第5話

明日海の耳かきはこそばゆく、少しずつ耳の穴の掃除していくものだったから痛みはない。そのため心地のいいものだった。僕は明日海の膝枕と、優しい手つきが気持ちよくて眠ってしまいそうだった。


「ふふっ、寝てもいいよ?」


僕はその誘惑に逆らえなかった。明日海に膝枕されて耳かきされているという状況に幸せを感じている。


「ん……ん~……よし、ここから……かきかき、かきかき……か~きかき、かきかき~」


明日海は楽しそう擬音を出し始めた。


「どう? うるさくないかな? 大丈夫ならこのまま続ける。んっ……んん…かきかき、か~きかき……かきかき~。お兄さんってさ、普段どれくらいのペースで耳かきしてるの? 週に何回くらいかな?」


問題ないことを伝えると、彼女は鼻歌や吐息交じりの声を出しながら耳かきを続けたけれど、その途中で僕に質問をしてきた。


「耳かきって、耳垢をとるためにはやった方がいいのは間違いないんだけど、やりすぎるのもよくないって話も聞いたことがあるんだ。毎日やったら耳を痛めちゃう~って話。お兄さんはどうかな? 私はお兄さんに耳かきするの嫌じゃないし、こんなループとか関係なくこれからもやりたいって思ってるよ。はい、次は反対の耳にいくよ〜」


体を反転し明日海と反対側を向いていた顔を明日海の方に向けた。


「……メイド服がへそ出しだつたら丸見えだねこれ。あ~お兄さんは動かなくていいから。耳かきが片方だけじゃ気持ち悪いよね? ん〜……こっちの耳はこんな感じ……と。お兄さんはじっとしててね~。それと、痛くなったらちゃんと言ってね。それじゃあお兄さんのお耳、綺麗にしていくよ~」


反対側も耳かきでも、明日海は鼻歌を歌ったり擬音を出しながら耳かきを始めた。他人への耳かきも慣れてきたようで、綿棒の動きを感じられるものの不快さはなく、明日海の声も併せて居心地がよかった。


「これで反対側も終わり。それじゃあ仕上げに入るから……って、お兄さん寝ちゃってる?」


明日海の声でぼんやりとしていた意識がはっきりする。どうやらうたた寝していたらしい。


「ごめん、起こしちゃったね……。もし眠っても、膝枕のままでいるからね。お兄さんの疲れが少しでも取れたらいいな」


明日海はそう言ってくれるけど、申し訳なさはある。明日海はメイド服姿で膝枕してくれているが、僕はといえば今の状況を口実に明日海とイチャイチャしていただけ。しかも今コスプレしているのは明日海だけだ。


「私? 私はいいよ。お兄さんが元気になってくれれば。私にこんなこと言われても説得力ないかもしれないけど、こうやってお兄さんと普通に話せるだけでも嬉しいんだよね」


そう言って明日海は笑う。その笑顔を見て僕の心は暖かくなった。明日海の膝枕は柔らかくて、いつまでもこうしていられる気がした。


「……実はね、お兄さんに言っておかなきゃいけないことがあるの。確信がない曖昧な話だけど、ちゃんと伝えなきゃいけないって思うこと」


明日海は僕の頭を撫でながら言う。彼女の声は真剣そのもので、僕の頭に触れる手つきも優しいものになっていた。


「今のこの状況だけど、私がしたいって思ったことも入ってるんだ。例えばクローゼットのコスプレ、あれは私がSNSで見たハロウィンの仮装がきっかけで、自分も着てみたいなって思ったものなの。疲れてるお兄さんの力になりたいって思ったのはお母さんからから最近のお兄さんが疲れていることを聞いたから。ほら、私たちが疎遠でも親同士は仲がいいでしょ。だからお兄さんのお母さんから私のお母さんに話がいって、それが私にも流れてきたの」


明日海は今まで抱えてきたものを明かすみたいに、一気に喋りだした。


「愛してるゲームもクラスで一時期流行ってて、お兄さんとやってたいなって思ったの。偶然にしては……できすぎだと思わない? もちろん私はループも密室も仕掛けることなんてできないよ。でも私の思いにピッタリすぎるの。だからそれが怖くて」


「お兄さん?」


僕は明日海に自然と手を伸ばした。明日海の髪に触れると、サラリとした感触が手に伝わってくる。


「お兄さん、どうしたの?」


明問いかけには答えず、体の向きを変えて明日海を見つめながら、僕は明日海の頭を撫で続けた。すると明日海は顔を真っ赤にして俯いてしまった。


「もう……お兄さんずるいよ……耳かきできないじゃん」


そして小さく呟いた後、見下ろすように僕を見た。このループが始まったときと似たアングルだ。


「あのね……お兄さん。お兄さんは私のこと嫌い? それとも好き?」


唐突な質問に僕は戸惑う。明日海のことを意識した切っ掛けがループする密室に閉じ込められたことなのだから、それを口に出すのは何だか恥ずかしい。


「私がお兄さんのことを意識するようになったのは、クラスの子で先輩と付き合いだした子がいたのがきっかけ。自分がどんな人と付き合うんだろうって考えたら、お兄さんのことが浮かんだの。お兄さんもちゃんと答えて欲しいな……」


明日海の声が震える。それは悲しみや怒りから来るものではなくて、緊張によるものだろうと思う。だから僕が伝えるべき言葉が何なのかは明白だった。


「うん……ありがとう。私も返事するから耳かきの時みたいに体をゴロンとしてね」


言われた通り、明日海が耳かきをしやすい体勢に変えると彼女の息が耳にかかる。


「私も、お兄さんが好きだよ。だ・い・す・き。ふ~~~~」


明日海の息が耳にかかる。これをやりたかったのかと驚いていると、僕の意識がなくなる感覚が始まった。


『ここまでやってもイチャイチャが足りないのか』


そんなことを思いながら僕の意識はなくなった。

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