カゲさんってぼくはよんでる。りゆうはわからないけど、カゲさんはぼくらがきらいなんだって」

 さっきのあの異質なヒト。首を締められたときの絶望を思い出してぶるりと震えた。

「・・・・・・ボクを殺そうとしてた」

「うん。とってもあぶないから、できるだけみつからないようにしないとなんだー」

「ねこむかでさんは、カゲさんの場所が分かるのかい?」

「うーん。なんとなく。なんだかこわいかんじがするとカゲさんがいることおおいよー」

 ねこむかでさんは「んしょ」とかけ声を出して岩から立ち上がる。それから短い手をボクに差し伸べて言った。

「じゃあ、よろしくね。キミさん」

「キミさん・・・・・・?」

「おなまえ、ひつようでしょ?」

 喋りながらボクの名前を考えてくれていたらしい。ありがたいのか、余計なお世話なのか、結局どっちなのかボクには分からない。ねこむかでさんの発したキミさんという名前にしっくりくることもない。けれど名前がないよりは、確かにあったほうがいいのかもしれない。ボクは「分かった」と頷いて、ねこむかでさんと握手をした。

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