第3話
「あ、えっと……その、お兄さんの気持ちが知りたいなって思って」
明日海は顔を赤らめて俯いた。僕の反応は彼女の予想を超えていたようだ。とはいえ僕自身どう反応していいか分からない。
「そういう意味じゃないくってね。なんか誤解しちゃう言い方だねこれ。私が思いつたのはただのゲーム……ほら、愛してるゲームって聞いたことない? お互いに向き合って『愛してる』って言いあうの。それで先に照れたり笑っちゃった方が負けってルール。こういう遊びもイチャイチャすることになるかな~って……」
ゲームだと言うけれど、早口だし挙動も少し怪しい。明日海は照れているんだと思う。
「えっとね、私とお兄さんは今、この部屋に閉じ込められてます。2人とも出られないの。だから脱出するにはお互いのことをよく知る必要があります。そこで、自己紹介をしましょう! みたいなシチュエーションでどうかな?」
明日海はそう提案してきたけど……。
「……ダメかな?」
不安そうな顔を見てると断れなかった。
「ありがとう、お兄さん!」
明日海は嬉しそうだ。
「じゃあ、私からね……名前は明日海です。好きな食べ物はハンバーグとかオムライス。嫌いな食べ物は特にありません。好きな動物は猫ちゃん。趣味はお洋服を見たりするのが好きです。それと――」
その後も明日海は自分のことを色々と話してくれた。僕も自分のことを話したり、逆に聞かれたりも。話をしながら僕は彼女が僕のことをどう思っているのかを考えていた。
「お兄さんのこともっと教えて欲しいな?」
明日海は楽しそうに聞いてくる。僕も楽しい。こんな風に話す機会なんてなかったから。
「ねぇお兄さん。今なら愛してるゲーム、できるよね?」
明日海は僕をじっと見つめながら言った。
「愛してる」
僕は何も言わずに聞いていたけれど、明日海の方は段々顔が赤くなってきた。そしてついに耐えきれなくなったのか、彼女は自分が持つコップにあるお茶を一気に飲み、口を手で押さえた。
「これ……恥ずかしいっ! お兄さんは平気なんだね……」
これは確かに恥ずかしい。僕が黙っていたのも下手に口を開くと動揺するしているのが伝わってしまうと思ったからだ。
「でも、お兄さんと仲良くなれてる感じがして嬉しいかも」
明日海は微笑む。僕も、彼女とこうして話せて嬉しい。疎遠になったくせにそんな風に思うのだから自分でも都合のいい人間だとは思うけど、これは本音だ。
「じゃあ次はお兄さんが言ってみて……愛してるって」
明日海に促され、僕もカップのお茶に口をつけ、飲み干してから明日海と向き合うとはっきりとめが合った。彼女の目は期待と緊張で潤んでいるようにも見える。
「何かもう……このシチュエーションだけで恥ずかしいね」
明日海の照れたような笑顔は可愛くて、その声は優しくて、僕は胸の高鳴りを感じながら『愛してる』と囁いた。
「……もう、お兄さんってば」
明日海は頬を膨らませ、不満げな様子を見せる。
「あぁいうのズルいよ。反則だよ。だって、あんな真剣に言われたらドキドキしちゃうじゃん」
明日海は照れているようだけど、これは僕も同じだ。ループする密室というおかしな状況でなければ、もっと動揺していたかもしれない。そのくらい今の明日海は魅力的に見えた。
「じゃあ今度は2人で同時に言ってみない? ほら、私たちは勝負しているわけじゃないし、愛してるゲームでそういうことをするのもいちゃつくことになると思うんだ」
明日海の言う通り、この部屋には僕ら以外誰もいない。周囲を気にする必要はないんだから。、別に変なことにはならないはず……だ。
「うん。それじゃあいくよ?」
2人の呼吸が合わさる。そして――。
「「愛してる」」
僕たちは声を合わせてそう言いあった。
「なんか……照れるね」
明日海は少し顔を赤らめて俯く。僕はそんな明日海から目が離せず、明日海も何も言わない。やがて明日海が顔を上げると僕は彼女から目が離せなくなった。2人とも口を開かない時間が続くけど、そこに気まずさはなく居心地のいい沈黙が続く。
そんな状況を僕は好ましく思っていたけれど、このイチャイチャとは認められなかったようで、僕の意識はまたなくなった。
◆◆◆
「また戻っちゃったね……」
明日海の残念そうな声が響く。僕はベッドの上で、明日海は僕を見下ろしている。またこの状態だ。
「そのね……お兄さん、私にアイディアがあって、そこのクローゼットなんだけど色々衣装があるみたいなの」
明日海が何を言いたいのかはっきりさせるため、ベッドから起き上がってクローゼットを開けると、そこにはコスプレ用の衣装がいくつもあった。メイド、ナース、チア、どれも女性向けで明日海がはっきりしない口調になるのも分かる。
「お兄さんが目を覚まさない間、私も部屋を調べてたんだ、そしたらこんなのがあってびっくりしたよ。これを着て……何かしろってことじゃないかな?」
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