ねこむかでさんと冒険!
海野月歩
1.ボクはねこむかでさんと出会う
目を覚ますと、暗闇の中にいた。
灯一つもない場所で、ボクは独りぼっちだった。なにも見えないので、床を触ってみる。ごつごつとしていて、ひんやりとしていた。どうやらボクは岩に囲まれているらしい。不安になる心を抑えて、目が暗闇に慣れるまでじっとしていた。しかし濃縮された闇は深く、目が慣れてもなかなか先が見えない。このままじっとしていても埒があかないので、壁づたいに歩くことにした。壁も冷たくて、ところどころしけっている。土と水の匂いが鼻孔を満たした。
しばらく歩いていると、視界が揺らめいた。最初は目眩でもしたのかと思ったが、どうやら違う。目の前に広がる暗闇が蠢いているのだ。蜃気楼のように揺らめく闇は、次第に形づくられ、ヒトのような姿になった。真っ黒で大きな手のそのヒトはボクに語りかけてきた。
『おいで』
その声は壁よりもずっと冷たく、吐き気がするほどに澄んだものだった。ぞっと、背筋が凍る。これは近づいてはいけない。本能がボクに警告していた。一歩、後ろに下がろうとする。金縛りにあったように、身体が動かなかった。足は固まってしまい、逃げ出すことすらできない。そのヒトは六本目の指でボクの頬を撫でた。
『いい子だね』
悲鳴どころか、小さい呻き声すらあげられなかった。怯えから来る震えが身体中を支配しているのに、ボクの身体は震えてもいなかった。ただひたすら棒立ちのまま、そのヒトの愛撫を受け入れるしかない。六本目の指がぐにゃりと伸び、ボクの首に絡まった。その指に温度はなかった。
そのままゆっくり締め上げられる。なにが起こっているのか分からないまま息ができなくなる。ボクは死ぬのか? なにも分からないまま? 悔しさを感じる前に、ボクの首は折られてしまうのだろう。いやだ。いやだ。何度心の中で繰り返しても、誰も助けてくれはしなかった。
覚悟も決められないまま目を瞑ろうとした。そのときだ。背後から間延びした声が聞こえた。
「やー!」
やけに緊張感に欠ける雄叫びだった。突如目の前が煙に包まれ、呼吸が楽になる。煙を深く吸い込んでしまい咳き込んでいると、ボクの手に温かななにかが触れた。この場所にやってきてからはじめて感じた温度だった。
「こっちだよ。ついてきて」
柔らかな声に導かれるまま、ボクは走った。どうやらボクを導いてくれているものはとても小さな存在らしく、少し屈んで走らなければいけなかった。混乱していたのでがむしゃらに走っていたが、落ち着いてくると、暗闇の中でもその正体が見えてくる。猫のような後ろ姿の生き物だった。
どうやらさっきのヒトは追いかけてこないらしい。しばらく走って、やがてボクたちは息を荒げながら足を止めた。
「あぶないところだったね」
その生き物は突き出している岩に座ると、なにかを取り出した。やがて、ぽう、と柔らかな火が灯った。
洋燈に照らされたその生き物は・・・・・・奇天烈だった。水色の合羽を着ている、ずんぐりむっくりとした体型の生命体だった。頭部に大きな突起が二つあるので、かろうじて猫だと分かる。小さな手のわりに足は大きい。全体的にこじんまりとしている、二足歩行の猫だった。
「ぼくはねこむかでさん。きがるに『ねこむかでさん』ってよんでね」
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